第20話 ヒロインは困った子



 馬車に乗り込んだ四人は、手紙だけでは伝えきれないそれぞれの近状を報告しあった。


 すると聞かれてもいないのにリリアンヌの方から、憤懣遣る方無いといったふうにヒロインのことを話し始めた。


「ヒューシャ男爵令嬢の奔放なお振る舞いには、同じ学園生として皆、困ってしまってますのよ、ヴィヴィアン様」


「まあ、でもまだ入園から一月ほどしか経っていないではありませんか」


「その短期間で色々と目に余る行動をされておりますの……ねえ、シリル様?」


「そうですね。私の他にもやたらと男子生徒に近づき、話しかけていますね。婚約者がいようとお構い無しです。鬱陶しい限りですよ」


 二人の口調はひんやりと氷のように冷たい。よほど嫌なのだろう。


 聞けば、シリル様の許しもなく、勝手に名前呼びをして、向こうから声をかけてくるらしい。

 この世界では自分の身分より上の貴族の名前を、本人の許しもなく勝手に呼んではならないというのに注意しても直らないらしい。


 どうやらヒロインは学園の「自由な校風」のの部分を履き違えているらしかった。



 王立学園は確かに、身分にとらわれず皆平等にという理念を掲げている。だがそれは、建前な部分が大きい。

 真の意味は、上級貴族の子女への学園からのお願いというか懇願のようなものなのだ。

 学園内でだけは、むやみに身分を振りかざして下級貴族を退学させたり罰することがないようにして欲しいという……。


 なので勿論、普通に礼儀は必要だし、下級貴族のヒューシャ男爵令嬢がシリル様達にとった馴れ馴れしい態度は問題視されるのだが、それを理解していないらしい。




 ゲームの中では、貴族令嬢らしからぬ親しみやすく明るい振る舞いと、自分に足りないところを自覚してひたむきに努力する姿勢が攻略対象たちの心を掴んでいくはずなのだが、今のところシリル様の好感度は下がっているようだ。


 彼は親しき仲にも礼儀ありの人だから、貴族社会の常識を無視した彼女の振る舞いが気に障ったのだろう。

 マナーの習得不足を素直に認め、学ぶ姿勢を見せれば親切に教えてくださるのに。


 しかし、ヒロインは今のところ恋愛部分しか見ていないというか、進めていないような……そんな話だっただろうか?


 確か……初回イベントは入園式から二週間程で終わった……はずだ。次のイベントを起こすには、恋愛以外の要素を上げて、自分を磨く必要があるのではなかったか。


 その情報を教えてくれたフレデリックをチラリと見ると、首を傾げていた。成る程、やっぱり思っていた展開と違うらしい。


 ヒロインは恋愛に関してだけは超チートだった。それもとんでもなくウザいぐらいの主人公補正が効いたやつ。

 乙女ゲーム愛好家の友人に、初心者でも楽チンに楽しめるソフトモードのやつだからと猛プッシュされたのを覚えている。


 何をやっても攻略対象者からの好感度が下がる悪役令嬢のヴィヴィアンとは対照的だ。


 だからといって、始まったばかりのこんな時期から恋愛一辺倒で進めて上手くいくのか?


 学校が舞台にもかかわらず、学生の本分そっちのけの、恋愛メインのイベント三昧が乙女ゲームの醍醐味のひとつだけれど、この世界の元となったゲームのシナリオだと、好感度以外にも学力や魔力といった学生らしいパラメーターも上げつつ、攻略対象に接近して落としていくという側面があったはずだ。


 そこのところはどうなっているのだろう?




「それでその方、成績の方はいかがですの?」


「特に優秀とも聞きませんし、熱心に授業に取り組んでいるという訳でもないですわよ」


「……魔法の授業などはどうですか?」


「ああ、珍しい光魔法が使えるそうですわ。でも、学園には他にも光属性を使える方はいますし、彼女だけが特別というわけではありません。何か独自の……例えば聖女様のような光魔法を使えれば別ですが、あれには膨大な魔力量が必要ですし」


「成る程……彼女はそこまでの量は無いわけですのね」


「ええ、そこも普通ですわ」


 学力も魔力も、学園で努力することで急速に上がっていくはず。


 ヒロインは攻略する気はあるんだろうけど、どうゆうことなんだ……今の話からすると、彼女が恋愛脳なのは確からしいが、努力はしたくない人なのか……?





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