第24話 ミカンが大好きなんだね――別に。仕事はなにをされてるんですか?――お父さんは警察だよ。
「ミカン、カズキを口説かないでよね」
「お姉ちゃん」
祥子がもどってきた。
「ちがうよ、わたしが口説かれてたんだよ」
「カズキがそんなことするわけないでしょ」
「信頼してるんだ」
「もちろん。カズキのヘタレ具合には信頼をおいてる」
「ヒドイ」
祥子が妹の逆側のぼくのとなりにすわる。腕をからめる。
「あ、エロい。お姉ちゃん腕におっぱい押し当ててる」
「フィアンセだからいいの」
「フィアンセって最高だね」
「そうでしょ?」
「じゃあ、フィアンセのいもうとー」
妹まで腕をからめてきた。
「なんで逃げるのよー」
「いや、だって。腕が。祥子、腕が折れるから」
祥子がぼくの腕を締める力が強くなって、骨がきしむ。
「もう、冗談なのに」
「当り前です」
妹が腕を離して、やっと祥子の力もゆるんだ。祥子はやきもち焼なのかもしれない。気をつけなければ。
「今日はにぎやかだな」
祥子のお父さんが登場だ。やせ形で、頬なんてこけている。目つきがするどい。正直おっかないと思った。
ぼくは座布団をよけて畳に額をこすりつけてあいさつした。
「まあまあ、話はあとあと。ご飯を食べましょう」
そういうものだろうか。ぼくはぜんぜんわからないんだけど、一緒にはいってきた祥子のお母さんにいわれるまま、祥子の家族にまじって食事をご馳走になる。結婚の話は食事のあとなのかな。消化に悪そうだけど。なにか場をなごませる話題はないものか。
「あの、ミカンちゃんっていうのは、果物のミカンの字を書くの?」
「ちがう。わたしはミカ」
「あれ?さっき祥子がミカンって」
祥子を見る。
「自分の名前もいわずにお客さんとオシャベリしてたの?カズキ、この子はミカなんだけど、子供のころミカンをひとりであんまりたくさん食べちゃうから、わたしがもうミカンて名前にしなさいって言って、以来ミカンと呼ぶようになったの」
「ミカンが大好きなんだね」
「別に」
「ああ、子供のころ一瞬ハマっただけなんだ」
「わかるの?」
「うん。親戚の家でお茶がおいしくておかわりしたら、お茶が好きなんて珍しいっていわれて、それ以来そのうち行くと苦しくなるほどお茶を飲まされちゃうんだ。もう十年以上かな」
「困ったものね」
お前の気持ちはわかるといった顔でうなづかれた。場は、なんごんでいるのはミカンちゃんとぼくだけだった。そうだ、料理の話。
「祥子はなにを手伝ったの?」
「わたし料理得意じゃないし、ほとんど用意できてたから、皿だしたりよそったりしただけだよ」
「あ、そう」
失敗したよね、これ。そういえば、祥子がつくった料理って食べたことないや。
「あの、祥子のお父さんは仕事はなにをされてるんですか?」
お父さんの眉がぴくっと動いた。
「お父さんは警察だよ」
「そうなんですね。お父さんが警察だと家の安全は守られてるようなものだから、安心だよね」
「お父さんほとんど家にいなかったから」
「え。ああ、それもそうか。忙しいお仕事ですもんね」
もう、ぼくはどうしたらいいんだ。
「でも、あれだよね。小説家をやってるってことは、ご両親の心が広いっていうか。もっと安定した仕事をしろとか言って反対されそうだけど。理解のある両親でよかったよね」
「小説家になるって言って反対されて、家を飛び出しちゃったの、わたし」
「え。そうなの?」
祥子が申し訳なさそうな顔をしている。ぜんぜんそんなこといってなかったじゃないかよー。
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