第22話 ナイナの家

 王都から帰った翌日から霧が消え、空は晴れ渡り、久々の太陽にオトハは晴れやかな気分になっていた。

霧の中の旅や、バザー、王都の街並みは幻想的で美しかったが、やはり天気が良いのは気持ちが良かった。


 タマナはというと、今日はダラけると宣言し、朝から酒を飲みながらのんびりと過ごしている。

王都にいる間は仕事やオトハの護衛に気を張っていた為、その反動でちょっとした休暇を取ることに決めたのだ。


 村の人たちも多くはそうしているようで、ルスリプ全体がのんびりとした空気に包まれていた。


 先の一件でより強くなるために修練が必要だとシギズムンドやジーンは考えていた。

手も足も出ない敵というものに出会ったことのなかった彼らにとって、ギュンターとの一件はショックな出来事だった。


 これからもそういう依頼はまた受けることになるかもしれないし、その際に自分たちの実力のなさを理由に諦めたくないという気持ちが強かった。

これは恐らく村人の多くが同意するだろう。

そういう村なのだ。


 ところで、同じように自分の無力さを嘆いた人間はまだいた。

オトハは旅人に人質にされた一件も含めて、何もできない自分が如何に皆への迷惑となったか、と省察している。

そこで彼女は真剣にあの能力を使いこなせるようになりたいと願うようになっていた。

あの能力をコントロールできれば、1人で脱出もできたかもしれないし、或いはギュンターとは言わずとも、奴の部下相手に戦えたかもしれない。


 オトハは元の世界同様、人に従って、人の後ろで行動するしかなかったが、彼女はここにきて自らの自主性というものの仄かな芽生えを感じていた。

みんなの役に立ちたい、その為にせめて足を引っ張らない自分になりたい。

その為にあの能力が必要だ。

早速タマナに相談する。


「タマナ、あのね、私あの能力をコントロールできるようになりたい。」


「ああ?なんだってまた。シギズムンドが言ってたろ、命に関わる可能性があるってよ。使わないに越したことはないだろ。」


「あの能力、規模さえ間違わなければ命に関わるような負担にはならないはず。実際、ギュンターに拉致された時に使ってガラス片を出現させたけれど、体調には変化はなかったし。」


「は?使っただと!?おい、何やってるんだよ!大丈夫だったのか?」


「だ、大丈夫大丈夫!ほら、前にタマナが言ってたでしょ、体積によっては、って。小さいものだと疲労感も殆どなかったんだよ!」


「ならいいけどよ……。で、コントロールできるようにするって、具体的に何をすればできるようになるんだ?」


「え、うーん、それがわからなくて、タマナに相談させてもらってます……。」


「丸投げかよ!?まあそうだなぁ、シギズムンドが言っていたが魔法と同じような消耗をしているわけだろ?ってことは魔法と似たようなエネルギーの使い方をするわけだ、となるとコツなんかも似てくるんじゃないかな。」


「あ、なるほど!じゃあナイナさんに相談してみるとか?」


「悪かねえかもな、行ってみるか?あいつも今日は休んでるみたいだし、酒でも持って行けば快く話を聞いてくれるだろうよ。」


 そう言うとタマナはいそいそと出かける準備を始める。オトハも部屋着のままだったので、外出用の服に着替える。そういえば、この世界に来た時に着ていた服は洗濯はしたけれどあれから一度も着ていない、バザーでも沢山服を買ったし、すっかりこっちの住人のような服装をしている。ここに来てからまだ2週間ほどなのに、自分の適応能力の高さに笑ってしまう。村の人たちは異世界から来たオトハに良くしてくれるし、彼女は少しずつこの世界に愛着を覚えているのは事実だった。(本当に帰れなくてもいいかもしれない)なんて考えてしまう。


 自室から出るとタマナも準備を終えていた。あげたバレッタも着けてくれていて、オトハは嬉しくなった。


「お、出て来たな。じゃあ行くか。この酒、あんたが持っててくれ。」

「オッケー!ナイナさん、かっこいいよねえ。私もああいう服装似合ったらいいんだけれど。」

「着てみたら似合うんじゃねえのか?わかんねえけど。」

「何よ、適当な〜!」



 村の東側、村長の家よりも手前にナイナの家がある。

あまり大きくないが木造りの温かみのある家で、白く塗ったペンキが日の光を浴びてまぶしい。

タマナは扉をノックする。

シギズムンド相手にはノックもしなかったのになぁ、とオトハが思っていると、ナイナが扉を開けてくれる。


「あら、タマナ、オトハさん、いらっしゃい。」


「あ、あの、今日は魔法についてコツというか、色々教えてもらいたくて!」


「そうなの?今日は暇にしていたから丁度良いかもね、どうぞ上がって〜。」


「おう、街で買った酒も持って来たから飲もうぜ。」


「良いじゃない、日が高いうちから飲むお酒は楽しいわよね。」


 客間は大きな窓とその近くに装飾の美しい丸テーブルにスツールが4つ並び、背丈ほどある観葉植物が部屋の隅に置かれている。

ナイナはお酒を飲むならと、人数分のグラスといくつかの作り置きのつまみを並べてくれた。


「美味しそう〜!」


「乾杯。あ、このお酒良い香り。」


「うまい酒と肴でバザーの疲れを癒すとしようぜ。」


「そうね〜、色々あって大変だったものね〜。」


 各々皿に料理を乗せ、酒との組み合わせを楽しんでいる。

窓の外では子供達が遊んでおり、母親たちが立ち話をしているのが見える。

こういう日常の風景は自分の世界と似てるんだな、とオトハは思う。


「ところで魔法を教えてもらいたいってどんなお話かしら。オトハさん、魔法使いの資質はあるのだっけ?」


「あ、いえ、私は魔法使いの先天的な例の資質っていうのはないんですけれど、それとは別に変な能力が使えるんです。それがどんなものなのか自分でもよくわかってないんですけれど。ただ、シギズムンドさんの診断によると、それは魔法を使った時と同様の消耗の仕方をするとのことだったので、魔法を使うことと似ているのかもしれないかなと思って。」


「魔法のコツがその能力に応用できないか、ってことかしら。」


「そうです、そうです!」


「こいつの能力については俺にもよくわからねえんだが、一切の魔力が計測できないので魔法でないのは確かだ。最初に会った時は巨大な金属の壁を出して、この前は小さなガラス片を出したらしい。召喚系かもしれないな。」


 ナイナはグラスを置くと、テーブルに肘をついて顎を乗せ、オトハの話を静かに聞いていた。


「どんな風に使っているのか教えてくれる?」


「えっと、イメージするんです、なんかこう、強い意志みたいな感じで……。あの、それだけで……。うう、なんか自分がバカっぽく思えてくる……。」


「いえ、魔法もイメージは大事なのよ。基本的に魔法ってのは決められた手順、例えば詠唱だったり、調合だったりで決められた効果を得るものなんだけれど、それの効果量や規模、細やかなコントロールにはイメージがすごく大事。でも決められた手順を飛ばして現象だけを起こすってやっぱり魔法ではないのね。」


「うーん、私ワンチャン魔法使いなんじゃないかな、って思ってたんですがやっぱり違うんですね。」


「オトハちゃんには特殊身体的特徴がないものね。」


「ナイナさんもパッと見なさそうなのに、どんなものなんですか?」


「私の体は定期的に人の血を飲まないとダメなの。二週間に一回とかなんだけれど、飲まないと普通に死んじゃうわ。結構不便なのよ。」


「そういうのもあるんですね。猫耳とかもいるって聞いたもので、見た目で違うのかと。」


「そういう人もいっぱいいるわ。猫耳だったり、ツノが生えていたりとかね。そういう人は魔法使いであることがわかりやすいので、誇るように見せるわね。私は見た目が普通だからその分ちょっと損しているわ。猫耳の方が魔法使いであるという信用に繋がりやすくて客が付くもの。」


「へえ、魔法使い文化、面白いですね!」


「うーん、面白いのかしら?まあ、知らない人には特殊なものに映るかもね。」


「閑話休題。で、オトハはどうしてえんだ?」


「あ、うん。そうだな、イメージのコツみたいなの聞きたいかもしれない。」


「その前にオトハちゃんの能力ってやつ、見せてもらってもいいかしら?」


 オトハは様子を伺うようにタマナを見る。

やはり心配させているだろうし、試すべきなのか迷う。


「何俺を見てんだよ。その為に来たんだろ、やってみろよ。そのかわりちっちゃいものにしろよ!倒れられるのは困るしな。」


「うん、じゃあやってみます!!そうだな、刃物を出してみます。」


 そう言うとオトハは目を閉じ意識を集中するのだった。

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