神様は心を抉りました!

「今何つった、このクソアマ。」


 ひり付く視線を受けた私。けれど何故か溢れる自信がこの身を突き動かします。

 それは推察した人物像が図星を突いた事を確認したから。

 明らかに変わった口調。けれど凄む割には腰の引けた感が拭えぬそ魔王さんは即ち——、例えばだと言う事です。


 視線を僅かに逸らせば、ビアスさんすらもちょっとビックリな感じで目を見開いています。まあ、落ちこぼれ感がダダ漏れだった私が無理はないのですけれど。


 けれど今こそまたとない好機。

 いつの間にか収まっていた恐怖への震えを超えて……私は叫びます。

 人生でもこれ以降あるか分からないほどの憤怒を込めて、眼前の弱者を甚振いたぶる事で悦に浸る無法な魔王さんへ向けて——


「転生前、あなたの身に何があったのかは私も分かりません!けれど……それでも転生したからと言って好き放題していい理由になんて、ならないんじゃないですか!?」


「だ……黙れよ、このクソアマっ!お前に何が分かるんだっ!俺は社会に裏切られたんだよ……社会は俺なんてどうでもいいんだ——」

「だったら転生して好きにやってやる……ああ、やってやるさ!どうせ俺を裏切った奴らも同じ様に、自分の事だけ考えて社会を生きてるんだ!絶対その通り——」


「お前が黙れ……この軟弱野郎が!」


「……がふっ!?」


 完全に私の言葉で自制を失ったチート魔王さん。

 まさかの今自分が置かれた状況を忘却してしまうと言う、失態を犯してしまいます。

 あれだけ用意周到に策を練り姿を隠して置きながら、私の様な落ちこぼれに煽られただけで取り乱す始末。

 お陰で隙を突いたビアスさんが、私の授けたギフトを振るうだけの時間がたっぷり稼げたと言う物です。


 物の数分の間の逆転劇。エセ勇者の二の舞の如く地を舐めさされたチート魔王さん。

 それを導いてみせたのはやっぱり頼れるエージェントのビアスさんですが——何とそこで、私も予想だにしていなかった賞賛が贈られる事となったのです。


「つまらない言い訳はたくさんだ。例え今言った通りの世界が、お前の転生前の世界を覆っていたとして……今のお前は何だ?チート魔法をバラ撒くだけバラ撒いていたくせ、同じく転生してきた体たらく——」

「俺からすれば……お前の様な無秩序に力をバラ撒く存在に、立ち向かったアリスの方がよっぽど勇敢に見えるぜっ!」


「ビ、ビアスさん……。私がそんな、勇敢だなんて。」


「……だ、黙れよ!お前達に何が——」


 思わず耳にした賞賛で喜んでいいやら悲しんでいいやら……落ちこぼれと呼ばれ続けた私はどう返答していいのか混迷の最中に放り込まれ——

 その間にも人の話を聞き入れる事が出来ない魔王さんは、すでに無効化された力を必死で行使しようと試みています。


 けれど——

 虚しく空を切るその腕を掴み上げたビアスさんが強制送還を実現する懐刀……半物質刃を振り抜くと、魔王さんの身体を傷付ける事なく貫いたのです。


「みっとっもない悪足搔きは止めろ。せいぜい俺TUEEE勇者の様に、元の世界で俺達の話をしっかり噛みしめて生きてみるんだな。あばよ……軟弱魔王さんよ。」


「やめ……ろ!?戻りたくない!嫌だ、あんな世界に戻り——」


 それは呆気ないほどの幕切れ。軟弱と呼ばれた魔王さんは抵抗虚しく元の世界へ強制送還されたのです。

 一本の光柱が〈エンディア〉上空へ伸びるのを見やった私とビアスさん。

 すると異常の元凶であった二人の無法者が消えた事で、不穏な力支配から逃れた世界があるべき姿へと帰って行きます。


 視界に映る異区画境界線の不透明な壁が消えた先は……どこまでも続く大地と海原。

 暗雲に包まれていた大地へやがて眩き陽光が降り注ぎ——そこで、ようやく私達はこの悲しき因果が舞う世界を救済した実感を得たのでした。


 双眸に映った美し過ぎる景色を堪能した私は、自然とビアスさんと視線を交わし合い——



 私は……彼の身を包む異変に気が付いてしまったのでした。

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