第7話 急にやってくるぼーなすたいむ

「あー……マジで疲れた……」


 和仁たち暴徒との命がけの鬼ごっこをなんとか乗り切った日の夜。

 俺は疲れた体をシャワーで癒しながらくつろいでいた。


「そりゃ教室で陽菜とか竜胆とかと話さなきゃいい話なんだがなぁ……あいつらの思い通りにするのはなんか癪だし……」


 あぁいうことやってるから女子から敬遠されてるの理解してんのかな? 

 ……ん? 今脱衣所で何か物音がしたような……?


「誰かいるのか?」


「あたしだよ。りっくん、入るよー?」


「おー……え? はあ!?」


 今入るって言わなかったか!? どこに!? 洗濯機の中とか!? そんなわけなねえわ!!


「陽菜!! ちょっと待っ――」


 制止するも間に合わず、風呂場のドアがゆっくりと開いてしまった。

 

 開いた先にいたのは、バスタオルで自分の体を覆った陽菜。

 バスタオル越しに成長した陽菜の体が強調され、視覚的に非常によろしくない。

 小柄な癖してここまでの戦闘力を有した体になっているなんて!!


 ……こいつ、服の上からでも十分あると思ってたけど……着痩せするタイプでもあったのか……って冷静に観察してどうすんだよ!!


「なんで入ってくるんだよ!!」


「背中流してあげようと思って?」


「なんで疑問形!? いいから早く出ていけ!!」


 咄嗟に自分の体を隠すと同時に下を向いて陽菜を視界に入れないようにする。

 

 まずい!! これは非常にまずい!!

 中途半端に隠されてるせいで余計に想像してしまう!! なんなんだこの状況!! 神様なにか俺が悪いことしましたか!?


 まさか女の子と話すのが許せないとか和仁レベルの嫉妬でこんなことしてんじゃねえだろうな!? そうだったら許さねえからな!!


 あるいはラブコメの神が微笑んだのか!? でもこれ微笑んだってよりも大爆笑してね!? あぁ、もう落ち着け俺!!


「いいから、ほら背中洗ったげるって!」


「いいって言ってんだろ!? シャワーで俺の声聞こえなかったのか!? そんなわけないよな!?」


「積極的にって話、したよね?」


「アレは恋愛面に関してだろ!? なんでこの行動と結びつくんだよ!! こういうのは好きな奴にしてやるもんだろ!!」


「じゃあ何も問題ないね! これも予行演習みたいなものだから!!」


「問題しかないんだよ!! ビックリし過ぎて理性が弾け飛ぶかと思ったわ!! ……やめろ、にじり寄ってくるな!!」


 鏡越しに映る陽菜の姿を見るまでもなく、足音で近寄ってきたのが分かる!! 

 クッソ!! 神はどうして俺にこんな試練を!!


「……分かった!! どうせ何言っても聞かないんだろ!? だったらとっとと背中流してくれ!! そしたら俺が出ていくから!!」


 覚悟を決めて目を強く瞑る。


「りっくんの背中を流したあとはあたしの背中を流してもらうからね?」


「もう勘弁して!! なんなのお前!! さては付き合ったことがない俺の純粋な気持ちをもてあそんで楽しんでるんだな!? そうなんだろ!!」


「そんなんじゃないってば!! いいから、ジッとしてて!! ……うわっ!?」


 なんか俺の背中に人肌の温もりと暴力的なまでに柔らかい2つの弾力の感触が!?

 まさか陽菜のやつ足を滑らせて俺に抱き着いてきやがったのかありがとうございます!!


「ごごご、ごめん!! りっくん!! あたしやっぱり出るね!?」


 脱兎の如くとはよく言ったもので、陽菜は風呂場のドアを開けたまま見事に走り去っていって、自分がバスタオル姿なのに気が付いて顔を真っ赤にして戻ってきて服を回収していった。


 えー……? なんだったんだあいつ? というかついでにドア閉めていって欲しかったんだけどー……。

 

 ……ドッと疲れた、早く髪とか体洗って出よう。


 出る時に脱衣所に陽菜のものと思われるブラジャーが落ちていたが、見なかったことにしてスルーを決めた。


 ……本当は5秒ぐらいガン見してしまったけど。男だもの、仕方ないね。


♦♦♦


「……で、今度は一体なんだよ?」


 あれから1時間ぐらい経って、陽菜も竜胆も入浴を済ませてリビングでくつろいでいたが、陽菜が耳かきを握って俺に手招きし出した。


「りっくん、耳掃除やったげるからここに寝て?」


「ここって……いや、お前そこ太ももじゃねえか」


 ポンポンと陽菜は自分の太ももを叩いている。

 つまりは……膝枕して耳かきをすると……? 


 さっきのことを思い出して、思わず喉が鳴ってしまった。

 素足が出ている短パンで膝枕……? 絶対破壊力がやばい。


「いいよ、耳掃除ぐらい自分で出来るから」


「でも人にやってもらった方が確実でしょ? だからはい!」


「はいじゃなくてな?」


 俺の方がはい? って感じなんだけど……。


「……おい、なんで竜胆まで正座して太ももポンポンし出してんの!?」


「いえ、あの……し、小説の参考になれば、と」


「それを言われたら……一ファンとして協力しないわけにいかない……いや、やっぱおかしくね!?」


 思わず納得しかけてしまったけど、やっぱなんかおかしいよな!? 

 

「ほら、りっくん! どっちからにする?」


「理玖くん、どちらからでもいいんですよ?」


「グッ……」


 さて、ここで問題です。目の前には2人の美少女がいます。

 1人はクラスメイトで学校一の美少女と名高い綺麗系の半眼黒髪少女。

 2人目は小柄だがスタイルが良く男子から人気のある可愛い系の幼馴染。


 ――さぁ、あなたならどっちを選ぶ?


「……ちょっとじゃんけんしてもらっていいっすか?」


 2人揃ってため息を吐くな!! この状況でどっちから先にするかとか俺にはハードルが高過ぎるんだよ!!


「……まぁ、りっくんだしねー」


「はい、理玖くんですからね。それでは陽菜ちゃん、じゃーんけーん――……」



 ……じゃんけんの結果、陽菜からという結果になった。

 俺としてはどっちもやらないでくれると大変助かったんだが……。


「ほらりっくん、おいでおいでー?」


「……子供扱いすんなよ……はぁ、なんでこんなことに……」


 今更やめろって言ってやめるわけがないので、黙って右耳を上に向け、陽菜の太ももに頭を乗せ……いや待てめっちゃ柔らかい。


 しかもこの体勢だと陽菜のお腹側を見ることになって超いい匂いがする。


 ……あ、頭乗せる方向変えたらわざわざお腹見ることにならなかったじゃねえか。今更体勢を変えるなんて無理だけど……。


 さりげなく上を向いて見るとにこにことした陽菜の顔と薄いシャツのせいで主張された胸部の山が見える。


 ……マジでなんで俺こんなことしてんだろ?


「りっくん、どう? 痛くない?」


「あ、あぁ。大丈夫。お前慣れてるな」


「まぁあたしお姉ちゃんだからね、昔はよく凛と蘭をしてあげてたし」


 なるほど……柔らかいし、気持ちいいし、これは悪くないな……。


「うん、これでいいかな。りっくん普段からちゃんと掃除してるっぽいしそこまで汚れてなかったから」

 

 ちょっと気持ちよくてうとうとしかけていると、終わってしまった。 


「次は私ですね。理玖くん、どうぞ」


「お、おう」


 恐る恐る竜胆の太ももに頭を乗せて、左耳を上に向け……やっぱすげえ柔らかい。

 陽菜の柔らかさとはなんかベクトルが違う感じ……。


 というか2人とも風呂入ったあとだから余計にいい匂いするんだよ……。


 陽菜は温いミルクのような甘さがある安心する匂い。

 竜胆は清潔感があっていつまでも嗅いでいられるような優しい匂い。


「ど、どうですか? 人のをするのは理玖くんが初めてなので……上手く出来ていますか?」


「あぁ、今のところは大丈夫」


 陽菜と比べるとかなりぎこちないものの、しっかりと俺のことを気遣ってくれているような耳かきの動きで、竜胆の一生懸命さが伝わってくる。

 

 やっば……ちょっと眠くなってきた。


「ふぅ……終わりましたよ。理玖くん?」


「……悪い、ちょっと寝てた」


 体を起こすと温もりが離れていく感じがして、少し名残惜しいと思ってしまった。

 ……あんなに最初は否定してた癖にな。


 自分のちょろさに思わず笑うと、不思議そうにした陽菜と竜胆と目が合った。


「2人ともサンキュー、良かったぜ」


「本当!? やった!!」


「よかったです……またいつでも言ってくださいね」


「いやもういい……あ」


 そうか、誰かに耳かきをやってもらったのなんて俺の母さんが生きていた頃、小さい時にやってもらった以来だったんだ……。


 さっき感じた名残惜しさは多分、人肌恋しさによるもの。


 ――だったら、俺は……。


「りっくん?」


「理玖くん? どうかしたんですか?」


「その……また、頼むな?」


 俺の一言に2人の顔にパッと花が咲いたような笑顔が弾けた。


「……ところで、理玖くん。私と陽菜ちゃんのどっちが良かったですか?」


「あ! 確かにそれ気になる! どうなのりっくん!」


「それも答えないとダメなのか!?」


 2人の無言の圧力が強すぎて考えざるを得ない状況に……。


 えっと……陽菜の太ももはもちもちした柔らかさがあって、耳かきは上手かった。


 竜胆は少し張りがあって、程よい弾力があってぷにぷにした柔らかさだったし、耳かきも下手では無かった……よな?


 正直どっちも良かったとしか答えられないし、太ももの柔らかさの感じが違ったのも分かったけど、それを言い分ける言葉が見つからない……。


「……ノーコメントで」


 2人の無言の圧力に俺は寝室に逃げ込んだ。

 今日もなんだかドッと疲れた。


 ……あ、飯まだ食ってねえじゃん。


 夕食の時も無言の圧力をかけられたのは言うまでもない。

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