第42話 クラスメイトの野郎どもが俺に親切(下心満載)
昼休みも、眠気を誘う退屈な5限目も終わり、6限目の体育となった。
テスト週間の後に控えた球技大会に向けて、男子はバスケ、女子は隣のコートでバレーをしている。
そんな中、たった今ドリブルで2人を抜いて、俺はレイアップシュートを決めたところだ。
いつもなら爽快な気分になるところだけど、今の俺はとてもそんな気分になれない。
なぜなら、
「流石です橘さん!」
「ナイッシューです橘さん!」
「お疲れ様です、橘さん!」
普段俺を襲ってくるクラスメイトたちがさっきから俺が活躍するごとに気持ち悪いほどよいしょしてくるからだ。
爽やかな笑みが気持ち悪過ぎる。
かと言って、心を入れ替えたのかと問われれば、
「おらァ! 削れ削れッ!」
「イケメンにはシュート1本打たせやしねえぞォ!」
「彼女持ちがボールに触ってんじゃねェ! 彼女にいいところ見せようったってそうはいかねえぞォ!」
答えはノーだ。
ファウルも退場も厭わない覚悟で相手を潰しに行く様はスポーツマンシップのかけらも知性も感じられやしない。
……むしろこっちのいつも通りの方に安心感を覚えてるのがおかしいんだけども。
「てめえらボール取ったら率先して理玖に回せェ!」
「「「おう!!!」」」
今のセリフだけ切り取れば、完全にスポーツ漫画の熱いワンシーンのようだ。
和仁の指示で連帯感を高めたクラスメイトたちが無駄な運動能力の高さを活かし、付け入る隙のない完璧なディフェンスを展開していく。
……ナニコレ?
試合中だというのに呆然と立ち止まってしまった俺はなにも悪くないと思う。
ちょうどそのタイミングで試合終了のブザーが鳴った。
「橘さん! タオルどうぞ!」
「お飲み物はなにがいいですか! ダッシュで買ってきます! なんなりとお申し付けください!
「自分、椅子になりますよ!」
「いらん。というかどういうつもりだ」
コートから出た俺の周りにすぐに群がってきた野郎どもが鬱陶しいので怪訝な顔を向けつつ、距離を取った。
タオルは気味悪くて受け取れないし、飲み物も授業中だし、最後の奴はどう考えてもおかしいだろ。
「どうとは?」
「お前らが俺にこんな親切にしたり、へりくだったりするのがそもそもおかしいだろうが。いつも鈍器で襲いかかってきてるの忘れたのか?」
「はい、そんなことをした覚えはありません!」
「神に誓って!」
「俺たちの目を見てください! 綺麗に澄んでるでしょう!」
「すげえ……! ここまで堂々と嘘を吐けるのか人間ってのは……!」
あと、目は普通に濁ってる。ドブ川かと思ったわ。
「いいから話せ! なにが目的だ! お前らに親切にされると鳥肌が止まらないんだよ!」
あまりにも気持ちが悪過ぎる!
追求すると、クラスメイトの1人が口角を上げた。
「ふっ、いいだろう……俺たちもお前にへりくだるのは限界だと思っていたところだ」
それはそれで早すぎるだろ。まだ授業始まって10分ぐらいだぞ。
呆れていると、クラスメイトの野郎どもが俺の前に一糸乱れない動きで横並びになって、
「「「——どうか俺たちにも合コンを開いていただきたくッ!!!」」」
これまた一糸乱れない統率の取れた動きで、額を床に叩きつけ、土下座のスタイルを取った。
「……合コン? ああ、和仁に開いてやるって言ったあれか」
「そうだよッ! そのクズ仁に開いてやるって言った合コンだよッ!」
「頼むから俺たちにも開けくださいゴラァッ!」
「可愛くて綺麗で巨乳で俺のことを無条件に好きになってくれそうな子がいいですオラァッ!」
「人にもの頼む態度じゃねえしヤケクソに叫ぶのをやめろ」
あと最後の奴は舐め腐んな。
「まあ、るなに頼んでみるけど、あまり期待はするなよ」
「「「神!!!」」」
「やめろ気色悪い。それと合コン開いてやるんだから俺のことを襲うなよ?」
「「「イエッサー!!!」」」
歓喜の涙を流しているけど、紹介して上手くいくかどうかはこいつら次第だしな。
……この調子じゃ難しいだろうけど、出会いの場を作ってやるだけありがたく思ってほしい。
ため息を吐いた俺は、ふと隣のコートを眺める。
そこでは、ちょうどバレー部に引けを取らない高さで跳び上がり、綺麗なフォームでスパイクを決めた柏木の姿があった。
流石バスケ部のエース候補。畑違いのスポーツでもその運動神経は遺憾なく発揮されるらしい。
休憩がてら、暇潰しになんとなくそのまま眺め続けていると、柏木が視線に気がついたのか、俺の方を見た。
いぇーいと言いながらポニーテールを揺らしてVサインを向けてくる柏木にいいから試合に集中しろという意味を込めて手を前後にシッシッと振る。
「すごいね。柏木さん」
「ああ。水を得た魚とは正にこのことだな」
テスト週間で溜まった鬱憤を晴らそうとしてるに違いない。
近づいてきた遥と雑談を交わしながら、男子の試合ではなく、女子のバレーを見続けていると、
「おっ、陽菜と有彩が出てきた」
動きやすいように長い髪を後ろで1つにまとめた有彩とショートポニーと珍しい髪型にした陽菜。
声援の1つでも飛ばしてやるか。
「おーい、陽菜、有彩ー。頑張れよー」
声をかけると、有彩は「はいっ」と胸の前で控えめに両手でガッツポーズを取ってみせる。
陽菜はと言えば、
「ありがとー! りっくん!」
いつものように眩しい笑顔で返してきた。
「高嶋さん、いつもと変わらないね」
「ああ。やっぱり朝のあれは気のせいだったのかもな」
ちなみに、有彩は運動はあまり得意ではなく、陽菜は意外に器用になんでもこなす。……料理以外は。
俺の胸中を証明するように、陽菜が目の前で綺麗に弧を描くふんわりとしたトスを上げてみせた。
トスが上がった先には運動神経抜群の柏木がいて、またしても綺麗にスパイクを叩き付ける。
「……?」
でも、陽菜の奴、やっぱどこか力んでるような気がする。
いつもはもっとどんなことでも楽しそうにしてるけど、今は、なんと言うか、肩に力が入っているような気がした。
きっと、幼馴染の俺にしか分からない些細なことだと思う。
その違和感を確かめようとすると、男子の今行われている試合が終わりのブザーが鳴り響いた。
「よしっ、次も頑張ろうね。理玖」
「……ああ」
俺の中にあった違和感は、試合の熱で溶かされるように、試合が終わる頃にはすっかり霧散してしまっていたのだった。
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