第ニ話 さらば相棒-④

「とにかく、アスモは君に預けるから大罪について彼女に聞いてね」


 少年が伝えることは伝えたので話を終わらせようという雰囲気を出し始める。


 今回はすぐに気づいたニックが、案の定、指を鳴らそうと少年が手を挙げた瞬間、素早く手を掴む。


「おっとそうはいかねえぞ。相棒を返してもらおうか」


「ニック、君は何で同じ銃を2丁腰にぶら下げてるんだい?」


 少年の現状とは全く関係なさそうな質問に呆気にとられたニックは素直に答えた。


「そりゃお前、手数が欲しい時に同時に使ったり弾切れとか壊れたりした時のための予備に決まってんだろ」


 ニックは質問の意図が理解できずに困惑しながらも、少年を逃がさぬよう握る手にさらに力を籠める。


「僕にも君に掴まれている右手と同じことができる左手があるのさ」


 質問の意図に気づいたニックが慌てて左手も掴もうとしたが、一歩遅かった。


 少年は左手の指を鳴らし姿を消した。


「あんのクソガキ!今度あったら眉間に風穴空けてやる!」


 地団駄を踏んで怒るニックに、慰められて復活したアスモが服を渡す。


「裸のままだと風邪をひきますわよ。それとも私を誘ってるんですか?」


 ハアハアと息遣いが荒いアスモから服を引ったくると慌ててニックは着替える。


 だが、彼が彼女になったことで問題が起きた。


 体型がすっかり変わってしまった事により服のサイズが合わなくなっていたのだ。


「下着とシャツはブカブカ、ジーンズは長えしブーツに至ってはサイズが合わなさすぎて歩けねえぞこれ」


「それでしたらこれでいかがですか」


 アスモが少年と同じように指を鳴らすとニックの服とブーツが縮み、丁度良いサイズになった。


「お前もあのクソガキみたいに指を鳴らせばなんでも出来るのか?」


「あのお方程は万能ではありませんわ。後、下着はこの世界の女性用の物に変えておきましたので」


 言われて気付いたニックが服の中を確認すると、ロングジョンズというつなぎの様な下着ではなく、昨晩女を脱がせた時に見たブラジャーとパンツに代わっていた。


「男の下着を女物に変えんじゃねえ!」


「今は体は女性なんですから良いじゃないですか。それにこの世界で買える物にしておかないと後々面倒ですわよ」


 不満そうにしながらも勝ち目の無さそうな言い争いをする気力が無いのか、ニックは反論しなかった。


「では、大罪の捜索の前にこの世界での生活基盤を築きに行きましょう」


「生活基盤って、仕事探して家でも買えってのか?」


「流石に家までは必要ありませんけど仕事をして生活費は稼がないといけませんわ」


「金なんてお前の手品で出せばいいじゃないか」


「私は無から有を生み出すことはできないんです。だからちゃんと労働をして対価を得ないと」


 仕事の為に仕事をしないといけない事実に大きくため息を吐くニックの手を取り、アスモは部屋から出て行こうとする。


「おいちょっと待て。お前そんな痴女みたいな恰好で出ていく気か」


「何か問題がありますか?見知らぬ人達に性的な目で見られると思うと胸が高鳴りますわ」


 アスモは少し動くだけで色々と見えてしまいそうなボンテージ身に纏っており、そんな恰好で街を歩けば注目の的になるのは確実だろう。


「俺はそんな変態丸出しの奴と歩いて見世物になるのはごめんだぜ。なんか着れるもん探すぞ」


 ニックがとりあえず目に入ったクローゼットを開けると、都合よく大量の衣装が入っていた。


 ただ、入っていたのは大事なところが一切隠れていないランジェリーに布面積の少なすぎる水着といった、男の欲情を煽るような衣装ばかりだった。


 なんとか布面積が比較的多そうな服と下着を適当に取り出し、アスモに投げる。


「あら、アナタはこういうのがお好みなんですか?」


「バカ言ってないでさっさと着替えろ」


 服を受け取ったアスモは、着替えを見ているニックを焦らすように着ているボンデージを脱ぎだす。


「おい、つまらないことやってないでさっさと着替えろよ。いくら煽ったところで相棒が居なくなったんだから手なんて出さねえぞ」


「あら残念ですわ。別に私は性別なんか気にしませんのに」


 先ほどの悪寒の正体に気づいたニックは一歩下がって後ろを向き、アスモが着替え終わるのを待つ。


「お待たせしました。これなら目立たなさそうですわね」


 着替え終わったアスモは、痴女から多少露出度が高いミニスカメイドになっていた。


 指を鳴らす音が聞こえたのでサイズは自分で合わせたようだ。


「さっきに比べればな。だがもう一工夫できないのか?」


「まだ駄目なんですの?結構贅沢ですわね」


 文句を言いながらも、アスモはニックが服を漁ったクローゼットから何か使える物は無いかと探し始める。


 あれでもない、これでもないとしばらく格闘し、最終的に髪をリボンでポニーテールに纏め、深紅の瞳が少しでも目立たぬようにと伊達眼鏡をかけることで落ち着いた。


「これでいかかがですか」


「いいんじゃねえか。だがそのクローゼット、色々と訳の分からん物が入り過ぎじゃないか」


「それだけ世の殿方の趣味趣向は多様ということですわ」


「あんまり知りたくない世界だな。まあそんなことはどうでもいいか」


「そうですわ。今度こそ出発しましょう」


 アスモが扉を開けて部屋を出ようとすると、ニックも財布の中からなけなしの金をベッドで眠る女の枕元に置いてからそれに続いた。


「確かこういう所は料金は前払いだったと思うのですが、どうしてお金を置いてきたんですか?」


「変なことに巻き込んじまった詫びと服代だよ」


「案外律儀なんですのね」


「ほっとけ。ほら、さっさと行くぞ」

 

 入口に掛けてあったハットを被り、ポンチョを羽織ると、ニックは寝ているであろう他の部屋の人間を起こさぬよう静かにドアを閉めた。


 途中受付で不審者として止められそうになったが、そこはアスモの力でゆっくりと休んでもらい、二人は娼館を出た。


 街はまだ朝日が昇り始めたばかりで、通りには人がほとんどおらず、どの店も閉まっている。


「それでこんな朝っぱらかどこに行こうってんだ」


「さっきも言ったでしょう、生活の基盤を築きに行くと」


 目的地は決まっているらしく、迷いのない足取りで歩いていくアスモに、ニックは渋々ついて行くことにした。

 こうして少女になったガンマンと変態堕天使の奇妙なコンビが誕生したのだ。



「しかし本当に可愛らしい姿になりましわよねえ」


 二杯目のワインを空にしたアスモはうっとりとした目でニックを見ていた。


「今まで他人に性的に見られたことなんざなかったから知らなかったが、こんなにゾッとするもんなんだな」


 顔面を引きつらせながらニックも二杯目のジンジャーエールを空にしていた。


「食事も済んで楽しいお話も聞かせていただきましたし、そろそろお部屋に行きましょうか。今夜は寝かせませんわよ」


 紅潮させた顔をテーブル越しに近づけてくるアスモにニックはデコピンを食らわせる。


 なかなか威力があったのか、赤くなった額を涙目のアスモは摩る。


「今日は色々あり過ぎて疲れてんだ、ゆっくり寝かせろ。後俺にふざけたことしたら口だけじゃなく眉間でも呼吸できるようにしてやるからな」


 食事を済ませた二人は部屋に荷物を置きに行き、宿泊客なら無料で利用できるシャワールームで汗を流してから眠りについた。

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