第5話 加速

「おい、ルイス! 大変だ!」


 調査を始めてから数日が経つも、事件にも調査にも一向に進展がなかった。そんなときである。ぬくぬくとベッドで寝息をたてていたルイスを高良が叩き起こす。


「……なんだよ、まだ登校には早いじゃないか……」

「寝てる場合じゃねえよ。また吸血事件が起きたらしい、しかも今度は同時に何人も被害にあったってよ」


 続いた高良の言葉にルイスの意識は一気に覚醒する。ベッドから飛び起きて、ベッドの横に立つ高良を見つめる。高良の目は真剣そのもの冗談には思えない。そもそもそんな笑えない冗談を言う性格ではないと、これまでの付き合いから知っている。ならば、事実なのだ。


「どういうことだ?」


 新たな吸血事件が起きた。しかも一日で被害者は複数人に及び、中には同じ学校の学生が何人も含まれていた。校舎のどこもかしも吸血事件の話で持ち切りだった。校内の空気は以前にも増して最悪だ。ルイスが通るだけでひそひそと、学生たちが何ごとかを囁き合う。険しい顔のままルイスは口を噤む。ロッカーを開けて授業の準備をしていく。

 ガンッ!

 ロッカーの戸が勢いよく閉められた。目の前に立つのはウェーブがかった長めの茶髪の長身痩躯の青年。

 以前、ワンと話をしていたダニエルという上級生だ。学年が違う、ワンの知り合いという接点以外には共通点もない。

 ではなぜ?という疑問もダニエルのルイスを見つめる表情から、容易に想像がついた。


「何か用か」


 素知らぬ振りで問いかける。ダニエルの眉間の皺が一層に深まる。


「最近、ワンとよく出掛けているようだな。ルイス・グリフィス」

「それが君と何か関係あるのか?」


 ダンッ!

 ダニエルの拳がロッカーを叩く。目にははっきりと敵意が浮かぶ。突然の不穏な音に周囲の学生の注意を引いた。さっと波が引くように二人の周りには円が出来る。


「彼女に近づくな、吸血鬼」

「僕は吸血鬼じゃない」

「どうだかな。今の吸血事件もどうせお前の一族がやっているんだろ?」


 瞬間、ルイスの視界が真っ赤に染まった。衝動に任せてダニエルの襟を掴んだ。掴んだ手が怒りで震えている。


「ふざけるな……! 僕はともかく一族への侮辱は許さない……! 僕たちの一族が吸血鬼だったことなんて一度もない!」

「ふざけるなは俺の台詞だ。いいか、彼女に近づくな。ルイス・グリフィス」


 お互いに引かずに睨みあう。ぎりと噛みしめた奥歯が軋む。


「おい! 何をしてるんだ! ルイス!」

「ダニエル!? 何してるの!」


 騒ぎを聞きつけたのか、人をかき分け高良とワンが姿を見せる。悲鳴の混じったワンの声にダニエルの視線が外れる。それにより、襟を掴んだルイスも震え続ける手を離した。


「吸血鬼に血をとられないことをせいぜい祈っておくんだな……」


 ダニエルはワンの元へ一直線に向かって行った。その様子を冷え切った目で見送り、ルイスは高良を振り返る。心配そうに高良はルイスを見ていた。


「何をしてんだよ、ルイス。今、騒ぎを起こすのは賢くないぞ」

「……わかってる。突然、アイツが絡んできたんだ……」

「らしくねえな……、だから事件を解決しようとしてるんだろ?」

「ああ、そうだよな……もう大丈夫だ。行こう、高良。授業に遅れる」


 始業を告げるチャイムが鳴り始める。いまだに何かを話しあっているダニエルとワンを一瞬だけ視線を移してすぐに逸らすと、ルイスは教室へと歩き出した。


(僕の先祖は吸血鬼なんかじゃない……絶対に違う、違う……)


 ★


「あのね、今度の被害者たちはまだ意識が戻らない人が多くてみんなが入院したままなんだって」


 放課後、いつものカフェで待ち合わせをしていたワンが深刻そうに眉を下げて告げる。その首元にはまだ、白い包帯が巻かれたままだ。

 初めの被害者として定期的な検査を受けているワンが担当医から聞いた話だ。被害者はときおり意識を取り戻すもどの問いかけにも一言だけ返すとまたすぐに意識を失くしてしまうらしい。そしてその言葉というのが


『何も覚えてない』


「……やっぱり全員の首に二つ穴があったのか?」

「そう、だから吸血事件と同じ犯人だと警察は断定したらしい、ってあくまで伝聞なんだけど」


 情報の不確かさに不安を隠さずワンは言う。


「その、もし君が良ければだけど、首の包帯の下を見せてくれないかな」

「えっ」


 言いにくそうなルイスの言葉にワンは思わず首の包帯に触れる。庇うような仕草にルイスの胸には一気に罪悪感が沸く。恐らくは事件の後に幾度とされてきた問いかけてあろうとは理解している。

 それでもルイスは被害者にあるという“吸血鬼の噛んだ跡”をどうしても確認しておきたかった。しばらく目を泳がせ、ワンが包帯を外していく。細いワンの首元には確かに牙で噛まれたような穴が二つ、ぽっかりと開いていた。テーブルから身を乗り出して、真剣そのものでルイスはその傷跡を見つめる。

 ごぷり、穴から真っ赤な玉が溢れる。玉は見る見る大きく膨らみ、ワンが慌ててガーゼを押し当てて包帯を巻きなおした。白かった包帯には赤が滲みだしている。


「い、今の」


 目を瞠るルイスに眉を下げたままワンは微笑みを形作る。


「あのね、傷が治らないの」

「え、でも、もう一週間も経っているのだろ?」

「うん。ずっとこう。事件からずっと血が流れて止まらない……多分、他の人もそうよ」


 もしかしたら本当に吸血鬼だったのかも、と苦しげに笑うワンに、ごく、飲み込んだ唾の音がやけに大きく聞こえた。浮かんでしまったあり得ない想像をルイスは冷や汗をかきながら(まさか、そんなはずがない)と必死に打ち消したのだった。


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