第37話 クノイチ潜入(帝城)

 迷いの森を抜けた灰色の琥珀団は、荒野の真ん中に立つ帝国城を眼前に据えた。

 黒くそびえる建物の、異様な威圧感。ハトムギは身震いした。前に中にいた時と違い、何かが中にいる。グウェンの存在が変わりつつあるのかもしれない。


「ツネヒコ殿、お願いがあるでござる。敵の根城に潜入する許可を頂きたいでござる」

「そんな危険な事を押し付けられるわけないだろ」


 ツネヒコは先ほどまで走り続けていたランドドラゴンの首を撫でていた。


「グウェンの気配というか、存在が変わりつつあるでござる。万全を期す為に、内部を知っている我らにぜひ工作活動をお与えくださいでござる」


 ツネヒコはすぐに首を振らなかった。彼に近寄り、耳打ちするのはエジンコートだ。


「ツネヒコ、この子たちは元々敵の傭兵。調子のよいことを言って、逃げる気かもしれない」

「それはないよ」

「薬を渡していること? 主君のことだって、裏切らない保証だってないじゃない」

「薬のことじゃないさ。俺自身が、信じているからだ。大丈夫、悪い子じゃないよ」


 ツネヒコは言いきっていた。そんな彼だからこそ、ハトムギは進言したのだ。ツネヒコの為になりたい、命を賭けたいと思った。主君の次に大切だと感じた。


「かたじけないでござる、ツネヒコ殿。では行って参るでござる」

「だから、危ないってば」

「心配は無用でござる。むしろ無策で皆揃って突っ込む方が愚策。クノイチの本懐を遂げさせてくださいでござる」

「そこまで言うなら、分かったよ。だが、無茶はするなよ」

「はい! でござるよ」


 ハトムギは主君にするように膝をついて礼をし、七人のクノイチ仲間を連れて、傭兵団を離れる。



◇◆◇


 帝国の城はガーゴイルによって守られている。石像にしか見えない魔物で、城の屋根など高いところで四六時中ジッとしている。迂闊に近寄ると、けたたましいベルのような鳴き声で警告する見張り番だ。万全の監視体制を敷いているはずだったが、今は見張り位置に穴がある。グレモリーが良く癇癪で城を壊しては、巻き込まれたガーゴイルに被害が出ている

 今は頭数の三割が殉職している。

ハトムギ達クノイチは、抜群の身のこなしで城の外壁にへばりつく。蜘蛛のようにカサカサと登る。ガーゴイルの見張り位置に重ならないように、上へ上へと行く。窓ガラスでさえ、鉄格子がハメられている城だが、唯一、入れる箇所がある。ガーゴイルの巣がある棟だ。

鳥しか来られないような高い場所に、ハトムギ達は入り込む。あまりにも簡単で、ハトムギはニヤリとした。ここから油断しないよう、忍び足で行こう。厳しい母国での修行を思い出すのだ。


「そろ~り、そろ~り」


 藁が敷き詰められた、ガーゴイルの寝所だ。人間よりも一回り大きい彼らのために、中は思ったよりも大きい。見張りの時は石像のような魔物も、寝ている時は深い呼吸のためにお腹が良く動くし、イビキもかくものなのだな、とハトムギは思った。


「ハトムギ、口にしないと忍び足できないの?」

 

 仲間のひとりに後ろから、ひそひそと言われた。


「声に出さないと、集中できないのでござるよ」

「その癖なおした方がよいのでは」

「う、うるさいでござる! 口が勝手に動くのでござる!」

「わわわ! ハトムギうるさい、起きちゃう! 起きちゃう!」


 ハトムギはドキリとして足を止める。同時に口をつぐんだが、ガーゴイルたちのイビキが止まった。


「い、い、い、急げー!」


 ハトムギは全力で駆け抜けた。風のようにさっさといなくなれば、万が一起きたとしてもバレないはず。たぶん。

 ハトムギの後ろから、仲間達も付いてきてくれている。ガーゴイルの巣から飛び降り、城内の螺旋階段に着地する。そのまま降りていく。

 外部が厚い分、中の見回りが薄いのは知っている。即座に一階につき、長い大広間を抜ける。大きな柱の後ろにある、城門を開ける機械に細工をする。


「よし、任務は完了でござるな。では後は……」


 ハトムギは腰の短刀を触って、確認する。万全だ。このまま螺旋階段をもう一度登り、王の寝室を目指す。

 グウェンを暗殺する。ツネヒコに相談せず、仲間内で決めたことだ。いや言わなくても皆理解しているはずだ。それがヒガシヤストラのやり方だから。


「何をしているのですか」


 螺旋階段を登る間、後ろから声をかけられてハトムギは驚いた。気配は無かったはず。

 振り返ると、コートを着たサタナキアがいた。いつもグウェンの傍で寝ているだけの女だ。


「起きているところ初めて見たでござるよ、サタナキア殿」

「昼間寝ているから、夜はよく起きてしまいますので……ところで裏切った貴方達がなんの用かしら」

「……お命、頂戴!」


 ハトムギ達は即座に飛び掛かった。どうせサタナキアは大した人物ではない。迅速に黙らせるに限る。

 短刀を抜いた瞬間、ハトムギはガクンと力が抜ける感覚があった。身体が急に熱くなり、そのまま倒れる。段差の緩い階段だったので、下まで落ちることは無かったが動けない。それは仲間達全員も一緒だった。


「あぁっ……! 面妖でござる……な、なにを……幻術でござるか……!」

「貴方達をグウェンの元へ、連れていきます。拒否権はありませんよ」


 サタナキアの瞳が妖しく、真っ赤に光る。ハトムギの身体は、奥底から燃えるように熱くなる。痛みと苦しみが同時にくる。視界がチカチカして、目の前が何も見えなくなった。


「うああああっ!」



◇◆◇


「うぅ……」


 ハトムギは意識を取り戻した。大きな黒い部屋だが、壁が動いていた。いや、それは大量の触手だった。部屋と言うよりも、軟体生物の檻のようだ。顔を上げると、両手が触手に拘束されて吊るされているのが理解できた。周りを見渡すと、仲間達も同様だ。


「お目覚めかな、ハトムギ。ヒガシヤストラの傭兵どもよ」


 目の前に真っ黒で、大きな魔物がいた。筋肉隆々で、人型をしているのにヒトではない。声だけは聞き覚えがある。グウェンだった。


「……それがしを捕まえても何の意味もないでござる。ヒガシヤストラのクノイチは拷問されても口を割らぬ!」

「拷問? 違うな。完全に覚醒した我に敵はいない。ただ裏切り者を痛めつけたいだけだ」


 部屋の床を這いずる触手が、ハトムギに絡みつく。ぬるぬるとした感触が気持ち悪い。柔らかいのに締め付けは強く、苦悶する。周りから、仲間達の悲鳴もあがる。


「ぐううっ!」

「い、痛いでござる……い、いやああっ!」


 ぐいぐいと強引に締め付けられる。痛みだけじゃない、身体が熱くなる。サタナキアに意識を飛ばされた時と同じような熱だ。ぼうっとして、何故だか気持ちがよい。


「んんっ! いやっ……あちゅい! あちゅい!」


 頭がとろけるような変な気持ち。思考が定まらない、ハトムギは悲鳴をあげた。

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