第19話


 ……なんとか、一日を乗り切った。

 今日はアルバイトの日ではないので、あとは家に帰るだけだ。

 さすがに、ここから一波乱が起きるということはないだろう。


 俺が帰り支度を済ませ、鞄を担いだ時だった。

 教室の入り口に注目が集まっていた。

 俺もつられてそちらを見ると……芽衣がいた。


 ……なんで芽衣がここにいるんだ? 放課後に俺への用事なんてあるわけもないだろう。

 芽衣は少し恥ずかしそうにうつむきながら、教室へと入ってきた。

 たかが他クラスに入るのに、誰も咎めることはない。ただ、注目は集まっている。


 芽衣は俺の前で足をとめてから、わずかに唇を緩めた。


「兄さん、帰りに買い物をしたいので……一緒に帰りましょう」

「……あ、ああ。わかった」


 芽衣の言葉に俺はすぐにうなずいた。

 ただ、出来るならこんな目立つ場所で言ってほしくはなかった。

 やっぱり、周りの注目が集まってしまっている。


「……別にラインとかで連絡してくれればよかったんじゃないか?」

「い、いいじゃないですか、別に……さっき思い出したんですから」


 ……いや、俺も責めるつもりで言ったわけじゃない。だからそんなに頬を膨らまさないでほしい。

 芽衣とともに教室を出ようとしたときだった。俺たちの隣に並ぶようにして、八雲が来た。


「あーしも一緒に帰っていい?」

「……」


 芽衣がそちらを見てから、俺の方を見てきた。

 ……いや、俺に意見を求められても困る。

 ……八雲の提案を断る理由は、目立つものだと思いつかない。


「……いや、別に普段一緒に帰っているわけじゃないんだし、ほら家とか方角とか違うかもしれないだろ? だから――」


 あまり芽衣も歓迎している様子ではなかったので、そういったのだが、八雲は口元を緩めた。


「大丈夫。あーしの家は……ほら、ここら辺だから」


 そういって八雲はスマホの地図をこちらに見せてきた。

 ……俺たちの家近くをマップはさしている。

 確かに、方角的には問題ないだろう。


「……スーパー寄っていくんだけど」

「みたいだね。だからあーしもちょうど買い物頼まれてたから、いいでしょ?」


 ……そこまで言われて、俺はもう拒絶の理由がなかった。 

 というか、これ以上ここで話をしているとクラスメートたちの視線が嫌でも集まる。他クラスのホームルームも終わり、どんどん廊下の人も増え、入り口近くで言い争っている俺たちは注目されてしまっている。


 芽衣もさすがにこれだけの視線にさらされて耐えられなくなったようだ。俺の肘部分をくいくいとつかんできた。


「わかった。それじゃあ帰ろうか」

「よろしくねー」

「……よろしくお願いいたします」


 八雲は芽衣にひらひらと手を振り、俺の隣に並んだ。芽衣は俺の右側にたち……俺は二人に挟まれる形で廊下を歩いていく。

 めっちゃ注目されるんだけど……。

 というか一体何が起きているのだろうか? 


 芽衣はいいんだ。……夕食とかたぶん材料を買うために俺のところに来たんだろう。しいてあげるなら、せめて目立たないように連絡してほしかったということ。

 八雲だって、俺をからかうにしたって、さすがにやりすぎだろ。それとも、最近の女子高生はこの程度屁でもないというのだろうか?

 

 だって、俺と変な噂とか流されたらどうするんだ? まさかそれで慰謝料とか請求するつもりか?

 そんな訴えが通用してしまうのか、日本社会は?

 新手の詐欺を企てているのではないかと警戒しながら、学校を出た。


 ……とりあえずは、これで視線はずいぶんと減った。

 それでも、八雲も芽衣も目立つ見た目をしている。

 俺としては、二人でスーパーに行ってくださいと言いたい気持ちがあったが、それを必死にこらえた。


「妹さんは、彼氏とかいないの?」

「……あなたの妹じゃありません」

「それじゃあ、芽衣は彼氏とかいないの?」


 八雲が芽衣に話しかける。びくり、と芽衣が肩をあげ、それから慌てた様子で首を振った。

 それは少し気になる質問だった。芽衣はわりと休日は家にいることが多いからな。

 俺としては変な男に騙されていなければ何でもよいが。


「い、いませんよっ、そんなもの! 八雲さんこそ……いいんですか? 彼氏とかいるんじゃないですか?」

「え、あーしもいないいない。というか、そういうのあんまり好きじゃないし」


 へぇ、意外だ。なら、俺をいじめて楽しむのもやめてくれないだろうか?


「それじゃあ、今こうして兄さんと一緒にいるのもやめたほうがいいんじゃないですか?」


 その通りだ。しかし、八雲は顎に手をやり少し考えるようなそぶりを見せ微笑んだ。


「えー、それはまた別の話だし。芽衣も、高校生にもなってお兄ちゃんにべったりだと高校で変なこと言われるんじゃない?」

「言われても構いませんし。私、そういう周りの声とか気にする人間じゃありませんし」


 ちらちら、と芽衣が俺を見てくる。

 ……別にべったりでもないからな。

 そもそも、芽衣は俺とは違い、友人にはきちんと事情を話しているだろう。

 誤解されるようなこともないのだ。

 

 スーパーについた俺たちは、カゴとカートをもって店内を歩いていく。


「兄さん、夕飯は何が食べたいですか?」

「……あー、魚とかでいいんじゃないか?」


 普段の値段を知らないが、ちょうど目についたところに特売と書かれていた。

 芽衣がこくりとうなずき、魚を見に行く。

 俺の隣に八雲が並んだ。


「お弁当もそうだけど、芽衣が全部作ってるの?」

「まあ、な」

「一輝は料理とかしないの?」

「……まあ、俺はできないからな」

「なるほどねぇ」


 考えるような素振りで八雲が言った。

 魚を選び終えた芽衣がこちらへと戻ってきて、慌てた様子で俺と八雲の間に入りながら、カゴに魚を入れた。

 それから、喧嘩腰の猫みたいな声をあげ、芽衣は八雲をにらみつけている。


 ……それにしても、芽衣がここまで他人に闘志をむき出しにしているのは珍しいな。

 芽衣と八雲はどこかで関わりでもあったのだろうか?

 それこそ、前世から続く因縁みたいなレベルで、芽衣は八雲を敵視しているように感じる。


 のんきにそんなことを考えていたときだった。俺の視界の端で見慣れた頭がぴょこりと動いた。

 向こうもちょうどそこで気づいたようだ。顔がこちらに向き、ぱっと笑顔になり――


「あっ、せんぱ――」


 俺の隣にいた八雲と芽衣を見て、眉間のしわが寄った。


「なんですか先輩この状況は……?」


 俺が聞きたいんだそれは……。

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