9−4「境界越え」
「なんで、スマートフォンで佐藤と連絡をとったんだい!あれにはお互いの名前の表示が出ちまうじゃないか。」
「す、すみません。」
謝っているのは別の撤去班の男性のようで、彼の持っているスマートフォンをカサンドラは取り上げる。
「佐藤はさっき回収したが、この中には他の社員の名前はないんだね?」
男性はコクコクと頷く。
「大丈夫です。俺が名前を知っているのは同期の佐藤だけだったんで、ここで働いているエージェントや社員の名前は俺もそうだし、佐藤も知らないと思います。」
「そりゃ、こっちでも確認する。あんたは今すぐここから逃げ…」
しかし、それ以上の言葉はいつの間にか通路の中にまでやってきていた大賀見によって遮られた。
『あまり須藤くんを責めないでいただきたい。彼は近い将来、佐藤くんと共に我が劇団の一員になることが決まっているのだから。』
びくんと体をこわばらせる須藤と呼ばれた男性。大賀見はアンニュイな様子で腕を組みながらカサンドラの持つスマートフォンに指をさす。
『それに社用とはいえ、そのスマートフォンは須藤くんの持ち物ではないのか?それを彼自身が管理できないのはおかしいことだと思うのだが…須藤くんもそう思わないかい?』
ほとんど言いがかりとも言える言葉。
だが、須藤はスッと芝居がかった仕草でカサンドラに手を差し出す。
「申し訳ないのですが、俺のスマートフォンを返してくれませんか?それは、俺のものだと思うので。」
カサンドラは侮蔑の表情を大賀見に向ける。
「汚いね。うちの部下だった人間をこんな風に使うこと自体ヘドが出る…それに、これを渡したところであんたはこれを扱えた試しがないだろ?」
大賀見はそれに肩をすくめて見せた。
『…それもそうですね。手に入れた3台ともプロテクトがあまりにも固くて手をこまねいていたのでした。じゃあ、須藤くん正式に劇団員になっていただくために同行していただけますか?…まもなく佐藤くんもこちらに来ますし。』
須藤はそれにこくりと頷き、防護服と燕尾服の影が建物の中へと消えていく。
「…あいつが佐藤に電話をした履歴が20分前か…。クッソ、2人とも3年目だから、もうベテランだと思っていたのに。」
スマートフォンをにらみながらカサンドラは悔しそうに拳を握るも、主任はそれに首を振る。
「うーん、就職してから5年めのジェームズ見ていると、どうも人それぞれな気もするけどね。長いこと続けての気の緩みとかもあるんじゃない?…ま、しばらくの仕事の穴は私たちが埋めるわよ。上もそう言うだろうし。」
「…すまないね。」
主任に頭を下げるカサンドラ。
『…今まで大変お世話になりました。僕は向こうの劇団員になります。あまり劇場で麗華さんを待たせるのも申し訳ないのでこれで失礼します。』
その隣でもう一人頭を下げるのは、つい先ほど看護師に心肺停止を言い渡された佐藤であり彼は完全に瞳孔が開いた状態で救護班に着替えさせられた病院着姿で建物の中へと消えていく。
「麗華さん?」そう聞く僕にカサンドラが言った。
「たぶん、佐藤を殺した女優の名前だよ。海外映画のスタント中にセットの綱が切れて落下死したんだが生前は清純派で真面目な女優だったんだけどね…前にも同様の報告例があったはずだ。ここに来た死人は、大概モラルが欠如しちまう。大賀見が名前で縛っているのは見ての通りだが、死者と生者の境目がなくなっていくこの瞬間が、私は見てて一番辛いんだよ。」
そう言って悔しそうに頭を振るカサンドラ。
…その時、僕の頭をふと疑問がかすめた。
(そういえば、女優や男優は事故死した人が多い。でも、劇場に関連があるわけでもないのに死んだ後になんでこの場所に来るんだろう…?)
…そして、その疑問は翌日に意外な形で解決することとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます