第47話 チャンスは逃さない



「本当ですわねっ。ブレスレットと……こちらはアンクレットですか。でもこれなら……」


 形状も似ているし、嵌め込まれているビッグバットの魔石が同じ色だから、多少デザインが違っていてもお揃いに見える。


 フレデリックの言うように、つける場所は違うけれどペアのようだと思って、とても気に入った。


「……どうかな?」


「素敵ですわ。フレデリック様が選んでくださった、こちらに致します」


 喜んで彼の提案に頷いた。


「よかった。じゃあリリィには、アンクレットの方をつけて欲しいのですが。こちらの方がより目立ちにくいと思いますので……いいですか?」


「まぁ、そんなことを考えていらっしゃったの……」


 彼の気遣いに感激し目を潤ませながらも、彼と目を合わせるとツンとして、なんでもない風を装うリリアンヌ。


 そんな彼女を愛しげに見つめると、


「勿論です。僕の大切な方のためだと思うと自然にそうなってしまうんですよ」


 そう言って微笑みかけた。


「もうっ、フレデリック様ったらまたそんなことをおっしゃって!」


「本心ですから」


「……っ! 分かりましたわ。そ、それでお願いします」


 ストレートな言葉に、一瞬で頬を染めたリリアンヌ。


 それでも素直になりきれない彼女は、平常心を装い、すましたままアンクレットを受け取ろうと手を伸ばすが……。


「あ、リリィ。つけにくい場所ですし、僕が手を貸してもいいですか?」


「えっ!?」


 フレデリックがそれを押し留めて、すかさず自分が手伝いたいと申し出た。


 いくら婚約者同士だといっても、婚姻前は節度を守ったお付き合いをしなければならない。


 日頃から仲が良い二人でも、直接肌に触れる機会は早々ないのである。


 彼はこのチャンスを逃すつもりはなかった。




「……それでしたら、貴方様のブレスレットはわたくしが嵌めさせていただいてもよろしいかしら?」


 負けず嫌いのリリアンヌはつい対抗心からそう言ってしまったが、本心は彼女も同じだった。幸い、馬車の中にはいつも張り付いている従者達はいないことだし、ちょっとくらいなら……。


「光栄です、リリィ。是非、お願いしたいですっ」


 もちろん彼とて大歓迎である。


 満面の笑みで答えるフレデリック。


「そ、それなら、よろしくってよっ。お願い致しますわ」


「ええ喜んで。僕のお姫様」


 照れくさくてツンデレ気味になっているリリアンヌからの快諾に、フレデリックは嬉しそうにはにかみながら答えた。


 相変わらず甘々な二人である。




 楽しそうに会話しながら魔道具をつけ合いっこをした後は、魔力を流して通信の具合を確認し始めた。


「フレデリック様? 聞こえまして?」


「うん、リリィ。とってもクリアに聞こえます。でもこれ……」


 彼女が魔力を込めながら声を潜めて呼び掛けると、ちょっとびっくりしたように言った。


「こんなに近くでリリィの声が聞こえるなんて……何だか君に囁かれているようで。て、照れますね!?」


「そ、そっ、そうかしらっ」


 耳元に不意打ちで届けられた可愛らしい声に、フレデリックもドキドキしたようだ。


 そんな風に聞こえるとは思ってなかったらしく、耳を手で押さえて真っ赤になっている。


 彼に負けず劣らず茹で上がっているリリアンヌも答えた声が上ずっていて、予想外に近い距離で響いた声に動揺しているみたいだ。


「……もう、シリル様。教えて置いてくださいよ」


「……い、いや、その。声が聞こえる通信器具だから聞こえないとダメだろう。そこまで動揺するとは想定外だったというか」


「……そう、ですよね、すみません。リリィが可愛すぎてちょっと取り乱してしまったようです」


「う、うん。そうか」


「ちょっ、フレデリック様!? もう、シリル様に変なことおっしゃらないでくださいなっ」


「でも本当の事で……うん、ごめん、リリィ。シリル様もすみません」


「いや、まぁ、うん」


 本心だと告げようとしたところで、気恥ずかしさで限界だったリリアンヌに上目遣いでキッと睨まれた。


 怒った顔まで可愛い婚約者だが、それを言うと今度こそ機嫌を損ねるかもしれない。


 シュンとしながら、ここは素直にシリルに謝ったフレデリックだった。




 結局、お互いの声に慣れるまでもう少し練習する事にした二人は、すぐに仲直りしたようだ。


 彼らの醸し出す甘い空気に溺れそうになりながらも、ヴィヴィアンは通信の魔道具を選ぶため婚約者に声をかける。


「あの、シリル様。わたくし、まだ決められなくて。先に選んでくださいませ」


 普段は考える前に行動するという猪突猛進型な思考を持つヴィヴィアンは、一度考え込むと迷ってしまってドツボにはまるという厄介な性質をしていた。


 前世の記憶が戻った本人は不本意だろうが、元々、悪役令嬢は考えることが苦手なキャラなので、しっかりと影響を受けているのだろう。


 なかなか決断ができない自分にうんざりしたようで、考える事を放棄している。もう、なんでもいいと思っている顔だ。


「あ、そう? 分かりました」


 婚約者を前にすると気障なセリフを連発しだす友人に、慣れていても落ち着かない様子だったシリル。


 ヴィヴィアンに声をかけられて、心なしかホッとしたような表情になる。


 それから彼女の顔を見て、思考停止状態になっているのを感じた彼は、少し考えて宝石箱の中から二つ、アクセサリーを選んだ。





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