楓と葉霧のあやかし事件帖2〜そろそろ冥府に逝ったらどうだ?〜

高見 燈

第1章  秩序

第一幕  兆し

第40夜  遠吠え

 ーー「ホントにここか?」


 暗く淀んだ水がちろちろと流れていた。


 水路。

 トンネルの中で水が流れてゆく。

 然程……量は多くない。


「ああ。合ってるよ。」


 水路の先を懐中電灯で照らしているのは葉霧だ。その後ろからついて行くのは……楓だ。


 何故……こんな事になっているかと言うと……


 遡ること一時間前のこと。


 ✢




 学校から帰って来た葉霧を待っていたのは男性だった。

【蒼月寺】の和室には、鎮音と、楓がいたのだ。そこに作業服を着た男性がいた。


「誰?」


 葉霧は男性を見ると一瞬……止まった。

 和室に入るのを躊躇したのだ。


「はい……【吾妻】と言います。」


 ベージュ色の作業服を着た中年男性はそう言った。

 困惑した様なその表情。


 痩せた身体に着ている作業服がゴワゴワして見える。サイズが合ってないのか……大きい。


(あやかしだ。こうしてると……普通の会社員だ。)


 葉霧は鎮音がなんて事無さそうなので和室に入ると座った。


 慣れてはいても……現実社会に溶け込む姿を見るとやはり少し……驚く。


 楓は胡座かいて吾妻の顔を見つめている。


「実は……今はもう使用されてないのですが……昔。使われていたの水路で……妙な事があったんです。」


 吾妻はーー静かに口を開いたのだ。


「妙?」


 聞き返すのは葉霧だ。

 ワイシャツのボタンを緩めた。


「はい。使用はされてませんが……ウチの会社が管理してるんで定期的に巡回は行ってるんです。」


 吾妻の話はこうだった……。


 その使用されていない水路から大きな物音がした。と。そしてそれは明らかに【あやかし】である。と。だから……ここに来た。そう言ったのだ。



 ✣


 東京都の外れにあるその使われていない下水道に楓と葉霧は、訪れたのだ。


 湿地帯の森に囲まれた場所であった。

 辺りは深い森に囲まれ奥まった所にある。


「てかさー。なんかまじで【退治屋】だな。ん? あ。でもアレか……葉霧は退魔師だから【退魔屋】」


 楓は後ろからついて行きながらのほほんとそう言った。

 しかも……ケラケラと笑う。


「その呼び名はちょっと……。まだ退治屋の方がいいかな」


 葉霧は懐中電灯で……水路の奥の方を照らす。


 じめっとした空気は漂うが

 ここは空洞トンネルになっているから、外の空気も入るので……そこまで湿気も気にはならない。


 ただ……使用されなくなって年月が経ってるからか雨水が入り込み……泥に塗れゴミなども浮いている。

 何よりもヘドロが水路を覆いそこに少しずつ……水が流れているのだ。


「入った時に……なんか感じたか?」


 楓はキョロキョロと辺りを見回している。


 使用されなくなると……建物も目的を喪うのか……壁などもヒビ割れや穴などが空き……廃れていた。


「特には……」


 水路の奥は鉄格子のついた水門が見える。

 ここから地下に流れてゆくのだろう。


 今は微かに水が流れていくだけだ。


 歩き進んで行くと……突如。


 ガンっ!


 水門の鉄格子に何かがぶつかった音がした。


「わ! なんだ!?」


 楓はその音に身体が跳ね上がった。

 大きな物音には弱い。


 ビクッ!と。


「居たな。」


 葉霧は目を凝らす。

 最近……わかった事であるが……【あやかし】が現れると葉霧の眼は【碧】に煌めくらしい。


 それも……敵意を剥き出しにする【闇の者】の出現が、彼の退魔師としての力を呼び醒ますらしいのだ。


 水門に近づいていくと……更にその物音は激しくなった。


 ガン!ガンッ!


 激しく身体をぶつけているのか、鉄格子が揺れる。


 葉霧は懐中電灯を照らしその影を瞠る。


「楓……。出てきそうだな。」


 鉄格子が外れ掛かっていた。

 よく見ればひしゃげている。


 楓は葉霧の隣で夜叉丸を手にした。


 ガンッ!

 ガッシャーーーン!!


 何度か打ち付けた後……鉄格子は外れたのだ。

 それは……水路に落下した。


 グシャ……グシャ……


 足音が聞こえる。


 水路に足を突っ込み泥を踏みつけ出てきたのは真っ黒な身体をした大きな犬であった。

 牙を生やした大きな犬は、ゆっくりと現れたのだ。


「今度は犬かよ!」


 楓は刀を握る。


(……漆黒の身体をした犬……。本で読んだ事がある。アレは。魔犬と呼ばれる者だった気がしたが……)


 葉霧はこれでも……それなりに知識を得ようとしている。何しろ……あやかしの事をよく知らないからだ。


 ヒマがあれば……本を読んだりして知識を得ている。


 ダッ……黒い犬が向かうは楓。


 楓は突進してくる黒い犬を迎え討とうと身構えたが


 ギャンっ!!


 楓に向かって来た犬のあやかしは楓の目の前で、白い光の炎に包まれた。


「へ………?」


 楓が驚いて横を向くと葉霧が右手を翳していた。あやかしに白い光の波動を放っていたのだ。


「来週……テストなんで。」


 葉霧は右手を降ろした。


「えっ!? 慣れすぎ!! バトルに!」

「そうなるだろ。」


 楓もまさかの葉霧の攻撃に目が点……であった。


 ジジ………


 身体を焼かれながらも黒い犬は口を開く。


 アォォ~~ンン……!!


 吠えたのだ。


「!!」


 葉霧と楓はトンネル内の……遠吠えに耳を抑えた。反響する。


 だが……葉霧は直ぐにトンネルの入口に視線を向けた。


 グルルル……

 ガルルル……


 正に……黒い犬たちの群れが集まってきていたのだ。


 遠吠えをした黒い犬は白い炎に、焼き尽くされ消えていく。


「な!? なんだ??ココ……??」


 楓は耳から手を離すと、わらわらと入口に集まってくる黒い犬の集団に、ぎょっとしていた。

 

 消えた仲間……。

 それをーー合図にしてか、一斉に大きな黒い犬たちは向かってきたのだ。


 水路の水を蹴り……泥と木の葉……ゴミで散乱したコンクリートの地面を駆けてくる。


 ハッハッ……


 野性の荒々しい息遣い。


 楓は刀を握り走り出した。


「てめぇら全員! 冥府へ送ってやる!」


 走って向かって来るだけなら楓にとっては敵ではない。刀を振り回し……斬りつけていく。


 紅い血が飛ぶ。


「あやかしか……」


 葉霧は斬りつけられて血を噴き出す犬を見るとそう呟く。


 真っ赤な血だ。

 黒い血ではない。


 バッ!!


 葉霧にも犬の集団は向かって突進してくる。蹴り上げ飛び掛かろうとする犬や……そのまま……向かって来る者など……一斉に。


「葉霧!!」


 集団との……一戦ははじめてだ。

 それもこの数だ。十数頭はいるだろう。


 葉霧は楓の心配する声を聞きながら手を向けた。


(一気に……片付ける必要がある。)


 カッ!!!


 光の波動。


 正に向かってくる犬達を弾き飛ばす波動だ。楓ですらその風に煽られていた。


(……パワーアップしてんすけど………)


 楓は驚かされるばかりだ。


「急所は首だ。頭を撥ねるしかない。」


 葉霧は……目の前で白い光の波動に直撃し、炎のような光に包まれていくあやかし達を見ながらそう言った。


 楓は急所を断ち切り殺す事が出来る。


「了解」


 楓は葉霧に言われた通りに……あやかし達の首を撥ねていく。

 次々と。


 葉霧の白い光の炎で包まれたあやかし達はその身体を、焼き尽くされるかの様に燃えていく。


 ジュウウウ………


 やがて……あやかし達の身体は焼き尽くされるかの様に、消えてゆく。


 灰にもならない。


 楓に急所を跳ね飛ばされたあやかし達は次々と、木っ端微塵に吹き飛んでいく。


 集まってきていた黒い犬たちはその様子を前に逃げ去った。

 トンネルから立ち去ったのだ。


「あーくそ! 逃げんなっ!!」


 楓は最後の一匹を倒しながらそう叫んだ。

 撥ね上げた頭ごと……身体ごと……黒い犬は弾き飛ぶ。


 トンネルの中は……何も無かったかの様に静けさに包まれる。


 葉霧は頭を抑えていた。


(……しかし……疲れる……)


 フゥ……と、息を吐く。


「大丈夫か? 葉霧。」


 楓はトンネルの入口を見ていたが……直ぐに振り返った。


「ああ。大丈夫だ。それなりに耐性も出来てるらしい。」


 葉霧はそう言うと最初の一匹が出て来た……水門に歩み寄った。


(それに……力の使い方も何となくわかってきた……。力加減は……己の。さっき俺は……無意識に向かってくるあやかし達を一気に片付けようと思った。)


 葉霧は右手を握りしめた。


(それが……力に強弱をつけたんだろう。どうやら……俺の力は精神力に左右されるらしいな。)


 水門の前には鉄格子が落ちたままだ。

 葉霧は懐中電灯を取り出した。


 薄手のジャケットのポケットから。


 水門に近寄りながら懐中電灯を照らす。


「葉霧?」


 楓は葉霧の方に歩み寄る。


 葉霧は壊れた鉄格子を留めてある鉄枠に、捕まりながら中を覗く。


「水路……はやっぱり使われてないか。」


 暗いが空洞のトンネルになっているのはわかった。地面には水路がある。


 ここから更に奥まで流れてゆく……

 然程大きくはないが……それでも使われていた時は、水も流れていたのだろう。


 今は少し……溜まっているのがわかる。


「降りられそうだな。」


 高さは然程無いが、電気が無いので下は暗くて良く分からない。だが……ここから梯子を伝い降りられそうだった。


「ん? 降りんのか?」


 楓は葉霧の顔を覗き込む。


「さっきの……奴等は外から来たんだ。なのに……。最初に居た奴は……ココにいた。」


 葉霧は懐中電灯を口に咥える。


 そのまま水路の脇の梯子に足を掛ける。


 楓はそれを見ながら少し心配そうにしていた。上から覗く。


 カツ……カツ……


 鉄製の梯子は降りると……足音が鳴る。


 楓のいる水路から滝の様に水は流れ下に落ち……そこから水路を辿り流れてゆくのだろう。


 今は泥しかないが。


 葉霧は下に降りると懐中電灯を取る。

 コンクリートは渇いていた。


 ただ、泥の匂いとカビ臭さで充満している。



「葉霧……」


 楓が上から覗く。


(暗くて見えねー。)


 彼女は鬼娘だが………結構ビビり。

 今も不安そうに覗きこんでいる。


「楓。おいで。照らしておくから」


 葉霧は懐中電灯で梯子を照らす。

 見上げるとそう声を掛けた。


「う……うん。」


 梯子にライトが当たるので楓は足を掛ける。

 然程……大きな水門ではないのでそこまで慎重にならなくても良いのだが……。


 ホンの十数段の梯子だ。


 葉霧の手を借りて地面に降りた。


 中は空洞になっている。

 天井と壁はコンクリートで覆われている。

 そこまで広くはない。


 今降りて来た梯子の脇の水路を流れこの下にある水路を通り……奥に流れて行く……。


 この空洞の先は配管だ。大きな配管が続いている。水路の水はその配管を通り奥に流れて行く様になっていた。歩道では無いのだろうが……水路を挟み通路はある。ただ狭い。


 葉霧は配管にライトを当てた。


 地面に埋め込まれている。

 水路は太いこの配管に入れ替わっている。


「通れそうだな」


 配管の脇も通り道になっていた。

 葉霧は奥を照らした。


「まじ~~?? この暗さだぞ? オレはオススメしない」


 楓はとにかく暗いのが苦手だ。

 何か物音がしたり、気配がしてビクッ!とする感じがイヤなのだ……許せないのだ。


「大丈夫だよ。あ。今度……お化け屋敷行こうか?」

「はぁ?? 葉霧……まじ変態だ!」


 葉霧はにっこりと微笑む。

 悪びれる様子もなく。


(鬼が……お化け屋敷を恐がるのも少し不思議だ。)

 と、自分で振っておいてそう思う。


 楓と葉霧は……配管の先を目指した。

































































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