第七話 強欲のマモンー③

 大量のマイアワンドからの激しい砲火により、二人がそれぞれ隠れる柱は氷をアイスピックで削るようにごりごりと削れていく。


「ニックさん!撃つなら一発で決めて下さいよ!」


 少しでも身を守る為に屈んだせいで、ドレスの大きく空いた胸元からこぼれそうな胸を気にするよりも先にアスモが悪態をつく。


「うるせえ!盾が飛んでくるなんて予想できるか!あいつも手品使えるなら教えとけよ!」


 隣で砕けた壷の破片を浴びながら負けじとニックも言い返す。アスモに言い返すだけでなく、身を隠しながらもマモンに果敢に銃で撃ち返す。


 だが、隠れながらでは上手く照準合わせられないのか、放たれた弾丸はマモンに当たらない。何発かに一発は命中しそうにはなるのだが、それは盾に弾かれる。


「さあさあマヌケな堕天使さんにお嬢ちゃん、いつまで隠れているの?」


 圧倒的有利な状況に、マモンは玉座で

二人を煽りながら高笑いしている。


 マモンのコレクションの扱いで何となくわかっていはいたが、やはり集めるという行為自体に執着しているらしく、集めた後は頓着しないようだ。


 大金を掛けて集めたはずのコレクションを自ら次々に破壊しながらも攻撃の手を緩めない。


 反撃の機会を見いだせない二人は折角のドレスを柱やコレクションの破片まみれにしながら隠れることしかできない。


「ばかすか撃ちやがってあのアマ!こっちはもう弾が無いってのによお!」


 ニックは2丁の銃に弾をそれぞれ6発ずつ装填する。彼に残されている弾はもうそれだけしかない。


 それに比べてマモンは大量にワンドを使っている為、マナクリスタルが切れたワンドと攻撃に参加していないワンドを入れ替え、切れたワンドにマナクリスタルを装填したら、その間にマナクリスタルが切れたワンドと交換することで常に弾幕を張り続けている。


 象と蟻くらいの戦力差があるにも関わらず、弾幕の嵐の中であってもやられっぱなしなのが気に食わないニックは無駄弾を打ち返す。


 残弾、四発。


「ここまで火力に差があると何だか笑えてきますわね」


 人間、笑ってはいけない場程笑えてくるものだが堕天使も同じくらしく、ここまで追い詰められていながらもアスモの口角は上がっている。


「ニヤついてねえでテメエも反撃しやがれ」


「そうは言われましてもねえ。私、遠距離技は持っておりませんので」


 何も無い、という風に手をひらひらさせるアスモに切羽詰まってイラつくニックの銃口が向く。


「あんだけ訳の分からんことが出来るくせに肝心なとこで役に立つ手品は無いとはとんだサポート役だな!」


「失礼なこと言わないで下さい!私がいなかったらマモンを見つけることすら出来なかったくせに!」


 通路を挟んで激しく火花を散らして睨みあう二人だが、すぐに無益な争いは止めた。


「で、実際問題どうするよ。このままじゃワンドにやられて死ぬか、破片と瓦礫に生き埋めにされるかの二択だぞ」


「私が飛び出して注意を引くのでその隙にニックさん、なんとかできませんか?」


 そんな事をすればアスモはハチの巣になるのが落ちだ。だが、このアスモの提案がニックに閃きを与えた。


「アスモ!それだ!俺に良いアイデアが浮かんだぜ。俺の合図で同時に飛び出すぞ」


 先程までの追い詰められてイラついていた顔はどこへやら、ニックは少女の見た目にあるまじき邪悪な笑顔を浮かべた。


 脱ぎたくて脱ぎたくて仕方が無かったパンプス、ニックは乱暴に脱いだそれを通路の中央に天高く放り投げる。


 パンプスはワンドの集中砲火を浴びて一瞬で消し炭となってしまった。だが、ワンド達は上を向き、一瞬のスキが生まれる。


 パンプスを合図だと思ったアスモが飛び出すが、ニックはアスモより一拍間を空けて通路に飛び出した。


 パンプスを跡形もなく消滅させたワンド達の砲火の狙いが、今度は先に飛び出したアスモへと向く。


 パンプスと同じ運命を辿ると悟った彼女は、体を守るように腕を突き出し、ニックを呪いながら目をつぶった。


 しかし彼女の体は砲火に包まれることは無く、代わりに2発の銃声が倉庫内に響き渡った。


「ふー、終わったぞアスモ。いつまで目え閉じてんだ」


 ニックの呼び声にゆっくりと目を開けたアスモの視界に、大量の武器に埋もれ、額から大量の血を流すマモンが映る。


 何が起こったか分からずに呆然とするアスモをしり目に、ニックは武器の山に近づくと、マモンの体をその中から掘り出す為に武器を避け始める。


「呆けてないでお前も手伝えよ!」


「は、はい!」


 我に返ったアスモはニックと共に武器の山からマモンを掘り出す。その最中、ニックがどうやってマモンの眉間を撃ち抜いたかを彼女に説明した。


 パンプスが宙を舞ったと同時に飛び出したアスモ、この二つの囮で生まれた二重の隙。


 おかげで僅かな時間だがワンドの射線から完全に外れたニックは、二丁の銃で完璧にマモンを捉えた。


 まず一発、そしてほとんど誤差の範囲で時間を空けてからもう片方の銃で二発目の弾丸が放ったのだ。


 パンプスとアスモに気を取られたマモンは、防御が一瞬遅れたものの、浮遊する盾が胸を狙った弾丸を見事に防いだ。一発目は、だが。


 ほんの僅かな時間差で放たれた二発目。同じく胸を狙ったのならば防がれていただろう。


 しかし二発目の弾丸は胸を守る盾に防がれることは無かった。何故ならニックが狙ったのは眉間だったからだ。


「一か八かだったが上手くいったぜ」


 マモンの額を撃ち抜いた話を自慢げにするニックに、アスモが顔を引き攣らせる。


「ちょっと待って下さい。それって私を騙して囮にした挙句に大博打をした訳ですよね」


 怒気をはらんだ声に顔を上げて隣のアスモを見たニックは、その貼り付けたような笑顔から漏れ出る怒りのオーラに戦慄した。


「そ、そんなに怒るなよ。悪かったって。今度何かで埋め合わせするからよ」


 平謝りされてもアスモの怒りのオーラが消えることは無かったが、マモンの体が武器の山から引き摺り出されたことで、この件については一旦保留することにしたらしく、オーラは消えた。


 引き摺り出したマモンの額を見てニックは驚愕した。額に空けたはずの風穴が塞がり始めていたからだ。


「ど、どうなってんだこれは!悪魔ってのは不死身なのか!」


 アスモは引っ込めた怒りのオーラの代わりに、今度は大きなため息を吐き出した。


「主様の話をちゃんと聞いていませんでしたね。悪魔は本来肉体を持たないもの、その体は現世で自分を保つ為の入れ物に過ぎませんわ」


 今のマモンは入れ物に重大なダメージを受けて活動を休止しているだけの状態だ。


 だが、マモンが入れ物の中にいる限り、入れ物は修復され、再び活動を再開する。


 どうしたものかと腕を組むニックの隣で、アスモが谷間から2つの小瓶を取り出した。中にはそれぞれ白い粉と透明な液体が入っている。


「その小瓶の中身は何なんだ?」


「特別な塩と聖水ですわ。ニックさん、マモンから少し離れて下さい」


 ニックが離れるのを確認するとアスモは口でそれぞれの瓶の蓋を開け、中身をマモンへと振りかける。


 何をしているのか分からないニックがキョトンとしながら見ていると、突然マモンの体からどす黒い霧が噴き出した。


「アスモ!お前何しでかしたんだ!」


「この肉体からマモンを追い出したんです。これで主様がマモンの気配を察知できるようになりましたから回収してくれるはずですわ」


 マモンの体から黒い霧が出終わると、今度はその霧が霧散するのを防ぐ様に光が霧を全て包み込み、スイカほどの大きさの球体になった。


 ニックが訳が分からず間抜けな顔をしていると、その球体が一際大きく輝き、消えてしまった。


「これでまずは一体目の大罪、マモンの地獄への強制送還完了ですわ」

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