3−2「エージェントからの警告」

「…来月初めに行われる、サーバールームの清掃について何か聞いているか?」


「はい?」


大掃除の一週間前のこと、ジェームズが今日も作りすぎたと言って持ってきた、帆立貝のお手製シチューを皿によそいながら僕は首をかしげる。


「社員用のスマートフォンのスケジュール表にも書かれている…もっとも、当日はこれを持ち込んでもまるで役に立たないのは有名な話だがな。」


そう言って、僕が買って来たパンをちぎりつつ、ため息をつくジェームズ。

(うーん、話が見えない。)


僕が、先々週あたりに地下鉄の清掃中に不意のアクシデントに見舞われたその夜から、なぜかジェームズはたびたび僕の部屋に作りすぎたと言いつつ、肉じゃがやポトフなど手作りの夕食をおすそ分けしてくれるようになっていた。


彼の持ち込む料理は美味しいし、なぜか頻繁に訪ねてくるので僕も貰ってばかりでは申し訳ないと思い、彼と一週間ほど粘って交渉をした結果こうして数日に一回は夕食を食べながら僕の部屋で仕事の話をする程度の仲になっていた。


ジェームズの部屋はちょうど僕の部屋の右隣にあるそうで、ドア横の表札には『真田十四郎さなだとうしろう』と本名のネームプレートが収まっているのだが「エージェントは本名を知られてはいけない。迂闊に名前を知られただけで死に直結することもあるからな。」とも言っていたので、じゃああの表札はどういうことかと近いうちに聞いておこうと僕は考えていた。


「郵便屋が来た時に困るだろう!」そう言いつつ、彼はコホンと咳をする。


「この日には会社所有のビル三ヶ所すべての階に設置された巨大サーバー内の一斉点検と修正作業およびルーム内の清掃を行うんだ。サーバールームは、我が社専用のスマートフォンアプリの管理や創業から今日までの社内データを保管する重要な場所。ゆえに清掃班はシステム管理部門の職員と共にその統括役を担い、職員の動きを把握したり物資の補給を行う重要任務を担うことになるのだよ。」


それを聞いて僕は以前事務をしていた頃、経験もないのに仕事場で突然当日になってから指揮系統を振られた記憶を思い出し、ひどく不安な気持ちになる。


「…人の動きを統括するのは、もっと上の人ではないんですか?」


すると、ジェームズは「やれやれ」と言いつつティーポットの紅茶を注いだ。


「清掃を指揮するのは清掃班の仕事だ。今回はエージェントもシステム管理部門の防御に徹しつつ君たちの手足となって働くことになる。詳しい話は、近々君の上司から聞くはずだが、くれぐれも事故の無いように頼むぞ。」


そして、大量に砂糖を入れてかき混ぜてからジェームズはニヤリと笑う。


「私もいつも以上に体を鍛えたり、訓練のメニューを増やしているからな。君も仕事の合間にジムに行った方が良いぞ。社員証を見せればセキュリティレベルの低い君でもスポーツジムくらいは無料で使えるようになるからな。」


そんなことを言われれば余計にプレッシャーになる…というか、なぜ体を鍛える必要がある。すると、かき混ぜたスプーンのしずくをカップ内に器用に落とし、ツンとすました表情でジェームズはこう続けた。


「それ以上の話は俺の口からは言えない。だが、この仕事は常に命がけだということを忘れないでくれ給え。」


そして、「…かなり入れすぎたな」と言いながらジェームズは紅茶を飲み干し、僕は不安な気持ちを抱えたまま当日を迎えることとなった。

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