第2話 ワン

 それぞれの授業を終えて二人は合流した。迷いなく人でごった返す廊下を進むルイスの背中を追い、高良たからはため息を溢す。


「おおい、本気で行く気なのか」


 太い眉を下げて高良は気が進まないと、背中に問いかける。


「当たり前だ。彼女の話を聞くのは絶対に必要だ」


 事件の解決を宣言したルイスが向かうのは吸血事件の被害者である学生の元だ。運のいいことに事件発覚後、入院していた被害者は今日から再び通い始めたらしい。そんなわけで二人はワン・ジーファに話を聞きにやって来ていた。

 背が高く人込みからも頭一つ分だけ飛び出た高良の視界にはすでに目的の人物を見つけていた。視線の先にクラスメイトであろう男子学生と会話に興じる少女がいる。その首には痛々しい真白の包帯が巻かれており、周囲の学生も好奇の目を隠さない。


「ね、どうしようかな」

「悩むなら辞めたらいいじゃない」

「でも、本当に傷があるのか気になる。アンタはならないの?」

「さあねえ、だってワンって前から首にチョーカーを着けていたじゃない。あの包帯もファッションでしょ」

「あんな事件に巻き込まれてといて、そんな紛らわしいことするわけないっしょ」

「どうかな……ほら、ダニエルが心配してる、あの子ならそれくらいするわよ」


 人込みの中でひそひそと囁かれた会話がやけに耳に残った。会話はルイスの耳にも入っていて、黙ったまま眉をひそめた。

 ワンは可愛らしい少女だった。艶々としたまっすぐな黒髪にエキゾチックな黒い瞳、近い出身で見慣れた高良であっても可愛いのだろうと判ずる程度には整った容貌をしている。加えて名前の示す通りに留学生であり、なるほど、ならばなおさら反感というものを買いやすいのかもしれなかった。


「本当に大丈夫なのか?」

「うん、心配してくれてありがとう。ダニエル」

「ならいいけどさ、あんまり無理はするなよ……病み上がりだろ」

「救けが必要なときは言うわ」


 ワンと会話を続けるのはウェーブがかった長めの茶髪の長身痩躯の青年だ。目の下には隈が刻まれ不健康そうであるものの彼もまた整った顔立ちをしている。

 ダニエルは心配そうにワンを見つめ、その言葉を信じたのか名残惜しそうに立ち去っていく。


「ワン! ちょっといい?」


 一人になったところをチャンスだとルイスはワンへと声をかけた。途端に周囲の話し声がさざ波の様に消えていく。何人もの視線がルイスへと注がれた。そんな中、初めに動いたのはワンだった。


「こんにちは、一年生のルイス・グリフィスだよね。私に何か用かな」

「あ、あぁ……こんにちは、ワン。場所を変えたいんだけど、今から時間あるかな」


 ワンはルイスの言葉にぱちくりと瞬きをして桜色の唇に笑みを形作り、頷いた。伝説の名残はいつまでもグリフィスの家に付きまとう。


 場所は変わり、学校近くのカフェテリア。三人以外にも客が疎らに各々の時間を過ごしている。三人は窓際のボックス席にルイス、高良は隣に座り、二人に向かいあうようにワンが座った。


「それじゃあ君たちは自分たちで吸血事件を解決するってわけ?」

「そうだ、だから君が襲われたときのことを教えて欲しい」

「と、言われてもねえ……あの時の話はもう何度も警察にしているのよ」


 ルイスに事情を聞き、ワンはほんの少しだけ顔をしかめた。


「君がもう何度も同じ話をしているっていうのは想像がつくよ。でも僕はこの事件を終わらせたい、どうか協力してくれ」

「それは君がルイス・グリフィスだから?」

「それもあるさ。でもいい加減に馬鹿らしいと思ってね、いつまでもありもしない幻想に街全体が踊らされるのはさ。吸血鬼なんていないのに、今回の事件だって人に決まっている」

「リアリストなのね、そっちの彼は?」


 口元を手で押さえ控え目に笑うワンが視線だけを高良へと移す。真っ黒の目に自分が写り込むのが見て取れ、高良はそっぽを向いた。


「高良はルームメイトで、協力してくれるんだ」

「俺はそんなこと、一言も言っちゃいないんだがな」

「え、協力してくれるよな?」

「まあ、頼まれたらするけど」


 そんな二人の会話にまた片を揺らしながらワンはルイスへと視線を戻す。


「事件の調査を私にも手伝わせてくれない?」

「え、でも」

「駄目なの?」

「いや、それはもちろん、人手が増えるのは歓迎するけどさ。でも場合によっては犯人と顔を合わせるかもしれないし、危険だ。……あまり推奨は出来ない」


 突然の申し出にルイスは面食らう。女子であるということを差し引いてもワンは被害者だ。一般に被害者と加害者の面会にはかなりの問題があるだろう。ルイスがしようとしているのは加害者を突き止めるということであるのだから、当然ながら遭遇する可能性があるのだ。


「そんなことは分かってる。それともなあに? 事件の話を聞きたくはないってわけ?」

「交換条件、か……目的を聞いても?」

「だって私は当事者よ。警察は守るとか云々を言って、聞くだけ聞いてあとは何も教えてくれないんだもん。自分の巻き込まれた事件について知りたいと思うのって、そんなにおかしい?」


 唇を尖らせるワン。大人しそうな見た目に反し、ワンは非常にアクティブな人物であるらしい。そんなワンの様子に瞬きを繰り返し、ごほんとルイスは大きく咳払いをした。真実を知りたいという気持ちはルイスにもよくわかった。


「悪くない。悪いわけがない。じゃあ君も今から僕らの仲間だ。三人でグリフィス遊撃隊だぞ! よろしくな!」

「……だっせえなあ」

「ふ、ふふっ、なあにそれ! 変なの!」


 気を取り直したルイスの発言に当の仲間たち、普段からルイスの珍妙な発言に慣れている高良も流石に呆れかえりため息を溢し、新たな仲間であるワンはさもおかしそうに噴き出した。

 笑い過ぎてテーブルに突っ伏しだしたワンを困惑交じりにルイスは見下ろす。助けを求めて隣の高良へと視線を移すも、そっぽを向かれるばかりだった。


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