2章 旅立ち その3

「早死にしたい者から来るといい」


「言うね、兄ちゃん。すぐにその生意気な口を利けないようにしてやるぜ」


 リーダーが両腰の大剣を抜いた。二刀流だ。他の山賊たちも、待ってましたとばかりに剣を構える。


「恨むんならシュルーズメア国のウォルター王だぜ! 俺たちだって好きでこんなことをしてるわけじゃねえんだ。国外で勝手に追いはぎやってろって言ったのはあいつだぜ」


 そうだウォルター王が悪いんだ! と叫ぶ盗賊たち。


「なぜそこで陛下の名が出るんだ。謁見したわけでもあるまい」


「ご、ゴチャゴチャうるせえな! 野郎ども、やっちまえ!」


「おおっ!」


 山賊がマルク達に襲い掛かった。


 矢継ぎ早に繰り出される剣の嵐を、マルクとピエールは冷静に捌いてゆく。剣と剣のぶつかり合う激しい金属音が飛び交った。


 マルクは鮮やかに剣を受け流して絡み取り、素手になった相手の首筋に剣の柄頭を叩き込んで卒倒させた。


「うぐわぁっ」


 ピエールは剣を弾いて体制を崩した相手に、乾いた砂を蹴り上げて目を潰し、顎を思い切り蹴りあげた。細い体のどこにそんな力があるのかと目を見張るほどに、大男は吹っ飛んでいく。


「遠慮せずにできるって、気分がいいな」


 目にかかるナチュラルブラウンの前髪についた土を払いつつ、ピエールはニンマリと笑った。マルクに従順に仕え、年より幼く見える容姿から大人しい印象があるが、ピエールは戦いに関しては好戦的だった。


 はじめこそ人数で優勢だった山賊は、無秩序な攻めの隙をつかれ、瞬く間に半数になっていた。


「待て、一点集中といこうぜ。俺様が正面からお綺麗な兄ちゃんの相手をするから、おめえらは脇から刺し殺せ」


 今まで様子を見ていたリーダーが仲間に指示をすると、散っていた男たちがマルクの周囲に集まった。片側に寄ったので、ピエールはマルクの横に並び、シャルロットとアンヌを下がらせる。


 両手で剣を構えた傷のある大男は、マルクの剣を見て舌打ちした。


「チッ、商人にしては荷が少ないと思ったが、兄ちゃん帝国の犬だな。分かってりゃ金だけもらってトンズラしたのによ」


 マルクが持っている剣はヴァローズ帝国支給のものではなく個人のものだったが、精緻を極めた細工の入った曲線の鍔は、帝国貴族特有だった。


「妾のマルクに傷ひとつ負わせてみよ、ただではおかぬぞ!」


 緊迫した空気をシャルロットの高い声が破った。


「シャルロット様、マルク様たちの気が散ります。まだこちらが劣勢なのですから、静かに応援いたしましょう」


「うぬぬ!」


 アンヌはシャルロットの手を握って落ち着かせようとするが、交戦を見ていたシャルロットの興奮は冷めやらなかった。


「これ以上マルクを傷ものには出来ぬ。山賊なんぞ、この手で成敗してくれるわ」


「あっ! シャルロット様、いけません!」


 シャルロットはアンヌの手を振り払い、山賊が落とした剣を拾うと、マルクの隣に立った。


「邪魔だ、下がれ!」


 傷の大男を見たまま、マルクはシャルロットを怒鳴りつけた。


「妾も戦う!」


「そんな服では足を引っ掛けて転ぶのがオチだ」


「このスカートがいけないのじゃな」


 言うのと同時にシャルロットはスカートを掴み、剣でザクザクと切り始めた。あっという間にスカートだった布切れがふんわりと地面に落ちる。


 膝上でピンクのリボンに止められた白い絹のストッキングと、誰にも晒されたことのない、しみひとつない真っ白な太ももまでが顕になった。


「きゃあ! シャルロット様、なんてことを!」


 普段は冷静なアンヌが、思わず悲鳴をあげた。


「これで文句はなかろう」


 シャルロットは足元の布きれを踏みつけ、前後に足を開いて剣を構えた。後ろで結わかれた長いブロンドを風に揺らして、ニッと笑う。髪が後光のように輝き、シャルロットの姿はまるで、戦場の女神のように山賊達に映った。シャルロットの突飛な行動と神々しい姿に、山賊がざわめく。


「いくぞ」


 ピエールに合図すると、マルクは隙の出来た山賊に斬りかかった。ピエールも倣い、反応の遅れた山賊達を次々と倒し、全員を地に這わせた。


「なんじゃ、終りか? 妾も手伝いたかったのに」


 ポイと持っていた剣を投げ捨てて、むくれるシャルロット。


「お前の奇行が、初めて役に立った」


 チンッと剣を鞘に収めて、マルクはシャルロットの頭に手を乗せる。


「しかし、二度とこんな真似をしてくれるな。頼むから、少しは俺の言うことを聞いてくれ」


 額に汗を浮かべて安堵の息をもらすマルクを見上げ、シャルロットは、むうと唇をすぼめた。


「妾はただ、マルクの傷を増やしたくなかったのじゃ……」


「シャルロット……」


 シャルロットの言葉に、マルクが瞠目した。


「シャルロット様、こちらへ!」


 俯いているシャルロットに、アンヌがスカートを巻きつけた。馬に括りつけてあった荷から慌てて引っ張り出したものだ。


「お召替えをいたしましょう」


「アンヌか、すまぬな」


「あんな男たちにおみ足を晒すなんて。ああ、なんてもったいない」


「減るものでもなし」


「いけません!」


 そんなやり取りをしながら、二人は草むらに消えた。


「襲われたばかりなのに、賑やかですね」


 ピエールがクスクスと笑う。


「大口を叩く割に弱かったですね。斬り合いの訓練にもならない」


 つまらなそうなピエールに苦笑するマルク。


「間が抜けている賊で助かった部分が大きいが。戦乱の世であれば、お前の腕ならウォルター陛下のように栄進したかもしれんな」


「えっと……えへへっ」


 マルクが褒めることは滅多にないので、ピエールは頬を高潮させて照れ笑いをする。


 そこに、馬の蹄の音が聞こえてきた。山道を駆けて来たのは、白馬に乗った長身の青年だった。


「あっ! お久しぶりです、ギルフォード様」


 いち早く気付いたピエールは金髪の青年に駆け寄った。彼がマルクの話に度々登場していた、レスフォーク伯ギルフォード・タルボットだった。年はマルクより三つ上の二十五歳。父親が早くに亡くなり、レスフォーク伯を叙している。


「これは……山賊か?」


 馬から降りたギルフォードは、倒れている男達を見回した。


「いいところに来たな、処理に困っていたところだ」


「これだけの人数を、よくも流血もなく」 


 感心した表情をした後に、面倒を押し付けられたギルフォードは大きな溜め息をついた。


「女性二人を連れて危険な山道を通ってくるというから、シロハヤブサに手紙を持たせた後、黎明より馬を走らせたというのに。とんだ取り越し苦労だ、寝ていれば良かった」


 嘆きながら、ギルフォードはポケットから出した笛を吹く。山間でやまびこのように高い笛の音が反響し、別の笛の音が遠くから返事のように聞こえてきた。


「これでそのうち、警備隊が来るだろう」


「今の音はなんじゃ?」


「っ!」


 ひょっこり草むらから顔を出すシャルロットに、ギルフォードは驚いた。


「ん? 誰じゃ?」


 シャルロットは長い巻き毛をなびかせながら駆け寄って、ギルフォードの前に立った。アンヌも後から櫛を持って現れる。髪を整えている途中で、シャルロットが飛び出したのだ。


「お、おお! そなた、美しいのう!」


 シャルロットは感嘆の声をあげる。言われたギルフォードは、口元を手で押さえて吹き出した。


「なぜ笑う?」


「失礼、シャルロット王女殿下ですね? ギルフォード・タルボットと申します。従弟から王女殿下の口癖を聞いていたのですが、まさか、実際に聞く事になるとは」


 ギルフォードは笑いを堪えながら一礼をして、シャルロットの手の甲にキスをした。


 ギルフォードは金髪碧眼、長身で細身ながらも肢体は鋼のように引き締まっている。従弟とあって体格はマルクに酷似しているが、顔つきは正反対だった。切れ長で鋭い眼光を持つマルクに比べ、ギルフォードは涼やかで柔らかな目縁をしている。


「口癖じゃありませんよ。僕は言われたことがありませんもん」


 ピエールが横槍を入れると、シャルロットは振り返ってピエールを見た。


「妾、ピエールの顔も可愛らしくて好きじゃぞ。そうでなければ、マルクの傍にいることを許してはおらん。妾の視界にいつも入るんじゃからな」


 二つ年下のシャルロットに可愛らしいと言われたピエールは、嬉しそうに頬を染めた。


「喜ぶな」


 マルクは呆れた声を出した。


「シャルロット様、動くと結えませんわ。あちらに腰掛けてください」


 アンヌはシャルロットを連れて、乾いた石に座らせた。


「突然現れるから驚いた。ところで、ヴァローズ帝国の皇族というのは、独特な喋り方をするものだな」


「あいつだけが色々とおかしいんだ」


 ギルフォードが小声で話しかけると、マルクは服に付いた土埃を払いながら応えた。


「聞いていたとおり変わった姫君のようだが、あんなに美しいとは、一言も言っていなかったじゃないか」


「まあ、大人しくしていれば」


「侍女も綺麗だ」


「外見はな」


 シラッとしたマルクの様子に、ギルフォードは喉の奥でククッと笑った。


「随分苦労しているようだ」


「治安の悪い国境を少人数で越えて、身分を偽ってお忍びで他国の城に潜入したいと言い張り、今し方は一緒に戦うと剣を持って山賊に挑もうとしたじゃじゃ馬だぞ。付き合わされる身にもなってくれ」


 ここぞとばかりに捲し立てるマルクを珍しそうに横目で眺めてから、ギルフォードは揶揄するような笑みを浮かべた。


「そして私も、手紙ひとつでその舞台に乗せられたわけだ」


 マルクはギルフォードの手を握った。


「感謝している。ついでにこれからかける迷惑について、先に謝罪しておきたい」


「まあ、とりあえずの世話分は、既にいただいたよ」


「どういうことだ?」


 同じ身長である従弟のライトブラウンの瞳を覗き込み、ギルフォードはニヤリと笑った。


「こいつらは、私たちが捕まえられずに手を焼いていた山賊団だったのさ」


 リーダーが被っていた兜を、ブーツの先でコツンと蹴った。

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