6−2「科学館事務室、横ロッカールームにて」

「…んふふふふ、小菅こすげくん起きた?」


周囲に漂う草と土の匂い。


主任の声ではない女性の声に目をさますと、そこにはキツネの被り物をしたゆるふわ系のロングスカートの女性がしゃがみこんでこちらを見ている姿があった。


周囲を見渡せば、そこはロッカールームで隣に開いた扉からは置き去りにされたいくつもの埃をかぶったデスクと『科学博物館運営の注意事項』と書かれた、かすれたプラスチック板の注意書きが壁にかかっている。


(…ここは、閉鎖された科学館の中なのか?)


身うごきしようにも背中も手足も何かに固定されているらしく首以外は満足に動かすことさえできない。ふと視線を上げると1枚のヒビの入った姿見に縄で椅子に固定されて横倒しにされている僕の姿が見えた。


するとキツネの被り物の女性は「うふふふふ」とまた笑う。


「まだ、私のこと思い出せないんだ…ほら、高校の時に一緒に学級委員をした仲じゃない。」


と言って被り物をずらした時、僕は「あっ」と声を上げた。


「高校の学級委員長をしていた里中さん?」


すると目元のパッチリとした、未だ10代後半と言われてもおかしくない女性が整った顔立ちでくすくすと笑う。


「当たり、変わってないね小菅くんは。30代でもお人好しの顔してる。」


思い出した、同じ高校の里中愛菜さとなかあいな。全国模試で常にトップランクの成績優秀な学級委員長で、当時、底辺レベルだった滑り止め私立高校で唯一国立で授業料完全免除の推薦に受かった伝説の女子生徒。高校の期待の星で、確か将来は物理学者になるのが夢だと語っていたはずだが…


「未だに貧乏くじを引く癖は治っていないみたいだね。クラスのみんなに押し付けられて副委員長をしていた頃と全く変わっていないじゃない。」


そう言って楽しげに僕を眺める里中さん。


「なーんでこんな会社に入っちゃったかなあ。もしかして私と同じ就職氷河期世代で入れるところがここしかなかったから?…あ、図星の顔だ。」


くすくす笑うが、急に真顔になる里中さん。


「でも、こんな会社すぐにでもやめたほうが良いよ…危ないことばかりで君には何の益も将来性もないだろうから。ここが裏で何をしているか知ってる?法に触れるような危険物の独占と認可されていない医療行為、広範囲にわたる土地の買収行為と情報操作と犯罪行為と…数えきれないほどの違反をしてるの。」


どこから情報を仕入れたかはわからないが、彼女は淡々と話を続ける。


「今、あなたの所属している会社と同じ系列の会社は世界中のどこにでもあるのだけれど、みんな共通することはどこも情報を秘匿して決して外部に漏らすことをしない。秘匿にした情報を仲間内だけで共有し社会の人たちは爪弾きにされる。危険に遭っても情報が開示されない…それを、おかしいとは感じない?」


そう言ってキツネの被り物をする里中さん。


「ねえ、私たちの団体に入らない?秘匿された社会に不満を持つ人間がネットワークで繋がった組織なんだけど、この世界で起こる奇妙な現象を明るみにして隠すことなく全員で共有出来る社会を目指すの。規模はまだ小さいけれど先代は幾つかの心霊スポットを一般に解放した例もあるし、私たちもそれに負けないようにしていくつもり。活動用の住居やアパートもあるし、生活も保証する…悪くない話だとは思わない?」


身動きできない状況でかけられる勧誘の言葉。

ある種脅しのようでもあるが悪意は感じられない言葉。


僕はこの唐突な状況に混乱するも、そこにさらなる横槍が入る。


「…でも、その中には一部過激な連中もいるみたいだけどね。撤去班がついさっきうちの会社にSOSを出してきたわ。作業終了時に建物内に監禁されて動けない状態になったって…私なんか公衆トイレに行った時に、こんなもの投げ込まれたんだけど、ちゃんと慰謝料は払ってくれるのよね?」


バッと後ろを振り向く里中さん。

…そこには布に包んだ包丁を持ち、窓枠を乗り越えた主任がいた。

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