2話 昔話

 夕方、零士が宿屋に帰ってくると、先程まで閑散としていた食堂が賑わっていた。

 夕食の提供が始まったようだ。


「この繁盛ぶりは、凄いな……」


 零士がそう呟くと、食堂の奥から一人の少女が顔を出した。

 この宿の看板娘ちゃんだ。


「お客さま、おかえりなさい」

「ただいま。えーと──」

「イーリスですっ」


 零士が「そういえば、名前を聞いてなかったな……」と考えていると、その思考を読んだかのように、彼女は名前を告げた。


「零士だ」

「レイジさん、ですねっ! お客さまは、ご飯になさいますか? それとも、もう少し後になさいますか? あ、こちら、お部屋の鍵ですっ」


 その問いに少しだけ考えてから「いや、娘が帰ってからにするよ。ありがと」と、答えてから鍵を受け取って、二階に上がって行った。


 ☆★☆★☆


 零士が部屋の中に入ると、タイミングを図ったかのように、頭の上に蜘蛛──シャルルを乗せた猫姿の姫芽が窓から入ってきた。

 シャルルは〝ただいま戻りましたっ〟と言わんばかりに、右前脚をビシッと挙げている。


「二人とも、おかえり。もう下で食堂やってるけど、先にご飯食べる?」


 零士がそう問うと、二人は人間の姿に戻って「「ご飯っ!!」」と言うのであった。


 ☆★☆★☆


「あ、レイジさん! そちらの茶髪のお客様が娘さんですか?」

「……ああ、そうだ。ついでに、この金髪娘の宿泊代も払っておくよ」

「あ、はい! ありがとうございます! お席、御自由にどうぞ!」


 俺が追加の銀貨を渡すと、イーリスは満面の笑みで受け取って厨房と思われる場所に入っていった。

 ……いい匂いだ。

 懐かしいと感じるのは、やはり、ここが思い出の場所に似ているからだろうか?

 ……まぁ、いい。

 うちの娘達が腹を空かせた目で俺を見てくる。

 先ずは、ご飯だな。


 ええと、宿代に含まれているもの以外も頼むことが出来るのか。

 これは、イリーナの時代には無かったものだな。

 くいくい、と袖を引っ張られる。


「どうした? 姫芽」

「お話。転移者達の事」

「ああ、そうだな。それで、どんな感じだった?」

「うちは転移の初めから終わりまでずっと意識を保ったままだったにゃ。結論から言うと、転移者の殆どは洗脳されちゃったにゃ。それと、ステータスシステムとか言うシステムが組み込まれているにゃ」


 ステータスシステム……試験的に導入したものの、昔の俺では扱いが難しくて凍結破棄したシステムだが……そんなものが……それなら、蜘蛛という概念そのものが歪んでいてもおかしくはない……のか?


「転移者達には、それぞれ天賦とかいう役職が付けられてたにゃ」

「天賦? 天から授かった才能とかいう意味の方?」

「そうにゃ。それで、一人だけ気になる子が」

「ん?」

「転移直前に、うちの加護を授けた子にゃ。精神防御が掛かって、上手く洗脳出来なかったみたいにゃ。それで、問題なのが天賦にゃ」


 姫芽が深刻そうな顔をしてこう告げる。


「天賦、神殺し。神へと至らんとする至高の存在。……勿論、うちが出来る権限内で秘匿しておいたにゃ」

「また大層な名前を付けたなぁ、邪神の奴。自分を殺して欲しがっているようにしか見えないぞ」

「……あながち、それは間違ってないのかもしれないね」


 姫芽が真面目な口調で答える。

 ふむ。さっきから退屈そうにしている金髪幼女にも聞いてみるか。


「シャル、あのまま偵察を続けられそう?」

「いけるよー。もう分身を何体か向こうに置いてきたもん」

「何か変わった様子は?」

「……んー、今のところはないねー。みんな、洗脳されちゃってつまんない。あ、でも! ご主人と一緒に見つけた少年は、何やらこの世界の事について調べあげているみたいだよ? えーと、なになに~……人魔戦争史──」


 ☆★☆★☆


 ある村に、一人の少女が住んでいました。

 少女は、綺麗な碧眼と銀色の髪を持っており、村の中で一番美しい娘とされていました。

 ある日、彼女は森の中へ木の実を取りに出掛け、そこで倒れている男性を見つけました。

 その男の容姿はとても地味でしたが、彼女が住んでいる辺りでは珍しい、黒髪の持ち主でした。

 彼女は心配になり、その男を村に連れ帰りました。


 村では、彼女が男を連れ帰った事に絶望の叫びや暴飲暴食が──控えめに言って阿鼻叫喚の図でしたが、それでも彼女が看病し、快復した男に対して優しくする者が多くいました。


 彼女と男は、暫く同じ家に住みました。

 すると、何故か、その村は飢餓や寒冷に悩まされることなく、穏やかな日々を過ごせるようになったのです。


 そんなある日、王都から徴兵の報せと共に兵士がやって来ました。

 魔族が攻めてきた。

 これが、その兵士から放たれた最初の言葉でした。

 村は、若い男達を幾人か差し出しましたが、兵士はそれでも足りないと言います。

 彼はなんと、村一番の美しい娘を連れて行くと言ったのです。

 村の者達は激怒しましたが、何の力も持たない彼らでは太刀打ちする事が出来ませんでした。


 そんな中、彼女に助けられた男が突然、彼女を攫って村から出ていったのです。

 彼女と男が居なくなった村には、唖然とする村人と兵士、そして、複数枚の白い羽が残されていました。


 ☆★☆★☆


 おい、ちょっと待て。

 これ、何処かで聞いた話だぞ?


「ん? どうしたの、ご主人?」

「い、いや、何でもない。続けてくれ」

「はーい♪」


 ☆★☆★☆


 村を飛び出した彼らは、それから二人で世界中を旅しました。

 北や南、西や東へと旅をしているうちに、彼らは互いに惹かれるようになりました。

 二人は、辛くもあり、しかしそれでも幸せな日々を過ごしていました。


 ある日、二人が宿泊していた宿のある街が突然、戦火に巻き込まれました。

 当然、二人は逃げ出そうとしましたが、既に街は燃やされており、門は魔族に占領されていました。

 男は仕方なく、その白磁の様な翼を以て戦うことにしました。

 なんと、彼は神だったのです。

 男は魔族や人族達が見た事もないような、摩訶不思議な魔法を使って魔族達を蹂躙しましたが、一矢報いようと放ったれた魔族の魔法が偶然にも彼女の心臓を突き破ってしまいました。

 彼女は絶命してしまったかと思われましたが、咄嗟に動いた彼はその純白の翼で彼女を包み込み、自らがこの世に顕現し続ける力としている神力を注ぎ込み、彼女は何とか一命を取り留めました。

 自らの神力の殆どを彼女の生命力として注ぎ込んだ彼の存在は、段々と希薄になっていき、最後には一枚の羽を残して消えてしまいました。


 目を覚ました彼女が辺りを見渡すと、そこは先程まで自らが愛した男と泊まっていた宿でした。

 彼女は、彼の名前を呼びますが、それに答える者は誰もいません。

 その代わりに、彼女の枕元に置かれていた一枚の白い羽が光り輝き、それは紙となってしまいました。

 彼女がそれを手に取ると、紙面に文字が浮かび上がりました。

 そこには


『こんな形で別れてしまってごめん。前に話した通り、この世に顕現し続ける為には神力が必要なんだけど、それを全部君の生命力に変換しちゃった。でも、大丈夫。神は不変の存在。何時までも存在し続ける。またきっと、君に会いに行くから。それが、何年、何百、何千年になるかは分からない。もしかしたら、君は既に寿命で死んでいるかもしれない。それでも、僕はきっと、君に会いに行く。君が死んでいたら、君の子孫に会いに行く。だから──』


 ☆★☆★☆


「だから、悲しまないで。……出来れば、僕の事は忘れて、君の子孫の顔も見せて欲しいな……って、何でこれが残ってるんだよ!?」

「え? ご主人、この本を知ってるの?」

「知ってるも何も、この本の男ってのは俺の事だよ……俺の存在については全て抹消したはず……何故、こんなものが……」


 ……一つだけ、思い当たる節がある。


「……ッ! あれか! イリーナが『レ・イ・ジ・く・ん、には見せてあげなーい☆』って、やたらめったらウザイ顔で言ってきた時に持ってたあの日記帳か!? くっ、してやられたっ!」


 イリーナぁ、お前、死んだ後も俺を恥ずか死させるつもりなのか……っ!

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