第二章

第20話 ラブレターとプリクラと悪戯に笑う幼馴染と

 旅行に行ったりだとか、有彩の騒動があったりだとか波乱続きだったGWも無事に明け、今日から学校だ。

 長期連休明けた時の学校行きたくなさって異常だよな……これが5月病か。


 学校に近づくにつれ同じ制服を着た生徒も増えてきたけど、やっぱり皆

どこか覇気の無い顔をしているような気がするんだよな……。


「おーっす理玖」


 この声は奴だ、奴しかありえない。相変わらず憎たらしい声をしてやがんな。


「おー……お前髪どうした? 散髪に失敗したのか? 左右の長さバランスが違うぞ」


「誰が失敗だこの野郎! 姉ちゃんの実験台にされたんだよ! 起きたらこんなになってただけだ!」


 2日前に和仁を見た時は全体的にバランスを取れた髪型してたはずなのに、今はアシンメトリーとでも言えばいいのか、右側が短く左側が長いという髪型だった。

 ……なんだ、失敗じゃねえのか。面白くねえな。


 言いつつ、ぶっちゃけ俺も和仁も怠さを惜しみ隠そうともせずに特に何も言い合うことなく校舎の中へ入った。

 ただでさえGW明けで怠いのにわざわざ揉め事を自分から起こして無駄な体力を消費したくないからな。

 

 ――ドザーッ!!


「……和仁、欠伸をしながら下駄箱開けたら大量の脅迫状ラブレターが流れ出てきた」


「おいおいマジかよモテモテだなざまあ」


 ――ドザーッ!!!!


「……理玖、俺の方も流れ出てきたわ。ってかお前より多くね?」


「マジかよざまあ」


 これが本当にラブレターでもさぞかし処理が面倒だろうな。でもノートの切れ端ばっかだしこんなワイルドなラブレターがあってたまるかよ。

 ……確かに和仁の方が量が多いみたいだ。お前日頃からどれだけの奴の恨み買ってるんだよ。


「えーっと何々……『届けたい、お前の家に、ブルドーザー』か、中々斬新すぎる内容だな」


「こっちは『あなたのことを殺したいほど想っています』か、殺したいと思っていますの書き間違えっぽいな」


「というかなんでいきなりこんなことになってんだよ」


「知るか……あーいやっ、多分旅行に行ったのが何処かからバレたんじゃね?」


 なるほど、それか。ったく、それでわざわざ朝早くから登校してこんなことしてるなんてどれだけ暇なんだか……。


「とりあえず、焼却炉寄ってくか?」


「……いや、ゴミ箱に捨ててこうぜ」


 お、名案だな。幸いここにはゴミ箱がたくさんあるしな。

 とりあえずいつも襲い掛かってくる連中の下駄箱に全部突っ込んで……よしこれでいい。

 さて、掃除も済んだし教室に行きますか。


♦♦♦


「さて、と……」


「ん? 和仁、今日は学食か?」


「いや、呼び出しだ。ちょっとラブレターの返事をしてこないといけなくなった」


 ああ、直接呼び出し受けたのか……男にモテる男は辛いな。

 

「あれ? 理玖、和仁知らない?」


「あいつならラブレターの返事をしに行くってよ」


「へぇー、和仁も結構モテるんだねえ」


「遥が思ってるのとは180度真逆のことだぞ」


 小首を傾げきょとんとした表情を浮かべる遥に苦笑を浮かべ、鞄から弁当箱を取り出す。


「あたしも一緒に食べるーっ! とその前に……有彩も一緒に食べよーっ!」


「ひ、陽菜ちゃん!? あまり引っ張らないでください!!」


 この2人なんか前よりも仲良くなったな。

 まあ確かに陽菜と有彩が友達なら飯を一緒に食ったぐらいで周りの人間は不思議には思わないな。最初からそうしておくべきだった。


「おい見ろよ橘の野郎、女囲ってハーレム気取りだぞ。どう思うよ?」


「親知らずこじらせて死ねばいいと思う」


「とりあえずブルドーザー持ってこようぜ……! 俺ぁもう我慢出来ねえよ!!」


 誰がハーレム気取ってんだバカ野郎、あとラブレターの犯人1人てめえか。

 今日もこのクラスは平常運転で非常に平和だな。


「……あ、飲み物なかったわ。ちょっと買ってくるけど、何かいるか?」


「じゃあ僕は炭酸水」


「あたしオレンジジュース!」


「では、ウーロン茶をお願いします」


「「「俺たちはお前の命」」」


「炭酸水にオレンジジュースにウーロン茶な、了解」


 途中で何か変な声が聞こえた気がしないでもないけど、多分モテなくて女子と会話する機会が全くなかった怨霊かなにかだな、あとで塩でも撒いておこう。

 購入する物脳内リストに新たに塩を書き加えてから教室から出る。


「あっ、ちょうどいいところにいましたよ!! 桐島さん!!」


「俺たちも協力するんで手っ取り早く殺っちまってください!!」


「……うわぁ、この感じ久しぶりぃ」


 多くの男にバット持って囲まれてる経験が懐かしいって感じる高校生ってヤバくね?

 最早日常茶飯事だから、こんなもんじゃ眉毛1つ動かせなくなってきている自分が嫌だ……。

 なんて思ってたら、むさ苦しい野郎どもで出来ていた壁が左右に割れ、出来た道を歩いてこっちにくる1人の男の姿が。


「理玖ぅ……てめえ俺がいない間にハーレム作って飯だけじゃなく女も食おうとしてたらしいじゃねえかぁ……いい度胸だなぁ、おい……」


 バカがバカ連れて帰って来やがった……! なんで直接話に行ったら余計に従えて帰ってくんだよ。短時間でお前らに一体何があったんだよ。


「……おい和仁、お前一体どんな手を使ったんだ? 朝は仲良く2人でラブレター受け取ったじゃねえかよ」


「悪いな、実はさっき記憶喪失になったから覚えてねえんだわ」


「そうか、次のテストで苦労する姿が目に浮かぶな」


 随分と都合のいい記憶喪失があったもんだな。


「桐島さん!! こいつ殺ったら京都で知り合った大学生と合コン組んでくれるってマジですか!?」


「俺に任せろ大親友たち!! その為の手段は俺の手の中にある!!」


「「「一生着いて行きやすぜぇ!! 桐島さぁん!!!」」」


 そんな紙より薄い友情なんざとっとと消え失せればいい。

 それに、京都で知り合った大学生って天音さんのことだろ? 天音さんが快く紹介してくれるとは思えないんだけど。

 それはそれとしてこの状況はただ面倒なだけだな。飲み物買いに行く時間取られるし飯食う時間も無くなる。


「……よっと」


 ポケットから折りたたんメモを取り出して、自分からやや離れた場所に放り投げる。


「おいおいなんだその紙は? 降参の合図か? 降参ならそれなりの態度を見せてもらわねえとなぁ? 這いつくばるとかよぉ!」


「分かってねえな、これから這いつくばることになるのはお前らの方だぞ?」


 こんなこともあろうかと、俺は常日頃から暴漢撃退用に様々なアイテムを用意してる。これはその中の1つだ。


「あぁ? 何言ってんだ?」


「――実は俺が今捨てた紙には女子の連絡先が記入してあるんだ」


「「「「俺のもんだぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!!」」」」


 ほら、全員が這いつくばった。さながらバレーのフライングレシーブだ。

 さて……自販機に行くか。当然ながら、あの紙には何も書いてないんだからな。


♦♦♦

 

「りっくん。ちょっとゲームセンター行かない?」


「いいけど、急にどうした?」


 めっちゃ袖くいくいしてくる、その姿はまるで子供がねえねえ行こうよぉと訴えてくる姿みたい。

 いや、いいって言ってんだから袖引っ張るのやめてもらっていいっすか?


「いやーなんか最近行ってなかったような気がして……そう考えたら行きたくならない?」


「確かにそういう時ってあるな。カラオケとか」


「うんうん、でも今はカラオケよりもゲームセンター! よーっしレッツゴー!」


「待て待て、とりあえず有彩に連絡してからだろ」


 ポケットからスマホを取り出した俺は有彩にメッセージを送る。

 

 ――ちょっとゲーセン行ってくるから帰るの遅れる。


 ――分かりました。それなら晩ご飯の材料の買い物も頼んでいいですか? 


 ――分かった。ちなみに陽菜も一緒だから。


 ――そうですか。今日は麻婆豆腐の予定だったんですけど、なぜか急に卵かけご飯とたくあんにメニューを変更したくなりました。


 ――突然質素になったな!?


「有彩なんて?」


「今日の晩御飯は麻婆豆腐改め、卵かけご飯とたくあんだそうだ」


「なんで!? あ……」


 陽菜がスマホを取り出して、何かをし始めた。どうやら陽菜にはなんで有彩が急にメニューを変更したかの心当たりがあるらしい。


「よしっ、行こっか」


「有彩の方は大丈夫か?」


「うん、とりあえずりっくんがUFOキャッチャーでぬいぐるみを取って帰るってこと約束したから」


「え? ……俺!? なんでそういうこと本人の承諾取らずに勝手に決めちゃうわけ!?」


「だってあたしへたくそだし」


「俺だってそんな上手くねえよ!!」


 でも卵かけご飯とたくあんと麻婆豆腐、どっちがいいかって聞かれたら育ち盛りの高校生的に確麻婆豆腐の方がいいに決まってる! 


 でもだからと言って、意気込みだけでぬいぐるみが取れるわけじゃないし……これ取れなかったらマジでTKGとTKANのコラボになんの!? 

 アーティスト感満載の表記にすればどんな料理もお洒落に見える説とか考え始めるぐらいには動揺した。


 ――数分後、学校からさして距離もない近くのゲーセンに辿り着いてしまった。


「で、どれ狙う? どれでもきついぞ」


「そこはカッコよくどれでも任せろって言って欲しいよ。ほら、どの子もりっくんに取って欲しそうな顔してるよ?」


「いやいやよく見ろ。どの筐体のブツも取れるもんなら取れってみろよ小僧って面だろあれ」


 比較的簡単に取れそうなものは……よし、あの猫のキャラのクッションにするか。初心者向けって書いてあるし。

 あまり上手くはないけど、こういうUFOキャッチャーで絶対にやってはいけないことは覚えがある。


「あれ? そこだと掴んで持ち上げられないよ? 操作間違えたの?」


「これでいいんだよ。いいか? UFOキャッチャーでは下手に掴んで持ち上げない方が少ない金で取れることが多い」


「そうなの? 持ち上げてるイメージしかないけど……」


 それが結構罠だったりする。

 大体のUFOキャッチャーのアームはそこまで強くない。つまりは物を持ち上げられても上にいった途端に衝撃で落ちるだろ? 落ちてバウンドして穴から余計に遠ざかるってことだってよくある。


 最悪の場合、近くまで持っていけていた物が穴から離れてそれまでにつぎ込んだ金が全て無駄になってしまう。

 それは絶対に避けないといけないことだ。


「だからいきなり持ち上げるよりはこうやって少しずつ場所をずらしていって、最後の最後で持ち上げてやった方が確実性が高いってわけだ」


 このUFOキャッチャーは穴の周りの囲いが無いし、持ち上げなくても最後までずらし続ければ取れるっていうのが初心者にも取りやすい要因なんだろうな。


「よくこんなこと知ってたね?」


「まぁ、よく遥とか和仁と来てたからな」


 ……おっし、取れた。1000円以内で取れたことを考えれば大成功と言ってもいい。


「やったね! これで今日の晩御飯は守られたよ!」


「けどこれで良かったのか? あいつ猫派だっけ?」


「写真撮って送ってみよっか」


 陽菜がスマホを構えて、俺と黒猫のクッションとの2ショット写真を撮り、有彩に送ってすぐに既読が付いた。


 ――これは麻婆豆腐。


「許されたみたいだね」


「どうでもいいけど、あいつのノリなんか俺たちに近くなってきてね?」


 なんだろう、ちょっと罪悪感。

 そんなこんなで陽菜が欲しいって言う物を取ったりして、大分時間が経ってしまった。


「そろそろ帰らないと。せっかく守り抜いた麻婆豆腐の権利が無駄になるぞ」


「それは困るね……あっ、最後! プリクラ撮って帰らない?」


 あー、プリクラねぇ。和仁曰く『お手軽顔面整形機』らしい。あいつに彼女が出来ないのはそういうの言っちゃうからじゃね? まぁ、俺も実はこの意見には賛同したんだけども。


 ちなみにプリクラを女子から見せられたあとに、で? 実写整形前の写真は? って聞くと袋叩きにされるらしいとは和仁談。あいつ言ったんだな。


「……いいけど」


「答えるまでの間が気になるけど、まあいいや!」


 気乗りしない体を無理矢理引きずられ、陽菜と共に筐体の中に入り込む。


「ふむ、なるほど。ここがリア充の聖地か」


「なに言ってるの?」


 いや、こいつ今までどれだけのカップルを目にしてきたんだろうかって考えたらちょっと涙がな? どれだけのイチャイチャをその目に焼き付けてきたのかって思ったらこいつちょっと働き者すぎん?


「とりあえず全部任せる。俺こういうの撮ったことないし。よく分からんから」


「りっくん撮ったことないの?」


「俺の周りはオールメンだぞ? ウィーアーオールメン」


「あー、そっか。……ってことはあたしがりっくんの初めて?」


「その言い方は大変誤解を招くし、聞いてる人間が聞いてたら俺が血祭られるから気を付けろ?」


 なんか陽菜がなおのことノリノリで鼻歌を歌いながら筐体を操作し始めたんだけど。なにが嬉しかったんだろうな? 


「ほらほらっ! 撮影が始まるよ! もっと近くに寄らないと!」


「おっ、おい!?」


 くっつかないといけないのは分かるけど、腕を組む必要性はあるか!? くそっ、腕の辺りから幸せな弾力と柔らかさが伝わってきやがる! プリクラ……侮れん!!


♦♦♦


「なんか買い物袋から長ネギが飛び出てると買い物したって感じがするよね」


「あーなんか分かる」


 プリクラで精神力をがりがりと削られたあと、買い物を終えて他愛もない会話をしながらマンションを目指して歩く。


「えへへー、いいの撮れたねー」


「そうなのか? まぁご満足いただけたようで」


 写真の盛れた盛れないは多分俺には永遠に理解出来ない文化だ。

 撮ったプリクラを見返しながら、陽菜はだらしなく頬を緩ませて時折俺の方をチラっと見てくる。

 視線の意味は全く分からない。


「……その写真は有彩に送らないのか?」


「んーっ……やだっ!」


 ふーん、てっきりりっくんと一緒に撮ったーとか言って送りそうなもんなのに。


「だから……このことはあたしとりっくんの秘密。ねっ?」


 たたっと俺の前に躍り出て、振り返りつつウィンクをして人差し指を口に当てる陽菜に、不覚にも俺は少し見惚れた。

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