クレイジーティーチャー

いのかなで

第1話 担任の大塚

 イライラする。本当にイライラする。あたしは、黒板を消す担任の大塚の後ろ姿を睨んでいた。

 休み時間に書かれた黒板の文字は、大塚に対しての嫌がらせ。それを、なにも言うわけでもなく、もくもくと消す大塚にあたしはこの上なく苛立っていた。

 教師なら怒るとか、普通するでしょ。あたしはそんなに優しくないから一緒に消してあげるような事はない。むしろ、消させればいいじゃん書いたやつに。

 なんで言えないのだろう。教師とは生徒を叱ってなんぼなんじゃないの?


「せんせえー彼氏いないっしょ?」

「あ、えっと」


 そうやって、面白半分に聞くクラスメイトの女子生徒に問われてもおどおどしてるし、なんなのこいつ本当に教師に向いてない。

 担任が大塚になったことは私達にとってはラッキーなことではあった。確かに、なんも言わない大塚が担任だと楽だから。やりたい放題じゃん。だけど、あたしはやっぱり大塚が大嫌いだった。おどおどしてるのもだけど、大塚は地味。いつも同じ恰好をしていた。前髪を目が隠れそうな所まで伸ばし、どうにか眼鏡で前が見えるというような容姿。


 あたしは大塚が実は顔は悪く無い事を知っていた。あるところで目撃したからだった。


 先週のことだった。あたしは夜遊びをしていた。クラブハウスに行った時のこと。ある意味高校生にはふさわしいとは言いがたいところだ。それは、あたしの日常だったりするのは、あたしがギャルと言われる要因になっているのかもしれない。ただ、夜暇だから行ってるだけなんだけど。

 先週いつもの行きつけのクラブに入ると、目立つ美人がいた。大きな輪っかのピアスをつけてレザーのパンツを着こなすあたり、あたしには到底かなわない美人。

 背丈はあたしくらい。セミロングの髪に、前髪を横に流している、意思の強そうなキリッとした目をした女性だった。

 初めて見るけど、クラブの常連らしい。クラブのオーナーと話している美人に目が離せなかった。すると、あたしの視線を感じてからか、此方をその美人が視線を向けてきた。バッチリ目が合った後、オーナーと話を終えたのか、なぜか、あたしに近づいて来た。

 正直、何事かと驚いた。その美人があたしを目の前にして、早々言った言葉と言うのが、


「高校生が来るとこじゃないでしょ。帰りなさい。遠藤さん。」


 名前を呼ばれても最初はわからなかった。こんな美人は知り合いにはいない。私が高校生だと知ってる相手。あたしは、「誰?」とだけ言った。何こいつと思いながらだ。これだけ高圧的に来られたら誰だって腹が立つから。命令口調で言われて、は?と睨みながら不機嫌に言ったのだった。


「担任の顔も忘れたの?保護者呼ばれたくなかったら帰りなさい。」


 その美人はまた、高圧的にそう言った。そう、その美人が大塚だったのだ。

 怒りも忘れて言葉を失った。あたしの知らない教師以外の大塚。大塚の裏の顔と言ったらいいだろうか。信じられないあたしに、大塚は呆れたように仕方なさそうに「ほらこれ」と見せてくれたのは名刺。きちんと書かれていた大塚杏南と。高校の名前までしっかりと。


 驚きは隠せなかったけれど、それは事実だった。大塚に急かされて、クラブハウスを追い出された。ここで粘っても流石に保護者は面倒だ。あたしも素直に帰るしかなくて、でもすっごい腹立ったのを覚えてる。そして、困惑した。なんなのあいつって思い出しても腹が立つ。

あれから、あたしはそれまでどうでもよかったはずの大塚がある意味気になっている。大嫌いだから。そして、あれだけ強気で自信満々だった大塚が、前と同じように教壇の前に立っているこの現実も受け入れがたかった。


「先生、頭痛いので保健室行っていいですか?」

「な、遠藤さん。えっとじゃあ気をつけて」


 気をつけてってなんだ。むしゃくしゃしながら、保健室なんて行くはずもなく、あたしは、屋上に向かった。サボりにはもってこいの場所だ。そこまで寒くはない時期は重宝する場所。日当たりもいいので日向ぼっこには最適である。立ったままだと見つかりかねないから、寝転ぶ。制服が汚れようとも構わない。学校が終わったらすぐにどうせ着替えるんだし。最悪ジャージ来て帰っても問題ない。


 授業が終わるチャイムがなって帰ることにした。英語の授業は幸いにも6時限目だった。1時限サボっただけだ。大塚の授業は受ける気が起きなかった。大塚は英語教師だ。英語できるくせにオープンじゃないのってどうなの?と思ったりする。屋上から出てカバンをとりに教室へと戻った。


「遠藤さん。」


 呼ばれたので、振り向けば大塚だった。これは、サボっていたことがばれたかなと思っていた。


「大丈夫ですか?体調は」

「まぁ」


 よかったですと言う大塚にこっちはまたもやイライラがぶり返す。こいつは、クラブであんな姿を見られたというのに、あたしにも態度を変えない。何故かわからないけれど、演技しているようにも見えなくて、けど、それも納得いかなくて。あたしはますますイライラした。


「大塚ってさ、なんなの?」

「な、なにがでしょう?」

「何がでしょうじゃなくておかしくない?」

「はぁ・・・」


 あーもうイライラする。あんなに強気だった大塚はなんだったんだ。あれ本当に大塚だったんだろうか。目の前にいる大塚は自信がなくておどおどしてて、あの美人とはかなりかけ離れているように思う。だけど、この眼鏡の下は、美人なんだよね?


「ちょっと眼鏡貸して」

「え?」

「いいから貸して」

「は、はぁ」


 そう言ってあたしに困惑しながらかけていた眼鏡を渡して来た。あたしは、大塚の邪魔な前髪を横に流すようにしてじっくり大塚の顔を眺めた。目線を泳がす大塚を無視してそれでも納得できるまで凝視する。


「・・・もういい。これ」

「あ、はい。」


 眼鏡を返すと、すぐさま掛けなおし、前髪を気にする大塚。やっぱり大塚だった。あの美人。納得するしかないこの事実をつきつけられたのだった。

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