最古のスキル使い―500年後の世界に降り立った元勇者―

瀬口恭介

第一章

死んでなかった!?

 魔王との最終決戦。

 不意を突いて剣技を放った勇者の剣は、魔王の心臓を貫き、身体を貫通した。

 衝撃と共にドス黒い血が飛び散る。これで本当に戦いは終わりだと思った。


 しかし、魔王もただでは死ななかった。最後の魔力を振り絞って勇者を石化させたのだ。

 二人には悔いがなかった。魔の王は最後に勇者と相打ちになったことを、勇気ある者は魔王を倒して死ぬことを誇りに思っていた。


 塵となって消える魔王を見届け、自らの死を待つ勇者。

 意識を手放し、誇りある死を受け入れる。


「ああでも、最期に勇者ハーレムを作りたかっ………………た」


 最後の最期にそんなことを考えるくらいには、彼の旅は孤独なものであった。

 彼の口からそんな言葉が出てきたのは、勇者が童貞だからか、それとも仲間を欲していたからか。それは誰にもわからない。


――――――――――そして、五百年の時が経った。


「ただいまです勇者様!」


 街のはずれ、郊外に建てられた小屋に住んでいる少女は帰宅時に石像となった勇者に挨拶をした。

 彼女はフォト。かつて魔王を倒したという勇者の伝説に憧れ、王都まで来た女剣士だ。


「おっとと」


 フォトは教会にて浄められた聖水を運んでいた。

 聖水は錬金術に使用したり、『呪い』を解いたりする時に使う。フォトの場合は処理に困っていた教会からお礼だと言われて押し付けられただけなのだが。


「ああっ! 聖水がっ!」


 悪魔のいたずらだろうか。フォトの足元には昨日まではなかった石があり、聖水の入った壺を持っていたフォトはその石に気づかずに躓いてしまった。

 壺を落とすまいとバランスを取ろうとするが、余計に体勢が崩れてしまう。

 無駄に余った聖水のほとんどは壺から零れ落ち、勇者の石像をびしょびしょに濡らした。


「ああああ!! 勇者様がああ!!!」


 大事な大事な勇者の石像が濡れてしまい、ショックを受けるフォト。しかし、聖水だから別にいいかとすぐに気を取り直した。


「あれぇ? ヒビが! ヒビが入ってるぅ!?」


 聖水を掛けただけなのに、勇者の石像にはヒビが入っていた。

 よく見ると濡れていたはずの表面がいつの間にか乾いているのだが、ヒビが入ったことによるショックでフォトは違和感に気づかなかった。


「…………ぅ」

「うぇっ、だ、誰?」


 どこからか聞こえてきたか細い声に反応する。

 フォトの家は人がめったに来ない田舎にあるので、人がいるのならちょっと周りを見れば見つけることができる。のだが、どこにも人影はない。亀すらいない。不思議だね。


「勇・者・復・活ッ!!!」


 ガラガラと体を覆っていた石を内側から弾き飛ばしながら、勇者は大声を出した。

 肩を回しながら体が動くかどうかを確認する。


「「えっ?」」


 フォトと勇者の目が合う。お互いに何が起こったのかわからないといった表情のまま、数分が経過した。


* * *


 バコーーーーーーーーーーーン!!!


 自分が生きていることに気づき、大声を出しながら体の表面に付いた薄い石を壊す。魔王め、雑に呪いを掛けやがったな。簡単に石化解けたぞ。

 石になっていたからか、体がだるい。肩も石になったかのように硬くなっている。まあ石になったんですけどね。ははは! つっまんな。


 そういえばなんか声が聞こえたなと思いながら顔を上げると、見知らぬ女の子がいた。

 黒髪の短いサイドテールに幼い顔立ち。髪を結うのに赤い紐を使っている。綺麗よりも可愛いという言葉の方が似合う、そんな女の子だ。……女の子? なんで?


「「えっ?」」


 誰? というかここどこよ。さっきまで魔界で魔王と戦ってたのに、いつの間にか人界に戻ってきている。

 今いる場所は畑や牧場が多い。遠くに街のようなものは見えるのでここは郊外だろう。

 どこの郊外だろうか。世界中を旅してきたが、初めて見る街だ。


「あ、あの……あなたは?」

「俺? 俺は……キールだけど」


 自分の名を名乗る。キール、名乗るのは久しぶりだ。皆が勇者と呼ぶのでずっと勇者として生きてきたからな。勇者の名前を知っている人は少ないんじゃないだろうか。


「そ、それは勇者様の名前ですよ!」

「え、俺の名前知ってるの? いやー照れちゃうなあ!!」

「は、はあ……」


 困惑する少女。なんだ、意外と俺の名前って知れ渡ってたりするの?

 ってことは、街に行けば勇者ハーレムを作れるかもしれないな。テンション上がってきた。


「えっと、勇者様の石像から同じ顔の人が出てきて、勇者様と同じ名前で……」

「あ、そうそう。それについて詳しく聞かせてよ。俺ってどのくらい石像だったの?」


 状況の整理をしているところ申し訳ないが、こっちも状況を整理したいのだ。


「えっと、私が買ったのは一年ほど前です」

「買った!? 売られてたの俺!?」


 俺が石化してから、誰かが運んで売っぱらったのか。

 くそっ、意識がなかったせいでそいつらの顔を覚えてないのが悔しい。やり返せないじゃん。


「はい、王都のオークションで売られていました。本物の勇者像には似ていませんでしたが、頑張ってお金を貯めて買ったんですよっ」

「似てないって、勇者本人だぞ俺…………」


 本物の勇者像ってそもそも何。もしかして俺をイメージして作ってくれたのかな? あの王様がそこまでするとは思えないけどなぁ。よし、王様にドヤ顔を見せに行こうか。


「本人……え?」

「えっ?」


 再び沈黙。


「ひぇぇぇ…………」


 女の子は目を白黒させながら俺の胸に倒れてきた。

 受け止めるが、自力で立つ気配はない。急にどうしたってんだ。


「うおっ! 女の子がこんなに近くに……いやそんなこと言ってる場合じゃないか。大丈夫かー? おーい? ダメだ、気を失ってる」


 仕方ない。おそらくこの女の子の家であろう目の前にある家に入り、女の子をベッドに寝かせる。

 服の乱れとか、直しておいた方がいいよな……でも触ってるときに起きたら死ぬしな……

 なんて思いながら恐る恐る服を直す。これで疑われることはないだろう。あとは、この女の子が起きるのを待つだけだ。

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