4章 舞踏会 その2

 夜通し行われる舞踏会を早々に抜け出した五人は、ひとつの馬車に乗り込んだ。


「お疲れ」


 マルクが声をかけると、乱れた髪と服を調えながらギルフォードは首を振った。


「夜会など、もうこりごりだ」


 ギルフォードはうんざりとした顔で、金色の髪をかきあげた。


「ですけど、おかげでフランシス殿下から重要なお話を聞けましてよ」


 アンヌが蠱惑的な笑みを浮かべた。


「それはありがたい。しかし、今は身も心も疲弊して、正しい判断が出来ん。屋敷に戻って、落ち着いてから話し合おう」


「うむ、ゆっくり休むが良いぞギルフォード」


「元凶のお前が、他人事のような顔をするな」


 シャルロットたちは舞踏会で食事が出来なかったので、屋敷に戻ってから軽く夕食をとり、入浴と着替えを済ませてから広間の暖炉の前に集まった。テーブルにはワインと、つまみとしてオリーブやチーズが置かれている。


「私は会場を観察する余裕が全くなかった。分ったことを報告して欲しい」


 ギルフォードは視線でマルクに水を向ける。


「ジョルジュ殿下は柱の陰で何人かと密談を繰り返していた。俺には相手が誰なのかは分からん」


「夜会のように出入りの多い日には、招かれざる客も紛れ込みやすいからな」


 マルクの言葉に、ギルフォードは頷いた。


「私は、フランシス殿下の別宅に招待されましたわ」


「アンヌはうつけ息子の弟と踊っておったものな」


「その呼び方は、さすがに……」


 ギルフォードが困った顔をする。


「フランシス殿下は“ここだけの話、もうすぐこの国が手に入るから、いくらでも贅沢をさせてやる”とおっしゃっておりましたわ」


 アンヌの言葉に、ギルフォードの顔色が変わる。


「間違いありませんか?」


「うつけ兄が妾に言った言葉と、殆ど同じじゃな」


「ええ。とある方と取り引きをしているそうですわ。その方の名前までは聞き出せませんでしたけど、かなりの大物だそうです。契約の文書があるそうですわ」


「とある方というのは、兄の事か? 兄弟手を組んで、ウォルター王を引きずり落とそうとしておったのじゃな!」


 シャルロットは拳を握って興奮した。


「私、招待をお受けして、文書を探して参りましょうか?」


 アンヌの提案に、ギルフォードが止めるように手のひらを向け、反対の手で額を押さえる。


「解せない。仲の悪い、あの兄弟が手を組むなど」


「利害が一致すれば、あり得るのでは?」


 アンヌの言葉に、ギルフォードは小さく唸ってワインを飲んだ。


「いや、やはりしっくりと来ない」


「矛盾があるしな」


 騎士二人は頷き合った。


「なんじゃ? うつけ兄弟を捕まえて、めでたしではないのか?」


「二人共に、この国を自分のものに出来ると思っていることが、おかしいのです」


「玉座は、ひとつしかない」


 揺れる蝋燭の明かりに照らされる中、ギルフォードは手を組んで、その上に顎を乗せる。


「とある大物という人物を特定しなければならないのですわね?」


 アンヌが青い瞳を、愉快そうに細めた。


「周辺国にあらぬ噂を流し、猊下が見抜けぬ巧妙な偽造文書を作成できる者」


 ギルフォードが呟く。


「難しく考えることではないじゃろう。フランシスの持つ契約文書を入手すれば一発じゃ。その協力者が黒幕じゃ」


「簡単に言うものだな」


「出来ることからすればよかろう」


 マルクの皮肉を、シャルロットは真顔で受け止めた。


「王女殿下のおっしゃる通り、文書が鍵になりそうですね。親衛隊で動くか……」


「いや、まだ派手に動かない方がいいだろう。こちらが文書に気づいていることが知られたら、処分されるぞ」


「でしたら私、やはりフランシス殿下にお会いしてみますわ」


 微笑むアンヌに目を向けて、ギルフォードは苦い顔をする。


「ご婦人任せとは情けないが、それが確実かもしれません。決して無理のないよう」


「安心なさって。これでも私、いくらかの修羅場は潜っておりますのよ」


 アンヌとギルフォードの会話を聞いているマルクが珍しく口角を上げているのに、ピエールは気が付いた。


「どうかされました? マルク様」


「いや、なんとも頼もしいと思ってな」


 マルクはピエールに小声で返した。


「今日のところはここまでだな。アンヌに文書を落手していただこう」


「御意ですわ、ギルフォード卿」


 アンヌはにっこりと微笑んだ。


「城で動きがありそうだな。なにかあれば動けるよう、俺は近くで様子を見ることにしよう」


「僕もマルク様と一緒に行動しますよ!」


 マルクの言葉に、ピエールが同調した。


「ギルフォード! 妾は? 妾は明日、なにをすればいいのじゃ?」


 シャルロットは身を乗り出した。


「王女殿下は特にありません」


「なんじゃと? つまらん!」


「つまらなくはないですよ。姫様はウィリアム様と、愛を育む時間が必要なんですよね?」


 ピエールが無邪気に尋ねると、シャルロットは真っ赤になった。


「なんのことですの?」


「も、もう話がないのなら妾たちは先に寝る! また明日の!」


 シャルロットはアンヌを連れて、慌ててあてがわれている部屋に戻った。


「まったくピエールは、大声であんなことを」


 飛び乗る勢いで、シャルロットはベッドに腰かけた。アンヌもその隣に座る。


「ウィリアム殿下と、何かありましたの?」


「う、うむ。あのな」


 シャルロットはウィリアムと出会った時のこと、そしてテラスでの出来事を、包み隠さずアンヌに伝えた。


「妾、胸がドキドキしてな。じゃがな、好きかというと、よく分からないのじゃ」


「ウィリアム殿下でしたら安心ですわ。この国に来たかいがあったというもの」


 続けて、最近マルクのことばかり考えていることを話そうと思ってると、シャルロットより先にアンヌが口を開いた。


「シャルロット様、実は私も、好きな殿方がおりますの」


「なんじゃと! なぜ黙っておったのじゃ!」


 シャルロットは興奮して、アンヌの手を握った。


「シャルロット様のお相手が決まってから、結婚のご許可をいただこうと思っていたのですわ」


 侍女は主の許しを得てから婚礼を行うものだった。


「当然祝福する。相手は妾の知っている者か?」


「ええ、もちろん」


 アンヌは極上の絹のような肌を染めて、恥じらうように視線を落とした。


「マルク様ですわ」


「……なんじゃと?」


 アンヌを握る手が離れるところを、逆にアンヌの両手に握りこまれた。


「隠していたこと、お怒りにならないでください」


「……いつから二人は、好き合っておったのじゃ?」


「そうですわね。シャルロット様のお世話は主に私とマルク様でしたので、自然の成り行きでしたわ」


 シャルロット言葉を失い、頭が真っ白になっていた。


 シュルーズメア王国に来る前のシャルロットなら、大喜んで祝っていただろう。しかし今は違う。


「祝福してくださいますか?」


 嫌じゃ!


 咄嗟に否定の言葉が浮かんだ。湧き上がる激しい感情に、シャルロットは戸惑う。


 散々、“妾だけの騎士”“妾のマルク”と特別扱いをしてきたにも関わらず、マルクが誰と何をしているかなど、今まで全く気にしていなかった。


 なぜなのか。


 マルクが傍から離れるはずがないと思っていたからだ。今の関係性が永遠に続くと思い込んでいたからだ。


 不変のものなどない。そんな当たり前のことを、シャルロットは考えたことがなかった。


 マルクの全ては、妾のものじゃ。アンヌであっても渡すわけにはゆかぬ。


 そんな思いが脳裏を占める。


 手足が重く冷たくなり、胸だけが焼けるように熱かった。


 ――これが、独占欲なのか。


“誰の手にも触れさせず、独占したいと思わせる方”


 アンヌの言葉を思い出した。


 妾は、マルクが好きなんじゃろうか……?


 しかし、そうだとしても、今更どうすればいいというのだろうか。


「……二人を祝福する。当然じゃ」


「ありがとうございます、シャルロット様」


 アンヌに抱きしめられながら、シャルロットは体にぽっかりと穴の開いた気持ちになった。


 二人に置いて行かれたような心境だった。


 そして何より……。


 マルクとアンヌが一糸まとわぬ姿で抱き合い、唇を重ねる姿が頭に浮かんだ。以前見た二人の映像よりも、よりリアルに思い描いてしまい、思わずシャルロットはアンヌの身体を突っぱねた。


「シャルロット様?」


「すまぬ。気分がすぐれぬゆえ、妾はもう寝るぞ」


「はい。おやすみなさいませ、シャルロット様。よい夢を」


 アンヌは立ち上がり、シャルロットを寝かせて掛布団を整えた。


 いつもと同じ表情、同じ仕草のアンヌ。アンヌは結婚をしても、今までと変わらず従順に仕えるだろう。だが、マルクはどうだろうか? 


 シャルロットは悲しい気持ちが溢れ、なかなか寝付くことが出来なかった。


 帝国を抜け出す一月前、数年ぶりにマルクを寝室に呼び出した夜を思いだした。

今のシャルロットでは考えられない大胆な行動に顔を赤らめ、同時に、時間を戻したいとも思うのだった。

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