第34話−もどり道

 ファウストたちと戦っていた洞穴を村へ戻る方向へと歩く。

 前回と同じくエアハルトとドルチェさん、リンを先頭にして私とナルさんの順になっている。


 崩れてしまった天井の件はナックさんへ伝えるとして、その前にお母様とミケさんに先程の情報を共有する必要がある。


(まさかホド男爵が……あの監獄に居るんて……どこかに隠れているのかな)


 首都スルートに在る犯罪者を収容する施設である監獄は、いわゆる騎士団宿舎の離れである。

 地上部分はたしか四階ぐらいの高さで、取調官たちが寝泊まりするための部屋で、地下も四階ぐらいだったと記憶している。


(でもまずはお父様にこの情報を伝えて、捜索をお願いすることになりそうね)


 国王様から頂いた手紙を信じるなら、私はまだ手配されたままになっているはずだ。

 そんな私が堂々と監獄へ顔を出すことは出来ないだろう。


「なぁ、リン」

「なに〜?」


 ふと前を歩くエアハルトが気まずそうにリンへ話しかけている。


「その、すまなかった」

「……?」


「そのっ、勝手に……妻などと……」

「……」


「あっ、あの時は咄嗟に……だからその……」

「……」


「…………その、すまん」

「……ふふ、おとうちゃんの説得は任せるわ、あなた」

「――っ!」




「……なにこれ」

「……なんですかこれ」


 多分、友達としては喜んあでげないといけないんだろうけれど、突然始まって突然終わった桃色の会話にナルさんと二人で顔を見合わせる。


 ドルチェさんはエアハルトの隣で砂糖を吐きそうな顔をしていた。


 私だったらこんな展開になったら恥ずかしくて逃げ出してしまいそうだ。

 そういう意味ではリンはしっかりしているなと思う。


「リンー、エアハルトー……その、なんていうかおめでとう?」

「あっ、ありがとう」

「ふふっ、カリスは優しいな〜」


 後ろを振り返りながらそんなことを言うリンの顔はほんのり赤くなっていた。


(リン、かわいいなー……あぁ、そうか)


 どうも忘れがちだけれど、私と同級生程度に見えるリンだが、私の倍ぐらい年上なんだったと改めて思う。


(でも……)


 私にはそんな甘い恋愛はまだまだ考えられないだろう。

 クリスわたしが学園で恋に走ってしまった結果、こう言うことになっているのだ。


 そう思うと恋愛はしばらく無いだろうと考える。


(でも案外、困っている時に颯爽と助けてくれたらコロッと惚れそうな気もする)



 私だってまだまだ多感な十五歳だ。あっちの世界だと高校一年生。


 こちらの世界では、結婚適齢期手前といったところだろう。貴族の女性は社交界デビューをし、有力な上位貴族の男性に群がり始める。

 生まれたときから許嫁で十五歳になると同時に結婚することもよくある話だ。


 一般的な市民でも十八歳ぐらいまでには結婚する人が多い。

 逆にセリアンスロープと呼ばれている人たちは長い寿命を持っていたり、見た目がほとんど変わらなかったりすることが多いため、いい人が居れば結婚するというぐらいの感覚だそうだ。


 何れにせよ、私も結婚してみたいかと聞かれても、今はまだ――少なくともしばらくの間は男女云々といった話はお腹いっぱいだ。


(今は……やっぱり私は、世界を見て回りたい)


 そんなことを考えながら、前方で桃色のオーラを吹き出している二人と、完全に蚊帳の外になっているドルチェさんの後ろ姿を眺める。


 ドルチェさんはエアハルトとは対照的に、猫のようになってしまっている背中に哀愁が漂っている。


 ドルチェさんとナルさんは、冒険者のように派手な髪型や髪色ではなく、普通の市民に居そうな髪色と髪型だった。教会の人間として動く時にこのほうが便利だからと言っていた。ふたりとも黒に染めているそうだ。

 装備品も駆け出しの冒険者にしか見えない見た目のものを装備している。


 そのため、冒険者とその後ろをついていく一般人のようにも見える。


「あっ、そうだナルさん」

「……なんですか?」


 隣を歩くナルさんを観察していたら、先程考えていた事を聞いてみようと思った。


「【治癒ヒール】って何回ぐらい使えるんですか?」

「それは満タン状態からってことですか?」

「はい」

「体調にもよりますが十回程度でしょうか」


 私はそんな回数を使わなければならないような場面に直面したことはないが、感覚的に使えるかと言われれば多分余裕で使えるだろう。


「その……ナルさんの魔力量って平均的な感じですか?」

「うーん、教会では多い方でしたね。でも司祭の方々には流石に勝てないです」


 限られた人しか使えない回復魔法。教会で学び、修行をして【治癒ヒール】をつかえるようになることが司祭以上の役職に着くことができると聞いた。


 その習得はそれなりのセンスが必要で、教会へ入り修行僧となっても、ほんの一握りの人しかつかえるようにならないとのことだ。


 そしてその消費魔力も、攻撃魔法の【火球ファイアボール】や【飛翔フライ】に比べるとやはり多いそうで、【治癒ヒール】を習得したてだと二〜三回使うのが限界だそうだ。


 そう思うと十回も連続でつかえるナルさんは優秀なのだろう。

 ……けれど。


(さっきの感覚からだと多分、百回ぐらいは余裕で使えそう……なんだけど私の魔力量どうなっているの……?)


 教会の同期たちの中でも魔力量が多い方だと言うナルさんの、十倍。

 やはり私の魔力量は、その辺の魔法使いや司祭のとは比べ物にならないらしい。


(……やっぱりあの練習が魔力量が増えた原因なのかなぁ)


 あの練習というのは森を出るまでの間にやっていたやつだ。

 魔力を全力で使い、空っぽにして吐きそうになってから眠って回復をバカみたいに繰り返していたことだ。


 今思えばあの時のわたしの精神状態は相当アレだった。

 そもそも魔法使いにとって魔力の枯渇は命の危険を意味する。

 この世界の人間やセリアンスロープには全員等しく魔力がある。


 魔力が多いか少ないか。外に出せるか出せないか。

 それが魔法使いか、そうではないかの違いなのだ。


 そして自分の魔力を外に出せてしまうのが魔法使い。

 その特性を生かし、すべての魔力を外に出すとどうなるのか?


(そんなの簡単だ。体内に貯めた魔力が枯渇すると次は生命力が魔力に変換されていく。だから「魔力が放出されなくなる=死ぬ」だけだ)



 だから一度魔力枯渇に陥ると生命力が魔力に変換され始める時に、気持ち悪くなったり意識が無くなったりする。


 私はそれを何度も何度も、一日数十回と繰り返してきた。


(……超回復って言うやつなのかな)


 このような訓練法をしている魔法使いはいないだろう。

 何しろ危険すぎる。


 そのため、私の魔力がやたらと多くなってしまっている理由について、理解できる人はいないだろう。


(聞かれても教えられないなぁ〜……)


 あのときは極限状態で必死に藻掻いていたからやってしまったのだ。

 正常な思考状態の時に態々やろうとは思えなかった。



 そんなことを話しているうちに、洞穴の端までたどり着いたのだった。

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