8−5「休日の清掃日誌チェック・確認」

…第67番倉庫…陸奥蓋むつがさ生体科学研究所。


主任にそのことを言われ、ベッドの上でぼうっとしていた僕は不意に思い出す。


(ああ、そうだった。今日は7月の初めで社内倉庫の清掃の最中だったのだ。)


担当したのは生体サンプルの入ったボックス部屋の室内清掃だったはず。

主任の指示のもと、しばらくは棚の外側にあるガラス拭きや床をモップがけをしていたのだが、なぜかボックスのうち1つの前で急に具合が悪くなっていき…、その後、僕は何もわからなくなってしまったのだ。


「僕、どうなったんですか?」


すると主任はニヤリと笑う。


「やばかったわよお、小菅くん。モップを放り出したかと思えばボックスの1つをガリガリと開けようとしていて、両目から血も流していたし。」


そこで主任が感づきボックスを開けるとガラスの空の瓶が2本ほどあったので…


「大急ぎで小菅くんの目から出た血を入れたの。それから症状が落ち着くまで病棟で輸血してもらって…勝手に血を取ったけど非常時だったし許してね。」


そう言ってペロリと舌を出す主任。

可愛くしているつもりなのだろうがイマイチ意図が読めず僕は困惑する。


「…それは、乙の367番、『赤き血の涙壺』というアーティファクトでして、定期的に血を補充しないと周りに被害が出てしまうアイテムなんですよ。」


そこに病院の引き戸が開き、中から大きなぬいぐるみを抱えた身長130センチにも満たない童顔のシステム開発部長エージェント・ヴェルザンディがしょんぼりとした顔をしながらやってくる。


「本来でしたら血液の比重を感知するシステムが担当研究員に補充をお知らせしてくれるんですが、システム開発部の設計ミスで連絡が行かず、空になるまで放置された状態になってしまったんです…本当にすみませんでした。」


申し訳なさそうに、ぺこりと頭を下げるシステム開発部長。


すると主任は立ち上がり、部長の身長の半分ほどはある白っぽくて継ぎ接ぎのある目の大きな魚のぬいぐるみをポフポフと撫でる。


「あら、ベル。可愛いの持ってきたわね。これ、なんの魚?」


それに困った顔をして部長が答える。


「えっと、幽霊ザメですね。ちょうど出張で近くの水族館に用事があったのでお土産に買いました。ヒレの動きが可愛いんですよパッフンパッフンて感じで。」


しばらく、主任の話を聞きながらもぬいぐるみと戯れる開発部長。


「へー、ぬいぐるみの頭部に突起があるのか。」


「そうなんです。ここが外れるのでメモを挟むのに丁度いいかと思いまして…」


しかし、彼女は不意に会話を止めると、ぼーっと宙空を見て、それから僕の顔を見るなりこう言った。


『逆風で流れた最後の種を拾いなさい。地は整えられ、いずれ芽吹きます。』


「…?」


そこで開発部長はハッとした顔をする。


「あ、すみません。もう仕事に戻らないと。」


部長は慌てた様子で頭を下げ、外に出ようとするついでにこう言った。


「あ、そうですそうです。2月の特別ボーナスとして小菅さんには明日から1週間の特別休暇が与えられます。有給と同じ扱いですので休んでも給料は変わりません。それに、今回の件で明日までには別途労災分のお金も振り込まれます。ボーナスも一昨日に振り込まれているはずなので、ゆっくり休養してくださいねー。」


そう言って、幽霊ザメのヒレをパッフンと動かし、開発部長は去っていった。

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