2−5「汚染」

主任が入ってくると同時に、看護師によって僕の身体の拘束具が外されていく。


「えっと…僕は、あれから何を?」


見れば、まだベッドに固定されたままの僕の腕は肘から先が透明なカプセルに包ており、その先の手首は蝋のように白く変色し、ところどころひびの入った奇妙な状態になっていた。


それを見た主任は「やれやれ」と言わんばかりに首を振る。


「結論から言っておくと、小菅こすげくんは最後に残っていたあのマネキンに攻撃されて精神と肉体を汚染されていたの。拘束具とテント隔離は汚染が広がらないための対策ね。今は進行も止まっているし、ひびの入った外殻が剥げ落ちたら看護師さんに診てもらって。問題がなければ、さっさと自宅に帰りましょう。」


「…あ、はい。」


「ちなみにここの片付けは私たちが8割以上進めていたから撤去班が残りをしてくれるってさ、なので明日の土日は安心してゆっくり休んで。月曜日に別の場所の片付けに行くからいつも通りの時間に出勤をしてね。」


そこにスーツ姿のジェームズも顔を出し、僕を見るとどこか難しい表情をした後に2、3度口を開け閉めして何か言おうとする…だが、結局、何も言うことができず、中にいた看護師を全員伴ってテントの外へと出て行くと外で会議でも始めたのかざわざわとした話し声が聞こえてきた。


それを見た主任は「…まったく、正直になれないわねえ」と首を振る。


「ジェームズもあなたを巻き込んだことを後悔しているようでね、さっきからずっとあんな調子なの…まあ、今月は3つも案件を抱えて忙しかったみたいだし、彼の上司も駆けつけてきたところで、私がここまでの経緯を話しておいたから、これからは彼の仕事量も大分楽になるんじゃない?わかんないけど。」


そして、主任は僕の腕を見ると「おお、いい感じにはがれかけてる」とカプセルをトントンと突く。


「よかったわ、とっさに襟首を引いたから指先をかすっただけで済んだのよね。報告書の中には接触直後に完全にマネキン化しちゃっていた人もいたからね…ま、子株になっちゃって他人を襲わなきゃ御の字よ。」


その瞬間、僕は嫌な想像をしてしまい、その表情の変化に気づいたのか主任は僕の顔を見てニヤリと笑う。


「…うんうん、よかったわねえ。人を苦しめることがなくて。君は自分が死んでもいいけど人を傷つけるような死は望まないタイプだものね。」


適当な椅子を見つけると主任はそこに腰掛けて足を組んで見せる。


「でも汚染のあいだは随分と苦しんでいたわね。過去に起因する悪夢かな?さっき声に出していたのは誰だっけ?身内の名前?まあ、苦しい夢の中でも死んだ方がマシだというのなら、そのまま放置してあげても良かったのだけれど…」


「やめてください!」


たまらず僕は声をあげる。


その瞬間、バリンという派手な音がした。

見ればカプセルの中の腕の蝋が完全に割れ落ち、生身の僕の腕が見えている。


「私もね、苦しんで死ぬ人の顔は趣味じゃないの…だから、小菅くんと同じ。」


そして、人差し指を口に当てながら主任は薄く笑う。

同時に、外で話しをしていた看護師がテントの中へと戻ってくるのが見えた。

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