第26話 カズキどうしたの?お父さん殴っちゃった?――わたしの作風にはあわないけどね

 ぼくは祥子の実家にとってかえした。ずかずかとあがりこんで、いまさっき出てきたばかりの和室に突撃した。祥子のお父さんが、寂しそうにお茶をすすっていた。頭をあげる。

「なんだ。まだなにか用か」

「あの、さっきはすみませんでした。祥子が生まれてくれたことに感謝してます。祥子を育ててくれてありがとうございます。ご両親に育てられたから今の祥子があるので、祥子はぼくにピッタリの女性なので、ありがとうございます。ふたりで幸せになります。きっと幸せのおすそわけします。みんなで幸せになりましょう」

 ぼくはなに言ってるのか自分でもわからなくなって、言葉が空まわりして、でも、胸には伝えたいことがいっぱいある気がした。

「ああ、わかった。わかったから、もう行け。祥子が待ってるだろ」

 ぼくは頭をさげて、また猛然と祥子のところにもどった。

「カズキどうしたの?お父さん殴っちゃった?」

「感謝を述べてきた。あと、みんなで幸せになりましょうって言った」

「なにそれ。ほっといたって、幸せになっちゃうに決まってるのに」

「だから、予告だよ。心の準備が必要だろ?」

「そうかな」

「そうさ、準備ができてないと、十分幸せを堪能できないじゃないか」

「そうか。じゃあ、よくやった」

 祥子はぼくの頭をなでた。うん、自分でもよくやったと思った。

「祥子をお願いしますね」

「まかせてください。祥子はぼくなんかいなくても、しっかりしてるので大丈夫です」

「今日はすごいね。絶好調だ。名言がいっぱい飛び出してるよ」

「そう?小説になっちゃうくらい?」

「うん。まあ、わたしの作風にはあわないけどね」

「ダメじゃん」

「ダメだね。でもいいんだよ。わたしの小説におさまるようなカズキじゃないんだから」

「祥子のお母さん、出てきてくれてありがとうございます。祥子のお父さんにぼくの気持ちを伝えられました。祥子を生んで、育ててくれてありがとうございます。祥子はぼくにとって、最高の女性です。お母さんも一緒に幸せになりましょう」

「はい。もっと幸せになっちゃうなんて、楽しみだわ?」

「わたしには?」

「ミカンちゃん、ぼくもミカンちゃんと呼びます」

「なにそれ。うれしくない」


 ぼくたちは、祥子のお母さん、ミカンちゃんとわかれて駅に向かって歩き出した。

「祥子、小説好きじゃないとかいってたのに、なんで両親とケンカしてまで小説家になろうって思ったの?」

「だってー、楽じゃない?小説書く方が。会社勤めって、出勤して、もしかしたらスーツかなんか着て、お客さんに頭下げて、上司に命令されて、お局様に嫌味言われて、同期と張り合って、毎日残業して、セクハラだってあるかもしれないでしょう?そのくせ安月給。絶対無理だと思った」

「まー、たしかにね。ぼくの職場は特別だったから、普通の会社がどんなところか知らないけど」

「それに、家を飛び出したなんて大げさに言っちゃったけど、はじめから実家暮らしじゃなかったんだよ?学生時代からアパートに一人暮らししてた。ケンカになったから帰省しなくなったけど、学生の間だって、年末年始に何泊かするだけだったんだよ?」

「そうなんだ。ドラマみたいなシーンを思い描いてたよ」

 祥子にとっては、あまりたいしたことではないのか。ちょっと両親が哀れに思える。

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