第7話 ジーンの家

 オトハは自分がこれほどまでぐっすりと眠れたことに驚いた。


 彼女の心を病ませていたのは、彼女の親への気遣いと、彼女をかわいそうと思う周囲イメージとの自分の気持の乖離だった。


 人が自分に対して思い描く人物像は自分とは違うという居心地の悪さと、人々が思うように兄の死を悼む気持ちがわかない自分自身の薄情さを厭う気持ちとに挟まれて、彼女は心身ともに疲れ切り、眠れず、さりとてそれを恥と思う気持ちが強くなるにつれて、友人への相談もできなくなっていた。


 そういった袋小路にあって、オトハは自分の振る舞いをどうすべきかを見失い、自己同一性の薄弱と自責に苛まれていたのだ。


 ところが誰も知り合いのいないこの世界に迷い込んだことで、皮肉にも彼女はそういったしがらみから少なからず開放されていた。


 それ故、不案内な世界でどうやって生き、どうやって帰るのか、全く見当もつかない状態にも関わらず、どうにも少し心が軽くなっているのを感じて、彼女はクスリと笑ってしまう。


「こういう気持ちでいられるうちは、この世界で帰る方法を探すのも、耐えられそう。それに、タマナやジーンもいてくれる。」


 すると部屋の扉がノックされた。


「おーい、オトハ起きてっか?入ってもいいか?」


「あ、うん。起きてる。どうぞ。」


 タマナは水タバコをふかしながら部屋に入って来ると、外出用の着替えを置いてくれた。


「昔付き合ってた女の服だ。あんたくらいの背格好だったからサイズは合うと思うぜ。」


「む、昔の女?タマナは同性愛者だったの……?」


「いーや、俺は両方イケる。まあ男は美少年に限るけどな!まあそれはそうと、今日はちょっとあんたを連れて行きたいところがあるんで、飯食ったら準備してくれ。」


「え、うん。わかった。」


 用意してくれた服はちょっと民族風の動きやすいワンピースに手編みのカーディガン、靴はグラディエーターサンダルのようなもので、使い古されてはいるが革は柔らかく動きやすかった。

オトハはそれらに着替えるとダイニングへ向かった。


「おはよう。」


 とオトハが挨拶をすると、ジーンとタマナが挨拶を返してくれた。


 ジーンがオトハの服装に見とれていると、それに気付いた彼女は彼に話しかける。


「ジーン、来てたんだね。どう、似合う?」


「うん、すごく綺麗だと思う。俺、たまにここで朝ごはんを一緒に食べてるんだ。それに今日はオトハお姉さんのことも心配だったし。」


「優しいね、ジーンは。ありがとう。」


 そう言われるとジーンは赤面して顔をそむけてしまった。


「おうおう、ガキがいっちょ前に恥ずかしがっちゃってよ。まあ、いいからメシ食っちまおうぜ。」


「う、うるさいな!余計なお世話だ!」


 和気あいあいと朝食を終えると、オトハとジーンは食器洗いをし、タマナは少し準備をしてから家を出た。


「さて、今日はジーンのところに研ぎに出してた刃物類を受け取りに行ってから、シギズムンドのとこで話しをするぜ。」


「ジーンのお家?楽しみだな。」


「やべ、店の中、片付けてたっけかな……。」


 外は晴天で、春のような陽気と柔らかい風が吹いていた。


 タマナの家の周りには色々な植物や花が咲いており、綺麗に整えられている。

それらは家の裏まで続いていて、どれもが彼女の作る薬草や香料、タバコや調味料の材料であるらしい。


 屋根を見ると恐らく季節の花だろうか、茅葺き風の屋根に色とりどりと咲き誇っておりとても風流だ。


 タマナの家と村へは少しだけ距離があり、緩やかな下り坂になっている。


 10分ほど道を下ると集落になっておりジーンの家はすぐ手前にあった。

彼の家は鍛冶屋兼細工屋で、父親が一人で切り盛りしている。

店に入るとジーンが元気に父親を呼ぶ。


「おーい、親父!客だぜ!タマナだけどな!」


 すると奥から長身で多少細身だが筋肉質な無精髭の男が出てきた。


「はいよ、いらっしゃいタマナさん。頼まれてた刃物類だよな、研ぎ終わってるぜ。おや、そちらのお嬢さん、目が覚めたのかい?」


「あ、はい!あの、オトハです。えっと……。」


「俺はデレクって言うんだ。よろしくオトハさん。」


「よろしくお願いします、デレクさん。」


「デレクは気を失ったあんたを俺の家まで運んでくれたんだぜ。」


「え、ごめんなさい!重かったでしょう!あ、いや、ありがとうですね!ゲロまみれで臭かったでしょう。ひえ〜、恥ずかしいやら申し訳ないやら。」


「ガッハッハッハッハ、気にしないでくだせえ、ジーンの奴が必死になって助けを求めたんで、ただ事じゃないと思ってたけれど、大事なくて良かった。俺もこいつがこんなに俺を頼るなんて珍しいからつい張り切っちまった。こいつは一人っ子だし母親も早くに無くしちまったから、男手一つで必死こいて育ててたんですがね、こいつもこいつでそれを察してかしっかりしてて、手のかからねえ子に育っちまった。それが誇らしくもあり、ちょっと寂しくもあったんで、こう言う風に頼られるとつい嬉しくなっちまう。」


「お母さん、亡くなられてるんですね……。」


「気にしなくていいよ、俺も親父も平気だからさ。」


 そう言うジーンは確かに毅然としており、母親の不在を克服しているようである。

幼いながらも彼なりに考え、悩んで結論を出したのだろう。

彼のしっかりとした態度にはなるべく人に頼らず、自分の力でやっていこうと言う意思が感じられた。


「まあ、息子も初恋みたいなんで、ガキンチョですが仲良くしてやってくだせえ。」


「んな!?親父までそんなこと言いやがって!どいつもこいつもからってやがるな!」


「ぜひ仲良くさせて下さい!私もジーンと話していると、弟ができたみたいで嬉しいんです。」


「あー、こりゃおめえ、脈はねえな。息子よ。頑張れ。」


「余計なお世話だよクソ親父!」

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