第4話 クラスのぼっち


 次の日。

 北崎と女子グループが喧嘩していた。


「い、いや……俺警察呼びに行ったんだって! 別に見捨てたとかじゃなくて!」

「ほんとサイッテー! マジありえないんだけど……」


 八雲がそう言って、北崎を睨んでいた。

 ……八雲はゆるふわギャルといった見た目をしている。はっきりいって俺が苦手なタイプの女子だ。


 どうやら二人が喧嘩しているのは、昨日の一件が問題のようだ。

 北崎は完全に見捨てて逃げたからな……。せいぜい、彼が言うように警察を呼びに行くというのなら、その場で不意をついて北崎が暴れ、その隙に八雲たちを逃がしたほうが良かったはずだ。

 

 あのチンピラたちは酔っていたのもあったが、喧嘩はたいして強くなかったし。

 俺としては、北崎が困った姿を見れるのは悪い話じゃない。ふう、ざまあみろだ。


 昨日みたいに、明らかに傷をつけられるような状況ではないため、北崎が慌てている姿は純粋に楽しめた。


「だからもうあーしたちに関わらないでね」

「え、い、いやいや……! おまえ、それはっ!」

「あーし、別に北崎と付き合っているわけじゃないのに、付き合っているとか言われるのもううんざりだし。……もう、比奈も北崎に興味ないって言ってるし」


 ……比奈というのは、八雲の隣にいる子のようだ。

 昨日はずっと泣いていたので、顔もよく分からなかったが、さすが八雲と同じグループに所属しているだけあって顔は整っていた。


 ……詳しく盗み聞きしてみると、どうやら比奈というのが北崎のことが好きで、八雲が恋のキューピッドとして手伝ってあげていたようだ。

 その必要がなくなった……だから、北崎ともう関わりたくない、ということらしい。


 北崎たちがすぐにクラスメートたちからこそこそと言われている。


「……昨日、チンピラに絡まれて二人だけで逃げたんだって」

「……サイテーだよな。男として、情けねぇよ」


 クラスのトップカーストだった北崎たちは、気づけば教室で散々に言われていた。

 そんな北崎と目があった。

 ……やべぇ。

しかし、手遅れだった。

北崎がこちらへとやってきて、睨みつけてきた。


「なんだてめぇ? なんでこっち見てんだよ!?」 

「……い、いや別に」

「気にくわねぇな!」


 北崎が俺の方へと近づき、胸倉をつかんできた。

 それをかわそうと動いたのだが、椅子に座っていたため、転んでしまう。


「ぷっ! 無様だな」


 北崎はそういって俺を笑った。

 ……やべ、眼鏡落とした。

 俺は慌てて周囲を見る。すぐ近くに眼鏡が転がっていたので、そちらへと向かう。


「北崎、気にくわないからって他人いじめてんなし」


 八雲の声だ。

 俺は急いで眼鏡を探す。


「……うるせぇよ!」


 北崎がすっかり荒れた様子で八雲にそう吠える。

 あー、くそ。見てなきゃよかった。

 眼鏡へと手を伸ばすと、ちょうどそれが別の手によって拾われた。


 顔をあげると、そちらには生足があった……! やべ!?


「……大丈夫? えーと……え?」


 相手は八雲だ。

 俺の名前さえ憶えていないようだ。

 八雲がじっとこちらを見ながら、落ちていた眼鏡を渡してきた。


 ……俺はすぐに立ち上がった。八雲は机に座っていて、スカートの中が見えそうになっていたからだ。

 俺は彼女から眼鏡を受け取り、眼鏡をつけた。


「あ、ありがとう……」

「う、うん……べ、別に気に……すんなし」


 八雲はギャルっぽい見た目をしていて、俺は苦手だ。

 けど、可愛い子だ。苦手な性格をしているだけで、可愛い子にはどきどきしてしまう。

 それが男子高校生というものだ。


 俺はそんな緊張を隠すように、眼鏡を受け取ってさっさと逃げるように席に座る。

 八雲はじっとこちらを見てきていた。……俺の反応を見て、バカにしているのではないだろうか?

 あー、くそ。童貞丸出しの反応だよな……。


 けど仕方ない。だって童貞なんだもん。俺はこれまで一度も女子と付き合ったことがない。

 告白したことはある。けど、なんか気持ち悪いといわれて拒絶されてしまった。

 ……それから女子が苦手だ。近づかれると全身の毛穴がぶわっと開くような嫌悪感に襲われる。


 だから、さっきもわりと吐きそうなほどだった。

 それでもなんとかこらえられた。


 ……良かった良かった。

 授業が始まってから、俺はじっと黒板へと視線を向ける。


 ……しかし、だ。

 何やら変な視線が感じられる。初めは北崎かと思ったのだが……右斜め前のほうの席。

 八雲だった。

 八雲は授業中にもかかわらず、俺の方を見ていた。


 ……いや、正確にいえば、俺の後ろではないだろうか?

 俺がいる席は窓際の一番後方だ。

 すぐにベランダに出られるのだが、そのベランダの手すりには小鳥がいた。

 二羽はカップルなのか、仲良くつつきあっている。……こ、小鳥までも付き合っているというのに、俺は――。

 確かに可愛らしい姿なので、見とれる理由もわかる。八雲の視線の意味を理解していたときだった。


「おい、よそ見してんなよ長谷部ー」


 教師がそういって、俺は慌てて前を向く。

 くすくすとクラスメートたちが笑い、俺は恥ずかしくて顔をうつむきそうになる。

 ただ、そんなことをすれば恥ずかしがっていると思われ、さらにバカにされるかもしれない。


 そんな負の連鎖を断ち切るため、俺は必死に何も感じていませんといった表情をつくった。


 ていうか、八雲だって後ろ見てたのに……。

 ただ、八雲は廊下側一番前の席――教師から見て一番端の席だ。

 

 あそこは案外見られにくい場所だ。

 むしろ、遠くに行けば行くほど、教師から見やすくなる。

 ……ああ、くそぉ。


 今日はひとまず北崎が静かだから助かったが、明日からはこんな隙を見せないようにしないとな。

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