8−2「休日の清掃日誌チェック・2」

特別休暇の2日目。今日からジェームズは数日間の主張に行くらしく、スマホに『夕飯は1人で食べるように』となぜか身内のようなメールが入り苦笑する。


窓の外では早くも蝉が鳴き始めていて、どこかに遊びに行こうかとも考えるも、アパート暮らしの別居している母親にボーナスも給料も自分の生活費以外ほとんど渡してしまっているので、図書館ぐらいしか行くところがない。


(…自分のスマートフォンやパソコンを持ったらどうだ?)


暇な中でふとジェームズの言葉を思い出し、再びベッドの上に寝転がる。


そんなことを言ってもない袖は振れない。


愛用しているガラケーもそろそろメールサービスが停止するとしょっちゅう警告を寄越してくるが、その文章さえ分割型でまともに届かないので具体的に何をするべきか検討もつかないのが正直なところ。


(それに今更、母さんにスマホにしたいからお金返してとも言えないしなぁ…)


じっと手をみると昔はあったペンだこが消えている。


パソコンも触らなくなって何年経つのか。

そもそも、腱鞘炎になるほど指を動かさなくなってどれほど経つのか。


(結局、何にも為しえていないんだな…俺は。)


ふと昔に帰りながらも今はするべきことをするべきだと思いなおし、社用のスマホを取り出すと昨日の続きの日誌を読むことにした。


『1月10日、場所:第55番倉庫(通称、海鮮売り場)温度8℃ 湿度70%

 9:00〜15:00まで、途中3回の休憩を挟んで清掃終了。

 防護服着用の上、シャッターの閉まった海鮮売り場の2F食堂を清掃する。清掃

 員だけしかいない空間で売り子の声とともに蟹の丼がテーブルに1つ出現。

 内容物に異常が見られたので撤去班に引き渡すも、その他は異常はなし。』


(確か喋ったんだよな、あの蟹。主任は平家蟹だって言ってたっけ。)


『1月11日、場所:第55番倉庫(通称、海鮮売り場)温度4℃ 湿度80%

 9:00〜12:00まで、途中1回の休憩を挟んで清掃終了。

 防護服着用の上、シャッターの閉まった海鮮売り場の1F売り場を清掃する。

 清掃中にシロナガスクジラ1頭が店の中に紛れ込み。掃除を断念して撤去班に

 残りの作業を引き渡す、その他は異常はなし。』


僕は売り場いっぱいに押し詰められたクジラから撤退したことを思い出し、当時本当にこの職場はなんなんだと感じていたことを思い出す。


『…2月4日、場所:第31番倉庫(通称、宝物殿)温度15℃ 湿度25%

 8:30〜16:30まで、途中3回の休憩を挟んで清掃終了。

 防護服着用の上、神主の監督のもと清掃作業を行うも、本人が半日前に故人と

 なり霊安室を抜け出したことを終了時に確認する。遺体は撤去班に引き渡し、

 清掃については主任の上司への確認のもと無事終了との判断となった。』


淡々と内容を読んでいるのだが、やっぱり冷静に考えるとおかしい。


あの時には数人の巫女がパニック状態になりながら宝物殿にやってきたのだが、僕らは掃除をしていただけで神主が外で倒れるまでついぞ死体だったとは気がつかなかったものだ。


そうしているうちにヤカンのお湯の沸いた音が鳴り響き、僕は慌ててカップ麺を作るためにスマートフォンを机の上に置いた。

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