第47話 新生ガウリイル

「………ブッ」


 ボタボタと鼻血が吹き出して、清田の高級そうなシャツが血に染まった。アドレナリンのせい、いや、大した痛みはないはずだが、大量の血に彼は動揺していた。


「ひゃああ……や、やはり! こっ、殺し屋のミシエルか」


 んなわきゃないだろ。高校生だぞ、と思いながらもキャラぶれのほうが気になった。


「ひーっひっひ。だから勝ち目はないと言ってるだろうが、素人が! その皮を切り刻んで豚の餌にしてやるぜぇ」


 俺の未完成なキャラに狼狽える清田が愛おしくなってきた。この感情は、何だろうか。分かりたくないもないが。


「ブ、っブタっ!!」


 すぐさま昨日拾った警棒型のスタンガンを撃ち込んだ。バチンとだけ音がして、清田の巨体が崩れ落ちた。


 焦げた匂いがして唇の両はじには白い泡がついていた。死んでないか不安になり、すぐに首筋から脈をとる。

 

 ほっとして意外に勝てるものだとほくそ笑んだとき、俺の後ろに汗だくの河本ブタが立っているのに気付いた。


「はぁ……はぁ……」


「鳥むね肉だな」


「はぁ……はあ? どういう意味」


「皮肉だな、と同じ意味だ。近代的な肉弾戦は単純かつ効率的で味気ない。戦闘シーンがタンパク、この栄養素は逆に筋肉づくりに向いているという皮肉だ。肉でタンパクで味気ないので鳥むね肉だな、という皮肉を皮肉った決めゼリフだ。説明させんな」


「長いわりに、どうでもいい内容だね。君にも医者が必要かと思ったよ」


「うるさいわ。まさか、清田が動揺していたのはお前のおかげか? また助けられたのか」


「たぶん、僕に変装したタ-ミーに追われていたんじゃないかな。本人と入れ替わったとは思わなかったんだろう。でも桐畑が一人で倒したんだから、驚いたよ。それは誇ってもいい」


「ああ、俺も誇りに思ってる。俺を」


「……うん。そんなことより、聞いてくれ。そこで地下に行く階段を見つけたんだ」


        ※



 玄関ホールは瓦礫の山と化していた。


 正面に捉えたマンティスをサーチ。マガジンにはエンプティの表示、頼みの電動カッターは見る影もなくひんまがっている。


 ガウリイルの稼働音に反応し振り向くフルフェイスのライダーは無防備に見えた。黒革のレーシングスーツ姿で、武器は所持していない。


『哀れなガラクタをダストシュートに葬るとしよう。失礼、リサイクルゴミだったかな?』


 柱の影に立つフルフェイスの男は、顎の位置にあるマイクから変形バイクに語りかけた。


「やっと本命の登場か……ミシエル、ヘル・ハウンドフォームだ」


 タイヤとシートは外され、両脇にすっ飛んでいった。この惨劇がなければ爆笑の変形シーンなわけだが、笑っていられないのが残念だと篤士は思う。


 鋼鉄で出来たシルバーの犬が現れる。ブルドッグのような不恰好で丸みを帯びた形状だ。


『ふん。このガウリイルに対するはその可愛らしい犬コロというわけか』


 昨晩倒したはずの長身の女型アンドロイドを見上げる。黒い外套に隠れた白い顔が薄光を放っているようにくっきりと見える。


「行け! ハウンド。そいつの弱点は、切り返しのきかないボディだ」


 鋼鉄製のハウンドは、勢いよくジグザグに飛んだ。サッカーのフェイントのように瓦礫を避け、ガウリイルの側面から背後を取ろうと駆け抜ける。


『バカめ、この新型は取り回しの悪さを克服しているわ。同じアンドロイドとは思わぬことだ』


 リモート操縦なら微妙なタイムラグもあろうが、人体と完全に同化したガウリイルに死角はない。


 RWSは後部からの攻撃や不意討ちに弱かったが、これはもはや操縦という感覚ではない。もはや強化された自分の体で、この場所にいる感覚。これこそが本物のバーチャルリアリティーだ。


『すごくいいぞ』


 脳からの直接的なアプローチ。人体の反射速度を取り込む工程により、安定した切り返しと重心移動が可能となっている。


 フルダイブでは、間合いが取りやすいのも思わぬメリットとなる。スレスレでハウンドの牙をかわし、クルリとまわる。


『ハハハ! 何と身軽なことよ。いいぞ、このボディ、すごくいいぞ』


 排気音を唸らせたハウンドの動きが止まる。鋭い牙にコンクリートの塊と引きちぎられた黒い外套の切れ端を咥えている。


 一瞬で分からなかったが牙を伸ばして食らい付いたのだろうか。どちらにせよ、電動カッターと比べれば恐れるに足らん。


『どうした? バカ犬』


 口元のコンクリートが粉々に砕け散った。牙の奥で何かがウネウネと蠕動ぜんどうしている。粉砕された石クズが犬の背後から吹き出しているようだ。


 もし人体ならば粉砕されてミンチになった肉片が犬の糞になって背面から飛び散る仕掛けのようだ。


 フルダイブの臨場感がリアルな恐怖を感じさせる。まるで生身の自分が、地獄の狂犬と対峙しているような。


 冨岡は想像した。あの犬コロが人間に襲いかかったとしたら、骨や内臓を撒き散らし辺り一面が血の海に染まるだろうことを。


 急に鳥肌と吐き気が襲ってくる。睡眠薬や拘束具、拷問具を完備したこのガウリイルとは違い、ただ単純に殺人に特化した機械。


『くっ……狂ってる、まさに殺戮マシーンだ。こんな胸糞悪いものを夢いっぱいのテンションで語る人間の気が知れない』


 ガウリイルは跳躍し距離をとった。バージョンアップして世界最新の機動力と破壊力を自負していながら、気後れした。


 ゴトンという音がして、何かが落ちた。視覚に頼りすぎて、何かにぶつかったようだ。


『ワイヤートラップ!?』


 対アンドロイド用の超音波電磁ワイヤーが張られている。その凄まじい切れ味は、後退したガウリイルの左腕をまるでバターを切るように削ぎ落としていた。


『なに!? くそおおおっ!』


 今度身を引いたのはフルフェイスのライダーの方だった。ガウリイルの胸からマシンガンが乱射され、柱が倒されていく。


 薬莢とコンクリートが飛び散るなかを、身を屈めながら走り抜けて行くライダーに瓦礫が舞い落ちる。


『死ねっ、死ねっ、死ねぇ、この変態!』


 連続して起こる爆発音。実際に冨岡自身がこの場所に居るわけではない。そう錯覚させるほどの技術ではあるが、現実は違う。


 だからこそ出来る自棄糞やけくそにも近い戦術。乱射、乱射、乱射、更に爆破。


 玄関ホールでの銃撃戦は想定していた。柱や像が遮蔽物になることを考え爆薬を仕掛けてあったのだ。


 四体の像が順に破砕され、瓦礫がライダーを生き埋めにしていった。粉塵が舞い散り視界が遮られ、部屋は暗く見えた。


 ホールは静まりかえっていた。音はなく、気配もない。ガウリイルはあらゆるサーチ機能を使い、周囲を見まわす。


『勝ったか!』


「…………」

 

 周囲には超音波電磁ワイヤーが張りめぐらされ、背後にはハウンドが牙を剥いたまま機能を停止していた。


 恐怖に駆られ冷静さを失い、自爆覚悟の支柱爆破をした。だが、この判断は正しかった。


 ガウリイルはハウンドを掴みあげ、残りの腕と体を使い器用に首をねじきった。ガキンと音がして鉄屑が左右にこぼれ落ちた。


『……勝った』


 冨岡は、地味にそう言った。誰も見ていない勝利に、高笑いするのも無駄な気がした。勝つには勝ったが、かなりの反則だったのは自分が一番知っていた。


 酷く冷静な自分がいた。まずは超音波電磁ワイヤーの除去作業や腕の回収がある。それから佐竹の伝馬式ルートを手にし、晴香を我がものにする計画は、まだ何も始まってすらいない。


『まあいい……楽しむさ』


 出来ることを一つずつ片付けていこう。この規模でのアンドロイド同士の戦闘は人類史上、初に違いない。少し位、夢中になっても不思議じゃない。むしろ笑える。


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