第49話 偽装

 ホテルの支柱爆破により、閉鎖ホールに歪みができていた。そのため、開けられる場所は一ヶ所のみに限られた。


 フルダイブには、砂ぼこりで咳き込むほどの一体感があった。もちろん実際に埃を吸い込んでいる訳ではないにせよ。


 ボイスチェンジャーで造られた音声が自分の口元から吐き出されることにも違和感はない。自らが発している感覚だ。次は、もっと低い渋めの声に変えてもいい。


 このモニター回線は刑務所に繋がっておりリアルタイムで佐竹へ送られる。音声が同時に目の前にいる連中にも聞こえてしまうのが難点だった。


《チェックメイトだ、佐竹。見えるだろう? 貴様の孫娘が》


 中央ホールに立っているのは西野晴香。その両脇にいるのは清田の息子と茶髪のガキだ。ガウリイルは外套を捲りあげて磨かれた拷問具を取り出した。


「……!」


 晴香を庇うように前にたった若造は、唖然としていた。二メートル近くあるガウリイルが、ガチャガチャと歩み寄って来ては、恐怖で何も話せなくなるのも無理はない。


《さあ、伝馬式ルートを渡せ!!》


「ひっ、ひいいいっ。し、知りません」


 清田の息子は女のように、悲鳴をあげた。顔は人間に近いアンドロイドだが、あくまで近いというだけで決して人間ではない。表情、動き、たたずまい。


 何もかもが微妙に人と違う。その僅かな歪みが、見るものに不快な恐怖感を植え付ける。強く、唐突に沸き起こる気味の悪い感情、トラウマ。


 ガウリイルを見たものは不気味な違和感に魅了され、一歩も動くことが出来なくなる。清田の息子はふらふらと前にでて頭から地面に倒れた。


 慌てふためく茶髪のガキをデータ照合する。空間に映されたディスプレイに緑色の字が浮かぶ。中学二年生、名前は桐畑崇士。


「なっ、何をしやがった!」


《ハハハ、ただの毒針だよ。桐畑崇士くん》


 両腕を広げ、晴香を守ろうと必死に前に出た。だが、既に何かを撃ち込まれた体はいうことをきかない。


「や、やめ……ろ」


 腕や脚に、数本の針が刺さっている。運が悪ければアナフィラキシーショックでとっくに死んでいる状態だ。


「……っく」


 ガウリイルは一本しかない長い腕を自分の耳元にあてる仕草をした。ぼそぼそと話す佐竹勇武の音声が聞こえる。


《そうか……そうか……なるほど。西野晴香の指紋と……網膜データと……そうか、よし。わかった》


「ど、どうし……て」崇士はバッタリと前に倒れた。空を掴むような無駄な動きをしながら意識を失っていた。


《ククク。いま、佐竹が全て吐いたよ。伝馬ルートがついに我が手に落ちた!》


 ガウリイルの手が伸びた。怯え、固まってしまっている西野晴香の細い腕を掴んだ。彼女と二人きりの生活を想像するのは最高だった。


《やはり、鍵はお前だったね、晴香。さあ、もう怖がることはない。全て終わったのだ》


『……それはどうですかね』


 二人きりだ。いや、待てよ。高橋はどうした。それにもう一匹、少女の姿をしたアンドロイドがいたはずだ。


 今のは晴香の声か。冷たく無機質な音声案内のような口調だった。


《だっ、誰だ貴様!》


 ガウリイルはすかさず晴香を引っ張りあげ、その場に浮かすと、電磁ナイフを抜き出した。

スリーディー変装プログラムか……こいつの正体は晴香ではない。


 長年に渡って彼女をストーキングしてきた冨岡は、その僅かな違和感を見逃さなかった。


 ナイフは躊躇なく西野晴香を斬り付けた。菱形に分離した軽量プラスチックが粉々になって流血したように飛び散った。


《なっ……なんだ、こいつは》


 それは一瞬の出来事だった。冨岡は広がる砂嵐の中に包まれた感覚を味わった。暗闇とノイズが交互に明滅し、頭が割れそうな感覚だった。


         ※


「くそっ……っ、何なんだ。今のは」


 残骸と化した西野晴香を見下ろし、冨岡は膝をたてて立ち上がった。喉元を擦りながら、悪態をつく。


 ジョブズ気取りの白いティーシャツとスニーカーの姿で閑散としたホールを見渡す。静かで心地よい自分だけの空間が広がっている。


 コンシェルジュ型アンドロイドの残骸もない。西野晴香も、ガキも、高橋も小倉も誰もいない。こなごなで頭だけになった少女型のアンドロイドだけが、足元に転がっている。


「ま……まさか、仮想現実バーチャルリアリティ?」


『ええ、その通りです。ここはノースラシア大陸、剣と魔法の世界です』


「嘘だ! 何で……」


 転がっている顔から、聞こえてくる言葉ではなかった。直接あたまに語りかけてくるのは、つまり仮想現実である明らかな証拠だ。


『貴方は、外部よりハッキングされたのです。今見ている世界はプログラムが見せている世界にすぎません』


「ど、どうやったんだ!?」


『ガウリイルが伝馬式ネットワークの情報を手に入れたとき、まったく同じ情報を他のハッカーも手にしました。セキュリティをこじ開けることは簡単です』


「無理だ。直接的にデバイスを操作しない限り、どんな優れたハッカーだろうが……」


 冨岡は思考を巡らせた。ガウリイルを発進させる時、地下モニター室を僅かな時間だけ開いた。ほんの数分だけだ。その通路から、進入した者がいるだろうか。


 不可能なことだ。脳筋馬鹿清田が高校生を殴り付けている最中だったはず。その後、彼が瞬殺されない限り、そんな芸当が出来る訳がない。このホテルの通路は、このホールを含めすべて閉じてある。


「なるほど。その時、俺はガウリイルとシンクロした仮想世界に居たが、貴様は現実世界にいた。一歩前にいたお前は俺を、仮想現実に閉じ込めたと云うわけか?」


『ご察しの通りです』


「ははは、どうすれば出られるかは知っているぞ。ガウリイルは私が作ったんだからな。ガウリイル、インターフェースオフだ!」


『……無駄です』


「ガウリイル! インターフェースオフ!!」


「無駄だと言ってるだろ」


「……!」


 黒服を着た男が腕を組んでこちらを見ている。頭上には名前キリタ。レベル二十二と表示されている。


『条件をクリアしない限りログアウトは出来ません。ゲームクリア推奨レベルは四十五です』


 黒服、黒髪の若造は両肩をあげて、黙り込んでいる。いつの間に、そこにいたのかは知らないが、じっと腕組みしたまま座っている。


「意味が分からん。貴様は何者だ、いや、外部からのハッカーというヤツだな」


「……さあな。パスワードが変更されたから、強制ログアウトは出来ない。ゲームをクリアしたらエンドクレジットにパスワードが出てくるらしい」


「はあ!? な、何でゲームの世界なんだ」


「知るかよ。あんたがハッキングされたせいで、こうなったんだぞ」


「僕の……」


 また冷ややかで機械的な音声が脳内に響く。それと同時に目の前にショボい武具が突然、姿を現した。


『では、そのタマネギ兵士の装備を着けてサースタントの部隊へ援軍に向かってください』


「馬鹿馬鹿しい。ボクが、こんな安っぽいコスプレ装備を着ると思うか?」


「……怪我したら、普通に痛みを感じるぜ。しかもレベルがマイナスになるから、お薦めしない。俺で実証済みだ。さっきまでレベル二十五だった」


「ク、クリアするって? ゲームをか」


「ああ、ゴブリンの坑道を抜けてヴェルファーレ峠でヴィネイス軍ロスタフ連隊長の進行を食い止めて氷城の姫ローズを助けてから棟で悪魔に魅了されたノアを倒せばいいんだ。途中の遺跡でエレメントリングを五つ集める必要はあるけど、簡単だろ? ネタバレするとノアはローズの本当の父親じゃない」


「……悪いが、言ってる意味が分からない」


「知らないのかよ。バトルアートオンラインだ。超美麗で現実と変わらないグラフィックだと話題沸騰のオンラインゲームだ」


「ほお、貴様が何者かは知らないが、僕と同じ状況に置かれているようだな。僕を閉じ込めるために、自分まで仮想現実に置き去りになった。違うか?」


「……名推理、おつかれさん」


 冨岡はルシエルが自律型アンドロイドとは知らないようだ。ガウリイルと同じようなフルダイブ型のRWSだと思っている。


 この姿は現実世界の桐畑悟士を少しだけハンサムにしてはいるが、清田を追っていた高校生と同一人物だとは気付いていないようだ。


 キリタという人間が同じ条件で、この仮想世界にいると思ったようだ。キリタは、振り向くと笑いをこらえて頬を押さえた。


 

 痛みのない仮想世界に嘘はつきものだ。



     

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