第26話



 ……ど、どうした?

 俺はまさかそんな反応が返ってくるとは思っていなかったので、酷く困惑していた。

 二枝のことだから、『もー、先輩そんなこと気にしないでくださいよー』くらい言われるものだと思っていたんだがな。


 二枝を見ると、彼女は今にも泣きそうな様子であった。

 ……マンション前についたというのに、そこで足を止めてしまった。

 あと少し歩けば、別れて俺はランニングに戻れるのだが……こんななきそうな二枝を放っておくわけにもいかなかった。


「……えーと、男子とのかかわり方が分からない? わりと遊んでいるような見た目なのに?」

「わ、私、これでも異性と付き合ったことないです! なんてこと言うんですか!」

「……そ、そうなんだな」


 異性と? つまり、同性とは……。

 やはり芽衣が狙われている!? そんなことを考えながらも、わりと深刻そうな顔をしていたので真面目に考える。


「……あー、まーその……なんだ? さっきはああ言ったが、二枝のからかいは……確かに悪意は感じられなかったな」


 そこまでうまく偽装しているのだと思っていたが……彼女の言葉を信じるなら本当に悪意はないのだろう。

 ……二枝がちらとこちらを見てきた。

 悪意がある場合、本当に一緒にいるだけで嫌になるが、二枝からそれは感じない。


「まあ、その……別に嫌というわけでもない」


 だからそう泣きそうな顔しないでくれ……さっき通った老人が俺が悪者だとばかりに見てきたからな。

 二枝は考えるようなそぶりの後、頷いた。


「じゃあ……先輩。男子と女子の正しい関わり方を教えてもらってもいいですか?」


 ……いやそれを俺に聞くのか? 佐藤先輩にでも聞いた方がいいんじゃないか?

 ……そういえば、佐藤先輩と伊藤先輩を思い出す。

 二人はわりとお互いにからかいあって、冗談を言い合っているような仲だ。

 なんだろうじゃれあっている、というようにも見える。


 あの人にも時々からかわれるが、別に嫌な感じはしなかった。

 むしろ、からかわれることに心地よささえ感じることがある。


「……二枝、もしかして伊藤先輩を参考にしたのか?」

「し、してないですよっ」


 してるなこいつ。

 なるほどな……確かに伊藤先輩のような包容力は女性からすれば憧れなのかもしれない。


「……不器用な奴だな」

「……馬鹿にしないでくださいよ。それで、どうすれば正しいのですか?」

「今まで通りでいいんじゃないか。別に嫌じゃないって言っただろ」

「本当にですね? 私、これからも今までみたいに先輩に関わりますよ?」

「ああ……というか、俺も男女の関わりなんて知らんし」


 俺が答えると、二枝は何度か頷いてからにこっと微笑んだ。


「もう先輩が変なこと言うから気にしちゃったじゃないですかっ」

「……はいはい」


 いつもの雰囲気に戻ったな。

 二枝が片手をあげ、マンションへと向かう。


「それじゃあまたあとでですね先輩!」

「ああ、またあとでな」


 あとでって別に今日はバイトの日じゃない。

 次に会うとしたら明日だろうか? 俺の今週のシフトは、水、金、土だからな。


 二枝は結構適当な女性なんだと思っていたが、色々と考えていることがあるようだ。

 二枝と別れた後、軽く走ってから家に戻った。


 汗を流し、リビングに行くと朝食が出来上がっていた。

 芽衣と一緒に朝食をいただき、それから制服に着替える。

 

「芽衣、どうしたんだ?」


 制服を着終えると、芽衣が部屋の前で待っていた。

 ……普段なら、準備ができたほうから先に学校に行っているんだがな。

 芽衣は顔を近づけるようにして、一歩踏み込んできた。


「兄さん、一緒に学校行きましょう!」

「い、一緒に?」

「……い、嫌ですか?」


 別に俺はいいんだがな。

 学校で芽衣が変なこと言われるんじゃないかという不安はある。

 ……芽衣が提案したんだから、そこまで気にする必要はないとも思えるが、芽衣って案外抜けているからな。


「俺の妹だってなったら、いじめられたりしないか?」

「私の友達はそんな狭量な心を持ち合わせていませんよ」

「……そうか」


 そう断言できる芽衣も凄いが、そう思ってもらえる友達も凄いな。

 ……いい友達がいるんだなぁ。

 羨ましい限りだ。

 芽衣とともに家を出て、俺たちは並んで学校まで歩いていく。


「機嫌良いな」

「そ、そんなことありませんよ」

 

 芽衣は慌てた様子で首を振る。

 ……そうは見えないが。いつも以上にテンションが上がっている様子だ。

 何か良いことがあったのだろうか? そういえば朝のテレビを見ていたし、星座占いでも良かったのかもしれない。


「芽衣、星座占い見たか?」

「はい」

「俺は何位だった?」

「兄さんは一位でしたよ」

「そ、そうか……」


 嘘だろ……朝から二枝に遭遇し、あげく二枝がちょっぴり悲しんでしまったのだぞ?

 そして今だって――学校が近づくにつれ増え始めた生徒たちへと視線をやる。

 

 彼らはちらちらとこちらを見ていた。……俺というよりは芽衣を見ている。


「あの滅茶苦茶可愛い子ってもしかして一年のだっけ?」


 ……芽衣ってそんな有名だったんだな。

 八雲並みに話題にあがる子だったんだな。


「あ、ああ……一年の長谷部さんだよ……。その隣にいるのって?」

「……俺昨日聞いたんだけど、長谷部さんの兄さんらしいぞ?」

「え!? あ、あの冴えない男子が? な、なんで一緒に通っているんだ?」

「さぁ……わからんが……昨日も一緒にお昼食べてたらしいぞ……?」

「マジかよ……わけわからんな」


 ……めちゃくちゃ声が聞こえてくる。

 やはり、俺と一緒にいると芽衣の評価まで落ちてしまいそうでそこが不安だな。

 しかし、芽衣はそんなこと気にしていないようだった。


 ……まあ、当の本人が気にしていないことを俺が何か言っても仕方ない、か。

 生徒玄関についたところで、芽衣が俺へと振り返り、微笑んだ。


「それじゃあまたお昼休みに行きますね」

「……ああ、楽しみにしてる」

「た、楽しみにしていてください」


 嬉しそうに芽衣が笑って、一年の教室が並ぶ廊下へと消えていった。

 俺は軽く息を吐いてから、上履きへとはきかえる。

 ……ようやく、周りの視線も落ち着いた。


 ここから昼休みまでは、いつもの日常に戻れるだろう。

 俺が安堵の息を吐いていたときだった。


「おはよー、一輝」


 ……八雲が現れた。

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