第34話 貴族って面倒くさい



 と言うわけでその日の放課後、いつものように変装してから冒険者ギルドに向かった。

 二人共、身バレしないようにと、顔を隠せるフード付の外套もきちんと羽織ってきている。


 あそこなら今の時間、魔法学院の生徒も殆どいないだろうし、もしいたとしても依頼達成の報告する冒険者で込み合う時間帯なので、人混みに紛れてしまえるだろう。

 特権階級の子息が通う王立学園の生徒達が来ることもないはずなので、秘密の話をするにはうってつけの場所であった。




 本当なら、彼女たちが普段利用する王都のお店などでもよかったとは思う。個室もあり店員にも貴族対策の教育をしっかりしている分快適だし、一応、店側は秘密を守ってくれる。

 ただ、そこには当然のことながら他の貴族も来る訳で、ヒロイン側の者に見られて報告される可能性もないとは言えない。

 彼女はまだ、シリルやフレデリックの攻略を諦めていないみたいだし、彼らに関する情報を手に入れたいだろうから。


 何といってもヒューシャ男爵令嬢は、この世界に愛されるヒロインポジションにいるので、そんな偶然があって堪るかと言うような、都合のいいことも起こる可能性が否定出来ないのだ。少なくとも、このシナリオが終わるまでは油断しない方が出いいだろう。


 乙女ゲームのことを知らないシリルだが、ヒロイン側と極力接触したくないという気持ちは同じらしい。まず貴族が来ないであろう冒険者ギルドで、小会議室を借りるのがいいのではと判断してくれた事は、二人とっても都合がよかった。




 馬車の中で、彼から送られた手紙について話し合う。


 簡潔に、今後のことで話したいことができたとだけ、書かれてあったが……。


「……シリル様のお話って、何なんでしょうねぇ?」


「う~ん? 手紙では詳しく説明出来ない、直接伝えたいということですし、重要なお話なんでしょうけれど……」


「そうですわね。でも仕方ありませんわ。というのは多分、冒険者活動のことについてでしょうし、ね」


 手紙だと、使用人たちから親に報告されることもないとは言えない。側仕えの者たちも雇い主には逆らえないし、内容的に漏洩が心配なものなのかもしれない。いずれにせよ……。


「貴族らしくない話題になる……ですか」


「ええ。あまり大っぴらに出来ませんもの」


「ははっ、そうですね。自らが冒険者になって鍛えるということ自体、最初に父に話した時は正気を疑われましたよ」


わたくしもですわ。信じられないという顔をされましたもの……」


 ヴィヴィアンも、父親から許可を得る為に費やした労力を思い出してため息をついた。




 ここは身分制度のある世界だし、当然ながら職業にも貴賤がある。


 貴族というのは、家柄や先祖がなした過去の栄光に無駄に誇りを持っているものだし、体面や評判などを非常に気にする生き物だ。その子息、息女が冒険者だというのは外聞が悪く、忌避される。


 何故なら、誰もがやりたがらないような汚れた仕事や命懸けの魔物討伐などを、金を貰って引き受けるのが冒険者だからだ。

 一定の生活水準を維持できるのは、実力のある限られた者だけだし、食い詰めた市民がなるものというイメージがつきまとう。


 冒険者を雇い、レベル上げを手伝わせるならともかく、自らが冒険者となって鍛えるなど上位貴族としては褒められたことではない。

 貴族は貴族らしく、優雅に己を鍛えることが求められるわけで、ヴィヴィアン達のようなやり方は歓迎されないのである。




 現に四人の実家もあまりいい顔をしていないし、社交界で噂にのぼっても困るからと、密かにやるようにと言われて何とか認めてもらった経緯がある。


「貴族ってめんどくさいですわねぇ」


「ははっ、そうですねっ」


 前世の記憶が戻るまでは、疑問に思ったこともなかったのだが、今はその感想に尽きるのだった。


 


 ◇ ◇ ◇ 




 冒険者ギルドに着くと、二階にある小会議室の一つに向かった。


 ギルド会員ならお金を払えばいつでも借りられるその部屋は、事前に使用者登録がされていた。本人達しか入れない仕様なので安心だ。


 それでも一応、入る前に周囲の人影を確認してから、順番にギルドタグをかざしす。このタグが鍵代わりになっているので、それを使って扉を開けるのだ。


 素早く中に入ると、室内には先客がいた。先にシリルが来ていたようだ。




「あら、シリル様。お早いですわね」


「すみません、シリル様。お待たせしてしまいましたか?」


「やあ、二人共。気にしなくていい、私が時間より早く来すぎただけです。それより、今日もご一緒に登場とは……君達はいつも仲がいいね?」


 何でしょう? 全く表情は動きませんが、何だかご機嫌が悪そうですわね? 言葉にトゲがありましてよ。


「その方が都合が良かっただけですわ……リリアンヌ様は?」


「後から来ますよ。ヒューシャ男爵令嬢とその取り巻きに、私達が一緒に行動しているのがバレると面倒なのでね。別々に行動するようにしているんです」


 ……何だか今、という、副音声が聞こえてまいりましたけど……。


 やはり、婚約者が別の男性と行動しているというのは、目的のためとはいえ気分が良くないと言うことでしょうか……他意はありませんのに。


「……そう、なんですの」


「ええ、そうなんですよ?」


 そう言うと、ジ、ジィ――ッと眼力を込めて見つめてこられた。


 ち、ちょっと、シリル様。貴方まだ十四才のお子様ですわよね!? そのお年ですでに、威圧感ありありでしてよ。

 お人形さんのように美しく整ったお顔でそんな表情をされますと、怖さ倍増ですっ。


 一緒に行動している説明をしろと無言のうちに詰め寄られているような気分になりますが、でもここはあえて知らんぷりして貝になります!


 お口チャックですわ。 ない腹を探られては敵いませんし、口では絶対彼に勝てませんからっ。











――後書き――



読者の皆様、いつもお読みいただきありがとうございます。


5月7日(木)、『悪役令嬢だと気づいたので、破滅エンドの回避に入りたいと思います!』の 新エピソード、『第33話 貴族って面倒くさい』を公開しました。


近況ノートにも記載したのですが、実は、1話あたりの文字数を調整した結果、話数が43話→32話に減少しました。

その関係上、お気に入り登録してくださっている読者の皆様に、これから暫く新着通知が届かない可能性があります。


様子を見て、また近況ノートで通知したいと思いますのでよろしくお願いいたします。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る