第35話 あのサンタのおじいさんの肩に乗ってきたのよ?今日はお休みなんですって

 ぼくはみんなをインターラーケンにおいて、ひとりグリンデルワルトに向かって電車に乗った。出発のときには駅までみんなで見送りに出てくれた。

 グリンデルワルトからバスに乗る。バスを降りれば徒歩で氷河まで行ける。今日の目的は氷河の撮影だ。といっても、氷河は年々後退している。温暖化のせいだ。美しいスイスの景色はこれまでいくらでも紹介されてきた。ぼくの狙いは、温暖化の影響を見ることができる場所としての氷河を紹介することだ。氷河というのは、地球の体温計みたいな役割をもっている。溶けてゆく氷河はみすぼらしく見えるけど、それが今の地球の現実だ。

 そんな意気込みでぼくは電車に乗りこんだんだけど、ほかのみんなは船に乗って別の町へ観光に行くらしい。インターラーケンと湖の反対側のほとりにある町で、鳩時計とかオルゴールとかの木彫りで有名な町なんだとか。木彫りしているところを見学することもできるらしくて、子供はきっとよろこぶだろう。ひと通り見たら、鉄道に乗るのも面白いらしい。世界一の急勾配をゆく蒸気機関車だ。女の子でも汽車に興味をもつんだろうか。帰ったら感想をきいてみよう。

 バスを降りたら、重いカメラバッグに三脚もかついで歩く。気温は低いのに汗をかく。汗は体温を奪うから、汗をかかないように着るものを調節して歩かなければならないんだけど、なかなかそうはいかない。汗を拭きながら歩いて氷河を目指す。三十分くらいの歩きで到着したからたいしたことはない。

 場所を移動しながら撮影する。この時期、もう雪が降ってもおかしくないらしいけど、まだ降っていないのか、氷河に雪がのっているということはなかった。できるだけみすぼらしく見えるように撮る。近年急速に氷河が後退したとわかるような跡がのこっていたりする。氷河が解けた水が集まってできた川も流れている。

 昼食にはサンドウィッチを買ってもってきた。きっとこれだけでは腹が減るから、帰りになにか食べてからインタラーケンにもどるつもりだ。

 日が沈むのが早い。山に囲まれているから余計だ。残照の空と氷河を撮って撮影を終える。

 徒歩、バス、電車と、来たとおりにもどる。もう真っ暗だ。


 インターラーケンについて駅を出ようとしたら、不思議な光景に出くわした。おじいさんがふたりの小さい女の子を両肩にひとりづつのせて、ぼくの前に立ったのだ。

 女の子は、カナとイチゴちゃん。おじいさんは、ぼくが独立する一年前にはじめてスイスのゴルナーグラートというところにきてマッターホルンの撮影をしたとき出会ったおじいさんだ。そのときメールアドレスを交換して、たまにメールのやりとりをするようになった。ぼくがスイスにくるたび都合をつけて会いにきてくれる。今回、家族を紹介しようと思って、インターラーケンで会う約束をしていたんだけど、まだ約束の時間には早いはずだし、なぜカナとイチゴちゃんを連れているのかもわからない。

「カズキ、おかえりなさい」

 カナとイチゴちゃんがおじいさんの肩から降りてぼくにかけよってきた。おいおい、ぼくには二人いっぺんに肩に載せるなんて芸当はできないぞ。カナを前に抱っこ、イチゴちゃんが背中によじ登った。

「祥子と、沙希さんは?佐々木さんは?なんでこのおじいさんと一緒だったの?」

 カナの顔を見て、首をひねってイチゴちゃんの顔を見る。まったく無邪気な笑顔をしている。おじいさんも笑顔でぼくたちを見守っている。

「カナ!」

 するどい女の声が響く。祥子だ。祥子がぼくにすがりついて、カナを引き取る。カナは駅の床に立ち、祥子は膝をついてすわりこんだ。

「イチゴちゃん」

 イチゴちゃんも背中からおりて祥子に抱き寄せられる。ぼくはなにがどうなっているのかわからず、カオスな状況の前に立ち尽くした。

「カズキ、沙希ちゃんに電話して。イチゴちゃん見つかったって」

「え?うん」

 状況が呑み込めなかったけど、イチゴちゃんを探しているということか。ケータイを出してスカイプで音声電話をかける。

「あ、沙希さん。東駅にイチゴちゃんとカナいます。探してるんでしょう?」

『すぐ行く』

 旦那さんの佐々木さんにも電話した方がいいと思って、またかける。

「イチゴちゃんとカナ見つかりました。東駅、今朝見送ってもらった。そこにみんなでいます」

『よかったぁ。外国で迷子とか、心臓がとまる思いでしたよ。すみません、すこし休んでからそっち向かいます』

 安心して力が抜けてしまったらしい。それにずっと駆けつづけて探していたのだろう息もあがっていた。

 それにしても、なんで迷子なんかになったんだ。いつも手をつないだりして勝手にどっか行けないようにしていたのに。祥子はカナとイチゴちゃんを抱きしめている

「なんでこんなところに来ちゃったの?」

「あのサンタのおじいさんの肩に乗ってきたのよ?今日はお休みなんですって」

 小さな手でおじいさんを指さす。お休みだからサンタの衣装は着ていない。体形と髭がサンタっぽいだけなんだけど。

「うそおっしゃい。あなた外国語できないでしょ」

 カナとイチゴちゃんから体を離して目を見つめる。ふたりは祥子の言っていることがわからずに顔を見合わせる。祥子は知らないのだ。

「祥子、この人はぼくの知り合いなんだ。日本に住んでたことがあって、日本語まだかなり話せるんだよ」

「そ、そうなの」

「はじめまして」

「今回みんなを紹介しようと思ったんだけど」

 みんながおじいさんを見つめる。サンタの顔したおじいさんが注目されてにっこり、目尻を下げる。

「カズコ!」

 沙希さんも到着した。倒れこむようにしてイチゴちゃんを抱きしめた。

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