第42話-ホド男爵

 監獄棟の一階にあるフレンダの部屋を出たフレンダが、4階へ向かうために検問所へと向かう。

 少し窓の外が白んできた時間だが、そこには八人の兵士の姿があった。


「フレンダです」

「――よし、通れ」

「ありがとうございます」

「しかし嬢ちゃんも大変だな。こんな日が昇る前から部屋掃除とか」

「もう慣れました……」



 フレンダが身分証を取り出し、一言二言話をしていると、鉄でできた門のような大きな扉が開く。


 いつものように、ペコリと挨拶をしたフレンダが門を通り抜ける。

 私達はその扉が開いたタイミングで屋根付近を【浮遊フライ】と【存在希釈エクシテンス ディリュージョン】を使って通り抜けた。


『本当に三つの魔法を同時に使えるのね……』

『知ったのはさっきなんだけどね』


 三つの魔法を使えるということは、こういう事が可能だということだった。

 フレンダとも念話のパスを繋ぎ、私はリンの手を引っ張って天井に沿うようにフレンダの後をついてゆく。


『それより、本当に手伝ってくれるの?』

『今更じゃない? それに私のことも助けてくれるんでしょ?』


『――うん、今度は私が助ける』

『あまり期待しないで待っておくわ』


 フレンダがふふっと揶揄うような雰囲気の念話を伝えてくる。


 私はホド男爵を無事捕らえることができて私の無罪が公に証明されたら、次はフレンダを助けると約束をした。


 フレンダの父親が半ば騙されたような形で結ばされたというのは、貿易に関する契約書だそうだ。

 その契約の中身は違法な人身売買であり、しかも辺境伯が売買の主体となるように巧妙に仕組まれた内容だったそうだ。


 これが見つかれば、たとえ辺境伯が「騙された」と言い張ったとしても、貴族爵位は取り上げられることは間違いない。

 最悪は処刑もあり得る可能性だってある。


 しかし契約書の撤回を第三者である法務大臣に求めた辺境伯に対し、法務大臣は要求を突っぱねる。

 それだけでなく、逆に人身売買の事を公に追及すると迫ったそうだ。


 そして公に追求しない代わりにと、フレンダが人質のように監獄棟で働かされることになったそうだ。

 ホド男爵はオーガスト辺境伯から財産を徐々に吸い取ろうとしているらしく、フレンダには手を出さないと約束しているというのが唯一の救いだろうか。


『――ぶっ殺そう』

『リン、過激……』

『扉を蹴り上げたら偶然反対側にいてぶつかったとか言えば大丈夫だよ』

『身体に穴とか開かない?』

『……他の方法考えるね』


 私はリンとそんな物騒な話をしながら、階段を登っていった。


 ◇◇◇


「おはよう、フレンダ。今日も早いな」

「おはようございます」


 階段を抜け、四階のフロアまで上がる間に五、六人の兵士と出会ったが、普通に世間話を交わすだけで終わった。

 四階に上がると、フレンダは物置のような部屋からホウキと雑巾を取り出した。


『この部屋よ』


 そうして、フレンダが立ち止まったのは大きな扉の前。


 ――コンコン


「失礼します」


 フレンダが両開きの豪華な木製の扉をノックして中へと入っていく。

 開いた扉が閉まる前に私とリンも中へと入っていく。


 部屋の中はカーテンが閉められており、薄暗い。

 執務室のようで人の姿はなく、シーンとしていた。


『あっちの扉が宿泊用の寝室』


 フレンダが指差す方を見ると、一枚の木の扉があった。

 リンがふわりと着地し、扉に耳を近ずけて中の音を探る。


『一人……三人いる……』

『三人?』

『あっ、やばっ!』


 リンがバックステップで扉から遠ざかり、私とフレンダが身構えた。


 扉が突然キィっと音を立てて、数センチだけ開いたと思ったらパタンと閉まった。


『――!?』

『……誰もいな……ムグッ!?』


「――動くな」


 私は突然後ろから何者かに羽交い締めにされ、口を塞がれた。


「ん――っ!」


 リンは私の状況に気づき、今にも飛びかかろうとしている。


「あぐっ――(あっ、だめっ……)」


 突然身体中に走った電撃で自分の気が遠くなっていくのを感じ、意識が途切れたのだった。


 ◇◇◇


「ん……」


「目を覚ましたか」


 低いしがれた声で、ふわふわとしていた意識が急速に覚醒してゆくのがわかった。


「――っ!?」

「カリス!」

「むぅ! ムグッ!」


 聞き慣れた声に視線を向けるとリンが両手両足を縛られ、ベッドの上に座らされていた。

 その顔には、誰かに殴られたのか真っ赤な痛々しいアザがあった。


 フレンダも同じように両手両足を縛られた状態でまたリンの隣で転がされているのが見えた。

 しかしピクリとも動かないので、恐らく私と同じように強力な【昏倒雷スタンボルト】で気絶させられたのだろう。


(二人とも服は乱れてない……よかった……)


 三人とも捕まったのに良かったもなにもないのだが、とりあえず二人共なにもされていないのが解ってホッと安堵の息を吐いた。

 だが私も後ろで両手を縛られ、両足首もロープでぐるぐるに縛られていた。


 そして、顔を上げると見たことのない男が目の前に立っていた。


「貴様は誰だ?」

「……」

「ふっ!」

「グッ……ッ」


 話しかけてきた初老の男を無言でにらみつけると、突然頬を蹴り飛ばされ口の中に血の味が滲む。


「そっちのウサギも名前すら言わんし、わしを舐めとるのか!」

「……私はカリス・ガメイです」

「――知らん名だな。まぁいい、それで? フレンダに煽動されて契約書でも盗みに来たんだな!」


 私の前でギャーギャーと喚いているのが、おそらくホド男爵なのだろうか。

 禿げかけている金髪に、醜く膨れた身体がこの男の人間性をよく表している。


(……私のことに気づいていない。フレンダの件だと思ってるんだ)


 そしてホド男爵の後ろに立つ男……黒く塗った革鎧にナイフを取り付けてある革ベルトを装備している。

 フードから垂れた髪の奥にチラリと目が見えるが顔全体は把握できない。


 恐らくホド男爵が雇った暗殺者だろうが、先程の【昏倒雷スタンボルト】を考えると相当強い魔道具を所持しているだろう。


 そしてもう一人。

 そいつは白髪混じりの初老の男で部屋の隅で椅子に座って、私たちのことをニヤニヤと観察していた。


「まぁまぁ、エイブ、それぐらいにしておきなさい」

「し、しかしリック様……」


(バカが二人……この禿がホド男爵で、座っているのが法務大臣ね)


 私はじんじんと痛む頬の痛みをこらえ、後ろで縛られている手に魔力を通してみる。


(……使えない)


 頭に思い浮かんだのは、私が逃げ込んだ森で兵士が持っていたもの。

 魔封の力を付与された赤色のロープだ。


 ベッドの上のリンと目があったので、私は自分の背後に視線を送る。

 するとリンが察してくれたのか、身体の向きを少し変えて自分の両手をこちらに見せてくれた。


 リンの両手を縛っているのは、赤い色をしたロープ。

 やはりあの時、森でみたものと同じものだった。


 これは簡易的なものなので魔法を使うのを封じるためのものじゃない。

 魔法として発現しようとする魔力を吸収して徐々に空気中に拡散するものだ。


(――このロープには魔力を貯めるものだから、貯められる魔力に上限が必ずある!)


「エイブ、口を破らんのならフレンダの目の前でこいつら二人で楽しませて貰えばいい」

「ふふ、そうですな、まだ夜明けまで時間はありますし」


 ホド男爵がいやらしい笑みを浮かべながら、懐からどす黒いナイフを取り出した。

 それまで座っていたリック大臣も机の上においてある銀色のナイフを手に取って立ち上がる。


「……ミルド、消音を」

「【沈黙サイレンス結界フィールド】」


 ミルドと呼ばれた暗殺者風の男が手にしたナイフに魔力を込めると、キーーンと耳鳴りがして外から聞こえていた鳥の鳴き声や建物を歩く足音がしなくなった。


(やっぱり魔道具……しかもこの効果は相当強力な……)


「男爵、これでこの部屋の音は一切外に聞こえません」


 ミルドがホド男爵に告げ、扉の隣へ移動する。


「エイブはどっちにするんだ?」

「そうですなぁ、わしはこの小娘にします」

「ふっふっふ、ではわしはあのウサギだな。獣人はいい声で泣き叫ぶし体力もあるからの、死ににくいから長く楽しめる」


「……」

「ちょっと、何を……!」


 リンが身体を捻りながら私の方へ移動しようとするが、リック大臣がベッドにナイフを突き立ててその動きを止める。


「そんなに焦るな。今日は一日休みなんじゃ。たっぷりと時間はある」

「見てみろこのナイフ。ずっと使っているからすっかり血でどす黒くなってしまっての」


「……殺すんですか?」

「殺す? そんな事せんよ」

「死んでしまっては楽しめんじゃないか。もちろん死んだほうがお前は楽だと思うが」

「そうそう、犯してる最中にこれで刺すと締りが良くなるし、良い声を出すからの」

「わかりますぞ、私は後ろから犯しながら背中を切り刻むのに嵌ってまして」


(このロープの魔力許容量はわからないけれど……私なら全力で魔力を込めればちぎれるかも)


 私は二人の会話をなるべく意識しないように打開策を考え続ける。

 だが、私の魔力を全てつぎ込んでロープを外したとしても、この三人から逃げる方法が思い浮かばない。


(それに、それじゃぁリンもフレンダも助けられなくなっちゃう)


「ほれ、とりあえずこの部屋に来た目的だけでも聞いてやろう」

「……私……」

「カリス!」


 リンが焦って私の声を遮ろうとする。

 その理由もよく分かる。

 けれど、本当の理由を言っても言わなくても、この場を何とかするのが先だと思った。


「契約書を探しに……」

「……ふん、やはりそうか。約束だからな、フレンダには手を出さない分はお前で楽しませてもらおう」


(これでいい……)


 私が本名を名乗ると、きっとフレンダも口封じで殺される。


(その場合、私がこの部屋でフレンダを殺したとかでっち上げるだろうな……)


 だが辺境伯とフレンダには手を出さないと約束をしている以上、本当かどうかは解らないがフレンダが助かる確率は少しでも増える。


「ふん……さぁそろそろ頂くとするか」


 ホド男爵がニヤニヤと笑いながら上着のボタンを外していく。

 リック大臣はすでに上半身の服を脱ぎ、リンのほうへ這い寄っていた。


「やめ……! 何かっ、するなら、私、舌噛み切るから!……カリス、ごめ……っね」


「ふふ……好きにしろ。その場合もう一人がお前の分までいたぶられるだけだ」

「……そんなっ!!」


「あのっ――」


 通じるかどうかわからないし成功するかもわからないが、私の両膝を両手で押し広げようとしているホド男爵に声をかける。


「その……こわいので……せめて友達と……一緒に……」

「……ふっ……ふふっ……ふははは」

「面白い趣向じゃないか、エイブ連れてこい」


「ぐっぅ……!」


 髪の毛を捕まれ無理やり立たされ、ベッドへと引きずられる。


「いたっ……」


 私はそのまま両肩を押され、ベッドへと倒された。

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