第9話 静岡県

 国道一号線では、バイクを並べたヤンキー達が、たむろしていた。大柄で痩せた男の名は、松本と言ったが、周りからはプロの殺し屋〝ミシエル〟と呼ばれていた。


 女のようなあだ名ではあるが、頬のこけた眼光の鋭い男だった。彼が貧乏ゆすりをしてタバコを踏み消すと、鉄パイプを振り下ろして言った。


「おい、いつまで待たすんだ?」


「コースを外れたらしい。読まれてるんじゃねぇか?」


 ライダースジャケットに囲まれた駐車場に一台、黒塗りの高級車が止めてある。その場違いな車内にはサングラスをかけた老人がじっと座っていた。 


 となりに座っているのは顔中に傷をおった中田雅彦だった。これ以上は殴らないでくれという恐怖にとりつかれた表情。


「ぐすっ……なんで、来ねぇんだよ」


 老人はサングラスをとり、車の窓から指を出した。ミシエルがウィンドウごしに耳を近づけると、静かに言った。


「やむをえない。桐畑のアンドロイドを破壊したものに賞金、三百万払うと伝えろ。他のチームや、地元の暴力団、賄賂を受け取る警察にも連絡をいれろ」


「了解しました。そいつは、どうします? もう用済みですか」


 喉を撫でて、困ったという仕草をした。じっと中田を見て言った。


「桐畑の息子を脅すのに使えると思ったんだが、お前の顔も見飽きたよ」


「……き、桐畑の三男は、俺の舎弟みたいなもんです。兄貴のほうに不意打ちされなきゃ、上手くいったんですよ。もう一度だけ、もう一度だけチャンスをください」

 

「……さあて」


 老人の名は、佐竹勇武。

 桐畑恭介と、同じ研究室にいたのは十年以上前だった。佐竹は桐畑の研究に多大な貢献をしたにも関わらず、研究室を追われることになった。


「桐畑恭介か。わたしは犯罪、戦争、人間に害を与える科学者だと言われたよ。そして、ありもしないサイコパス診断をでっちあげられ、追放された。やつこそ最も危険な人物だと、政府機関の連中は分からないのだ」


 ひとりはエネルギー工学の第一人者に。そして、もうひとりはスティグマと呼ばれる組織のボスになった。


 スティグマは人間を理想的に支配するという名目のもとに、エネルギー工学を利用し、メスの流通を図ってきた。ロボット、ドローンを使って市場を拡大してきたのだ。


 伝馬式と呼ばれる、エネルギーと情報を循環して廻すシステムは、メスの流通に最適と言えた。佐竹の作ったチップにより、まったく証拠を残さない流通網が生まれたのだ。


 ――このシステムにまったく反する不可解な動きをするアンドロイドが一体、現れる。ターミナルポーター、信号変換装置を完備したポーター型アンドロイドがプログラムを盗んでる可能性は否めない。それが桐畑製だというのなら。


「飛脚と、伝馬を知っているか?」


「ひ、飛脚って、江戸と京都を手紙もって走ってた人ですか?」


 佐竹はうなずいて言った。


「普通は、関所や宿場に馬や人を用意しておってな。ひとりの人間がぶっ通しで走るなんてことは考えられない。目的があるはずだ……必ず」


「あ、ああ。桐畑の末っ子は、何かデータを取りたいとか言っていました。財産を独占して奪うとか、莫大な金が絡んでいるとか言っていた」 


「ふん! わしの流通網を、暴くつもりだ……あの男なら、やるはずだ。お前の情報に免じて命だけは、助けてやる。警察に自首して――そうだな、いろいろ聞かれるかもしれないが、少しじらしてから、こう言うんだ」


 老人の杖を握る手をブルブルと震えていた。


「桐畑のアンドロイドにやられたと。身内を守るためには平気で他人に暴行を働く危険なものだと」



         ※

   

 


 三嶋大社の広い境内には、沢山の屋台が並んでいた。混雑した人ごみを避けてベンチを見つけると、俺達はへたり込むように座った。


 午後の灰色の日差しに陽気な観光客を見ているだけで、疲労が溜まる気がした。


 春休みに入った河本が飲み物とたこ焼きを買ってきて差し出した。河本にとっては暇を持て余している春休みに、小旅行が出来て良かったようだ。


「ありがとう、河本。こんな所まで来てくれて助かるよ。遠かっただろ」


「新幹線だと東京から静岡は一時間だからね。失礼ながら遠いって感覚は無いよ、桐畑と違って。それより旅が順調そうで良かった」


「少しくらい、ターミーと一緒に歩かないか? 結構いい気分だし、桜も咲いてる」


「旅行に誘ってくれているなら嬉しいけど、辞退するよ。少しって言いながら何時間も歩くんだろ。僕が長距離歩行に適した体型をしているように見えるかい」


「スピードも筋力もないから短距離には向いていない。燃やす脂質が多い分だけ長距離には向いていると思うぞ。というか散歩も嫌なのか?」


「散歩は好きだよ。夜な夜な宛もなくノースラシア大陸を歩いてる」


「バーチャルは散歩じゃない」


「外は危険だし、細菌がいっぱいだから」



 宝物館の方から長男と背の高い女性が歩いてくる。弟はいち早くそれに気付いて指をさした。


「あの人は誰かな。あつ兄の彼女?」


 兄貴がベンチに連れてきたのは、毛皮のストールを巻いた茶髪の女性だった。高いヒールにぴったりとしたタイトスカートは明るいブルーで、キラキラとしていた。


「本当に大したケガじゃなくて良かったわね、たかし君。買ってきたジャンパー、着てみて」


「ああ、紹介するよ。俺の彼女、園田美由紀さん」


「はじめまして」


「はっ…はじめますって」


 河本が、お控えなすってみたいな挨拶をしたが、誰も触れなかった。


「こんにちは」


 俺とたかしは目を疑った。少し遊び人風に見えるが、大きな目をした大人の女性がそこに居た。年齢は少し上、美人の部類に入るのは間違いない。


「こんなとこまで来て、仕方ないヤツだな」


「ここ、商売繁盛のパワースポットだから呼んでくれてよかったわ。桜も見れるしこんなスピリチュアルな場所は、珍しい。インスタあげなきゃ」


 偉そうな態度の長男を軽くあしらうような大人のイメージだった。たかしは園田さんが選んでくれたらしい黒とオレンジのジャンパーを羽織って恥ずかしそうにしていた。サイズはぴったりだったようだ。


「あ、これ有難うございます。パワースポット、好きなんですか?」


「うん。ちなみに、この腕に付けてるパワーストーンのブレスレッドは金運があがるって言われてるのよ。すごいでしょ」


「へぇー、綺麗ですね」


「でしょー? そちらの彼はさとし君の友達かしら」


「ぼ、僕、河本叡智です。き、金運を上げるアクセサリー。すごい矛盾を孕んだ興味深いアイテムですね。まさか本気で信じてはいませんよね」


「うん……?」


 わざわざ河本に自分から話しかけるとは地雷を踏みに行くようなものだ。普段なら見ているこちらは辛くなるばかりだが、今回ばかりは違った。対応を見れば一発でどんな女性か分かるからだ。

 

「念の為に言いますが、その石自体に金銭を運んでくる機能はありません」


「……うん」


 河本は、女性に科学的論破をするとモテると思っているんだろうか。それとも知識をひけらかすのは、一番モテない行為だと身をもって俺に教えてくれているのだろうか。


 彼は普段より少し低い声を出しているが、ダンディに振る舞っているつもりなのだろうか。


 答えは誰も分からない。本人に聞けば簡単に分かるが、絶対に聞きたくない。


「アクセサリーに運勢といった偶然を左右する効果もありません。そもそも節約にはなってませんし。つまり金運を上げたいという願望を具現化した物体を身に着ける事によって自分の中の潜在意識をも、具現化したい。また、そういった物に独自の喜び、フェティシズムを感じるということでしょうか」


「はん? 何いってんだ、このオタク」


 河本は笑顔のまま凍りついた。俺とたかしは目を合わせて状況を見守っている。


「………」


「はいはいはい、園田さん。ちょっとこっちに来ようか」


 長男は彼女の肩をくるりと回して引っ張っていった。十メートル以上先で何かを話している間、俺と弟はクスクスと笑ってしまった。


 兄貴が彼女の肩に手を掛けると、ゆっくりと手を払って彼女は言った。


「タッチは別料金って言ったでしょ!」


         ※



「は、っはは」兄貴が戻って俺達に聞いた。

「俺に彼女がいるって信じたか?」


「いや、勿論信じていたよ。初めから。なあ」


 たかしは俺を指さして、何か言いたげな顔をした。同時に俺も弟を指さしていた。俺達は肩を上げてゲラゲラと笑い、腹筋が崩壊した。

 

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