第37話 不良とオタク

 河本は俺が寝ているとき、少しだが会話を試みたようだ。まずは、俺を起こして欲しかったが。彼も薬品を嗅がされそうになったが、無抵抗を武器に彼なりのバトルを繰り広げていたらしい。


 自分は無害であり、互いの意見の食い違いを正当化するには必要な存在だと主張したのだ。三人とも気を失えば拉致になるが、自分が無事でいれば暴力行為は無かったと証明できる。


 詭弁を振るい危険を免れるテクニックは長年の虐めから培われた河本の悲壮感漂う特殊能力である。


「女の中身は男だったよ」


「はあ?」


「ネカマってやつ。あのアンドロイドを操作してるやつはオタクのおっさんで、清田と主従関係はない感じだった。アンドロイドと対等に会話するやつはいない。あ、僕らとルシエルは別にしてね……」


「自律型じゃないなら、RWS《リモートウェポンシステム》を使った軍事ロボットってことか?」


「そうだね。仕事仲間っていうのは本当で、その仕事というのは相当ヤバい内容に違いない」


「ブレーキで、あの女だけ前のめりにならなかったもんな。重量は百キロってところか。人を見る目はないくせに、よく気が付いたな」


「まあ、ネカマ経験者だから……って、いいだろ。それよりほら、携帯を使いなよ。僕からルシエルに自分に変装しろなんて言いたくない」


「信じられないっ。外見を偽るネカマのくせに、ルシエルの外見が男になるのに抵抗があるのか」


「……うるさいなぁ」


 清田の車に乗っているのは変装したルシエル・ターミーである。当然、薬品を検知したルシエルは気絶したふりをして、俺達二人の間で大人しく寝たふりをしていただけである。

 

 何か危害を受けた場合にすぐ対応出来るよう待機していたのだ。


 パニックになった西野さんを清田に会わせる気はなかった。崇士を残し、俺達は清田の車に向かったのだ。西野ターミーが危険な状況にあることに変わりはないが、遠隔指令で河本に変装させれば危害を加えられる可能性も低いであろう。 


 俺達はターミーに指示をだし待つことにした。


「深夜のピクニックに来たわけじゃないが、あちらのベンチでツナサンドを食うか」


「賛成」


 背後に人影を感じた。スニーカーにスポーツテイストの強いファッションの二人組が歩み寄る。一人は本物のスポーツマン、一方はアンダーグラウンド出身のラッパーに見えるスタイルだ。


「偶然会ったとは思えないな、坂本と中田。西野晴香を追って来たのか?」


「ああ、たった今見失ったがな」坂本が言う。

「お前らに、まんまと騙されたぜ」


「――はあ?」


「お前らが車から出るのを見て、追いかけちまった。まさか罠だったとはな!」


 坂本がいきなりこぶしを振りあげる。体格のいいスポーツ選手は大抵、モーションがでかいので避け専の俺にとっては相性がいい。


 体格を利用して掴みに来ないのも好感が持てる。


 左手を弾きながら、対角線に重心をずらし大きい振りの右を待つ。ストレートが来て逆方向に避けると坂本と俺は背中合わせの格好になった。


 踵を使って膝裏を蹴りあげると、バランスを崩したところを羽交い締めにする。


「くそっ! 何でだよ」


 坂本は一瞬のうちに両膝をつき、後ろ手を捕まれた状態になった。


「バカめが! 羞恥心は人一倍あるが恐怖心は無いといわれる、この俺様だぞ」


 一連の流れでは、この後はドエスの篤兄が顔面や肝臓を殴り付けて精神的な嫌がらせをするシーンだが、相棒は河本しかいない。俺はあたりを見回した。


 ツナサンドと缶コーヒーが左右に散らばっている。植え込みから生えている木が不自然にブイの字を描いているので、二度見した。


 河本の足だと気付いた時には遅かった。背後から中田に強烈な一撃を食らった。


 これ以上気を失うと、そういうキャラ付けをされていまいそうだという恐怖が俺に勇気を与えた。気力を振り絞り、俺は何とか耐えた。


「おいっ、やり過ぎじゃないか? あっちの……」


 所々、気を失っていたかも知れないが、それは気のせいだと思う。多少意識が飛んでいても、与えられた情報を分析すれば、問題に対処できるはずだ。



「本物の西野晴香じゃないっ」


 河本が尋問されているようだ。


「彼女は、西の風にいるんだ」


 西野晴香のストーカー。そして危険なアンドロイドと共に突然現れた父親。


 その狭間にいる坂本と中田。


 大丈夫、俺は気を失っていないと自分に言い聞かせる。


「……」 


「なんだと? 今何て言った」


「……」


 無抵抗な河本が、西野さんに頼まれて清田と同行したことを説明したようだ。自分達が崇士からストーカーの話を聞きつけ、ルシエルと共に協力していた件も含めて。


 河本は俺のピンチには何故か役に立つ男だ。今回もスカイウォーカーの家系を助けるハンソロ役に見えた。顔はウーキーだが。


 狂犬、中田雅彦が河本の話を冷静に聞く姿は不思議としか言い表せない。どうゆう経緯なのか、少ない情報から計算できない事象により、河本は中田を手なずけていた。


「ふふふ……四人分あるから食べなよ」


「………」


 餌付けしているようだ。狂犬は犬だけに忠誠心をくすぐるとなつくのだろうか。同じウーキー族だから年長者を敬うのであろうか。


 あるいは本当に不細工なだけで、河本はハンソロ的なイケメンの魂を持っていたのか。


 どれくらい――たっただろうか……。



「うっ……ぐすっ。俺さ」中田は泣きながら話していた。


「学校に仲間が沢山いたんだよ、はじめは。だけどバイクで事故ったとき、お見舞いに誰も来てくれなかったんだよ。一ヶ月して学校行ったらさ、うっ……くっ……」


「分かるよ。その日は誰も話しかけて来なかったんだね」


「こ、河本さん。なんで分かるんすか?」


「まあ、ボクの場合はバイクで事故る前から誰とも話さない日があったからね。事故ってないけど」


「すげえっす、半端ねぇっす。俺はその頃から自分が透明人間で、誰からも必要とされてないって考えるようになっちまったんす」


「……ボクにはよく見えてる。君がさっきメガネを割らないで殴ってくれたから」


「ぐすっ、強いんすね」


「そう、っかな。でもよく言われるよ。どういうメンタルしてるんだ? って。人生はよく旅に例えられるけど、学生時代はほんの一時だと思うんだ。みんなでワイワイ旅をしたいって人もいるけど、別に決まりなんてない。どっちの旅がいいって分けじゃないけど、ずっと最後までワイワイなんてのは、どうせ無いんだ。人間はみんな一人だからね」 


「深いっす。感激っす」


「ボクは不細工で友達も少ないけど、いつか自分のことを好きだって思ってくれる人が現れたら、その娘がどんな不細工だとしても、綺麗だよって言ってあげるんだ」


「おおおっ、カッケーっす。なんか俺、涙が出てきました」

 

 ――不細工な彼女? 言ってあげる? なんて上から目線だ。偉そうなことを言うようになったな。さっきから聞いてりゃ、何の慰めにもならないことばかり言いやがって。


 ハンソロ気取りも大概にしろよ。確かに昔から河本という男は優等生に嫌われる傾向が強かった。


 漫画やアニメのように不良やヤンキーに虐められていれば、誰かしら味方につく人間もいたかもしれない。


 だが、現実は不条理である。正義感溢れる好青年や信頼感溢れる真面目な生徒会長や教師から、河本は普通に嫌われ、イジメられてきたのだ。


 不条理を知った者同士、気が合うのだろうか。


 だとしたら――俺も同類!?


 そう思った矢先に冷たいタオルが俺の頬に触れた。俺はいつからか、ベンチに横になって坂本の膝枕に寝ていた。お前、何してくれてるの? ホモなの?


「お、起きたか」


 空が灰色に白ずんでいた。もう日の出の時間らしい。


「ああ、最悪の気分だ」


「すまなかった。色々、誤解があったらしくて」


 誤解されるようなことをする前に、少しは考えて行動出来ないのか……とは言わなかった。俺がいちいち思いのままを口に出していたら人類の大半は敵にまわすことになる。


 そもそも坂本は、まわりに合わせるようなタイプじゃない。我が道を我れ行くタイプ。


 そうやって生きていく人間は沢山いて、ちゃんと自分にあった仕事に就くのだ。年配から信頼され、社長や上司に可愛がられる。気の強い嫁さんをもらって小言を言われるが、何だかんだで毎日のように酒を飲みに行くんだ。


 お前みたいなタイプ(リア充)は大嫌いだが、それは置いておこう。


「これくらいで済んで良かったことにしよう」


 まさか本物のマヌケが四人になるとは思わなかった。俺はベンチから起き上がり、頭に出来たコブを撫でた。


「……いっ痛、いたた」


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