第16話-私はどうやって捕まった?

 結局、男三人が目を覚ましたのは日もすっかり傾いたころだった。


 今夜こそお風呂に入ると息巻いていたリンは、段々と不機嫌になり、耳の白いもふもふが大変なことになっていた。


(セリアンスロープの毛も感情に連動するんだなー)


 そんな現実逃避気味の考えをしながら、正座させられている男たちの顔をチラリと見る。


「それで〜? どうしてこんなことになっているのか説明をしてくれるよね〜?」

「えっと……スルツェイの街で直依頼を受けたんだ。脱獄犯を捕まえろって」


 直依頼とはギルドを通さずに依頼人から直接仕事を受けることだそうだ。

 違法ではないが何かあった時も保証してくれるものは誰もいない。

 危険が故に懐に入るお金が増えるので実戦的なパーティーには人気だと聞いた。


「で〜?」

「そ、それで脱獄犯が逃げたルートを推測してドルチェに先行させてたら、寝てるところを捕まえたと連絡があって……」


「で?」

「今に至りま――ごはぁっ!」


 リンの蹴りがエアハルトさんの顔面にめり込んで、後ろに吹っ飛んだ。


「直依頼で裏や真実も調べず、仲間に任せっきりで、か弱い女の子二人を寝ている隙に拐うとかバカなのっ!?」


 まくし立てるようなリンの怒声。

 前半は納得できるが後半には若干同意できない部分が含まれていた。


「り、リン」

「あっ〜。エアハルトごめん〜言い過ぎた〜」


 私の声にハッとしたリンがエアハルトさんの腕を掴んで、立ち上がらせる。

 ――そしてもう一度正座させた。



「で?」

「えっ?」


「続き」

「えっと、それだけだ……です」


「依頼人は〜?」

「ホド男爵家の――ぶはっ」


 今度はカカト落としだった。

 かなり丈夫そうに見えるエアハルトさんだったが、そろそろ可哀想に思えてきた。


「あのね? カリスちゃんはそのなんとか男爵家に嵌められて冤罪をかけられているのよ? わかる?」

「冤罪?」


「つまり〜あなたは知らなかったとはいえ、犯罪者の依頼を受けたわけ〜。それって、ライセンス剥奪じゃなくて〜実刑じゃなかったっけ?」


「「「――!?」」」


 目に見えて三人の顔色が悪くなる。


「あと、そっちのドルチェとかいう魔法使いさん~?」

「はっ、はい……」


「うちら眠らせて運ぶ間にぃ〜どこか触ったでしょ〜?」

「い、いえっ!」


「ちょっとだけ触ったよね〜? 今なら許してあげるから〜」

「は、はい……そのっ、耳が気になって……少しだ――ぐぼぁっっ」


(人ってあんなに飛ぶんだな〜)


 正座している人間の顔面に、いい感じに蹴りが入るとあんなに回転して飛ぶんだなと、私は一つ新しい知識を手に入れた。


「リンっ、私はもう大丈夫だからその辺で……話進まないし……」

「むぅ……わかった〜」


 リンは不承不承ふしょうぶしょうといった感じではあったが、私の隣にペタンと腰を下ろした。


「いてて……ナル、助かった」


 司祭のような格好をしたナルと呼ばれた男が、エアハルトさんとドルチェさんに回復魔法をかける。


「なぁ、リン……そっちのカリスさん? のことも詳しく聞かせてもらえないだろうか」

「そうね〜じゃあ落ち着いて、お互い情報交換しましょう〜」

「……」


 落ち着くのはリンのほうだよ。とは言えない。

 けれど、先日襲われて涙を流していたのも本当だし、今回は知り合いだったから余計に怒ったんだろうな。


 私はエアハルトさんに今までの経緯を話して聞かせる。

 リンにも話をしていなかった過去の学園での事件もまとめて全て話した。


 ◇◇◇


「ふーむ……」


 エアハルトさんたち三人は最後までちゃんと私の話を聞いてくれてた。


「あの…エアハルトさん?」

「あぁ、すまない。それと俺のことはエアハルトでいい」

「わ、わかりました。私のことはカリスと」


「カリス、一つ聞きたいんだが、捕まった時はどういう状況だったんだ?」

「え?」


「家に憲兵がきたとか、道を歩いているときに捕まったとか」

「…………え?」


 ――捕まった時の状況?

 私は必死にクリスの記憶を思い出す。


 学園に通っていた時の記憶はある程度だけれど思い出せる。

 家で両親や家政婦さんたちと仲良く話をしていることも思い出せる。


「……わからない……気がついたらあの監獄に居て……」

「となると、その辺りが鍵かもな」


「エアハルト、説明はもっと詳しく〜わかるように〜ね?」

「あっ、あぁ、つまり例えばの話、ガメイ令嬢が第二王女を殺害して手配されたとしよう」


「はい」


 話を始めるエアハルトさんの真面目な口調で、私の背筋も自然と伸びる。


「普通、まずは家や外出先に憲兵隊が向かって、監獄の建物がある取り調べ室で事情を聞かれるわけだ。その時間どこに居たとか、何をやっていたとか」


 ドラマや本とかでもよくある取り調べというやつだ。

 その辺りの流れはこの国でも似たようなものらしい。


「そして例えば、ガメイ令嬢が犯行を否定していた場合――。この国では裁判が行われる」

「つまり〜?」


「裁判はまず両者の言い分――この場合クリス令嬢の話した内容が正しいかどうか、全て調べて文章にし、証拠として提出される」


「それって当たり前じゃないの〜?」

「そうだ。当たり前だ。そして全て証拠を集め終わってから裁判が開かれて審議され、罪が確定するまでは大体三年、早くても二年はかかる」


「……ん? カリス今いくつ〜?」

「えっと……十五歳……」

「話してくれた、通学路襲撃事件のときは?」

「十四歳かな……」

「第二王女が殺されたっていう記事は二ヶ月ぐらい前だな」


「それっておかしくない〜?」

「だろ? 独房に入れられて取り調べが行われていた。仮に王女殺害という大事件の犯人だから特例という理由も考えられる」


「確かに一大事だもんね〜……」

「だが、取り調べのときは罪を否定していたにもかかわらず『どちらにせよ貴方は極刑になる』と言われ、独房にいる時に『処刑の日程が決まった』と言われたんだよな? それもおかしい」


 私はこの国ではこうなんだと思っていた。

 けれど、裁判という制度があるなら話は変わってくる。


「まるで殺されるのが決まっていて、それに妥当性のある罪を後からくっつけたみたいじゃないか」


「そもそも、だ」


 それまで黙っていたドルチェさんが横から口を挟む。


「死んだっていう記事は俺も読んだことがあるが、第二王女はどこでどうやって殺されたんだ?」

「さぁな……そこまでは聞いたことないな」


 ドルチェさんが肩をすくめエアハルトに答える。


「えっと、確か背中にナイフが刺さって堀に浮いていたとか」

「一人でか?」


「えっと男の子……公爵家の長男の……」

「二人で、そんな発見されやすい場所で死んでいたんだな」


「誰がそれを見つけたんだろうな」


 それだけ言うと、エアハルトは腕を組んだまま目を閉じる。

 そしてしばらく何かを考えていたかと思うと、スッと目を開けた。


「そのホド男爵家の長女は王女が殺された時。どこで何をしていたんだろうな?」


「え〜それってつまり〜……」

「わからん。ただの予想だ」


 また一つピースが嵌ったような気がする。

 第二王女が殺されて私が処刑されることになった。

 確かにそれ以外の事実が綺麗さっぱり切り取られたように解らない。


 いつ殺されて、どうやって私は捕まったのか。


 思い出そうとしても思い出せないのは、単純に私がクリスになっちゃった影響だと思っていた。

 けれど、なんらの方法で忘れさせられているのという可能性も出てきた。


 王女が死んでいるのを見つけたのは誰か?

 ホド男爵の長女は今どこにいるのか?


 ここに来てようやく、私が探すべき方向が定まった気がした。

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