第12話
リーシャの家へと向かう。扉をノックすると、驚いたような様子で出てきた。
「ジョン、どうしたの?」
「……リーシャ、麻薬の治療に関しての知識はあるか?」
俺が問いかけると、彼女はちらと俺が抱えているロバートを見た。
今は気を失って、落ち着いている。
「え、ええ……まあ。……その子がまさか?」
「ああ。この子は俺が仕事をしている孤児院の子どもでな。もらったポーションを飲んでから、幻覚症状がある」
「そんなものが配られているのね……」
察しの良いリーシャに頷いて、部屋の中へと入れてもらう。
それから俺は、ロバートからもらったポーションを彼女に渡した。
瓶の蓋を開けたリーシャが、臭いをかいだ。彼女の耳先がぴくりと揺れ、それから厳しい視線を向けた。
「……これ、普通のポーションじゃないわね」
一瞬でリーシャは気づいた。
さすがエルフだな。
「おそらくは麻薬だな」
「……よくあなたもわかったわね」
「俺の故郷だとそういった情報を小さい頃から叩き込まれるんでな」
俺が言うとリーシャは何度か頷いた。
「ただ、そのポーションをどこで手に入れたのかなどについては詳しく知らないが……まずこの子を治せるかどうか確認したい」
「ちょっとまって」
リーシャはポーションから液体を一振り、手のひらに出した。
彼女はそれを口元に運ぶ。
エルフが薬師として有名なのは、何よりその体質だ。
毒や麻薬といったものに完全な耐性を持っていて、自分の体で確かめられる。
「……微量に入っているだけだわ。使用したのは一回だけ、よね?」
「恐らくは」
「なら、後遺症も残さず治療できる薬があるわ。任せなさい」
リーシャがそういって、すぐにポーションの製作へとあたってくれた。
俺はほっと一息をつきながら、その様子を見守った。
○
ロバートに薬を投与すると、表情がいくらか和らいだ。
急な仕事にも関わらず、文句一つつけずに引き受けてくれたリーシャに、改めてお礼を伝える。
「ありがとな、リーシャ。助かった」
「気にしなくていいわよ、このくらい」
にっと笑って席に座ったリーシャに、俺はこれまで聞かずにいたことを訊ねた。
「……それで、治療にはいくらかかるんだ?」
麻薬の治療に使われる薬草は、効果なものが多い。
……結構な値段になるだろう。俺が払えるような金額だろうか。
「いいわよ、別に。気にしないで」
「……そういうわけにはいかない。タダで仕事をさせたくない」
「……」
仕事をする以上、対価を支払うのは当然だ。
そうやって俺も生活している。もちろん、多少の融通を利かせることはあるが、今回のは結構な金額が動くことになる。
「おおよそ十万マニーになるわ」
……じゅ、十万、か。
俺が日々貯金しているが、それでもまだ五万マニーほどしかない。
「……し、支払いは少し待ってくれないか? 必ず払う」
俺が言うと、リーシャは少し厳しい目を向けてきた。
「それこそ、孤児院に要求すべきことじゃないの?」
……それも、そうではあるが。
ロバートは孤児院の子だ。俺がそこまで面倒を見る義理はない。
……俺のミス、というわけでもないんだからな。
「……わかっている。だが、孤児院に支払うような余裕はないんだ」
「ええ、わかっているわ。けど、先程のジョンの言い方を利用するなら、私は無関係のあなたに支払ってもらいたくないのよ。もちろん、あなたが勝手にやったっていうのもなしよ。それなら、この子も勝手に麻薬入りポーションを飲んだってことになるのだからね」
「……」
確かに、そう言われたらそうだ。
意地悪な言い回しだ。
俺が返答に困っていると、リーシャは口元へと手をあてる。
「だ、だから……妥協案を提案するわ」
リーシャは頬を染め、こちらをじっと見てきた。
「……なんだ?」
「今回の件に関して、お金の要求はしないわ。ただし、軽く仕事をお願いしてもいいかしら?」
「それが、支払いの代わり、ということか?」
「ええ、そうよ」
……確かにそれが一番、良い落としどころかもしれない。
このまま孤児院に請求が行くのも困る。
「わかった。それでどのような仕事だ?」
十万マニーが動くような仕事だ。
俺は覚悟して、聞いた。
「……朝、起こしてくれないかしら?」
「なんだと?」
何かの隠語だろうか?
麻薬のことを葉っぱというが、朝起こしてくれというのも何かの意味があるのだろうか?
俺が真剣に考えていると、彼女は顔を真っ赤にして声をあげた。
「わ、私朝弱いのよ……だから、その起こしてくれないかしら?」
「……それが、仕事なのか?」
「ええ、そうよ。あなたは今、それが本当に十万マニーの価値があるのか、そこに疑問を抱いているのよね?」
「……そうだな。さすがに、それだけで十万マニー分の働きをしているとは思えない」
「仕事の価値を決めるのは、依頼者よ。どれだけ簡単だと思われる仕事でも……その人によって価値は違うわ。私にとって、この仕事はそれだけの価値があるものなのよ」
リーシャの言うことはもっともだ。
俺も別にそれでチャラにしてくれるというのなら、引き受けない理由もない。
俺はしばらく考えたあとに頷いた。
「わかった。具体的な話に入ってもいいか?」
「ええ、いいわよ」
「まず朝起こすということになるが、俺はこの家に入る手段がない。鍵をくれるのか?」
「鍵も用意するわ。けど、朝移動してくるのも大変でしょう」
「大丈夫だ。朝は毎日早く起きて走り込みとスキル訓練を行っている。何時に来いと言われてもすぐに起こせる」
「いえ、大変だわ」
「大変じゃない、大丈夫だ」
「大変なの!」
何という迫力だ。
俺は押し切られるままに、こくりと頷くしかなかった。
「……大変だ」
無理やり言わされている。俺がじろっと見たが、リーシャは満足げに頷くばかりだった。
「ええ、大変ね。だから、あなたにはこの家に住んでもらうわ」
「なに!? それは……俺にとって都合が良くないか?」
「つ、つつつ都合がいい? ど、どういうことかしら」
リーシャは耳まで真っ赤にした。
俺の想像していた反応と違う。
「宿代を払わなくて住むんだ。……むしろ、金を払って頼むほうではないか?」
「……使用人のようなものだわ。私はあなたを、使用人として雇うようなもの。ただ、使用人のようにすべてを拘束するつもりはないの。そうね。朝起こしてもらうことと、掃除くらいはお願いしたいわ。拘束はあくまで、そのくらい。それが終われば、いつものように冒険者見習いの仕事をしてくれて構わないわ」
「……本当にそんな好条件でいいのか?」
「ええ。それに、私としても信頼できる男性を部屋においておきたいの。今朝みたいなこともないとも限らないしね」
……なるほどな。
色々な問題が重なって、そのような状況が出来上がったようだ。
俺はほっと胸をなでおろしながら、それを受け入れた。
「契約、成立でいいのかしら?」
「ああ……それで頼む」
「わ、わかったわ。……それじゃあよろしくね」
頬をわずかに染めながらそういったリーシャに俺は頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます