第四十九話 共臥起

 帳の中、寝台の上で仰向けになった田管に、張舜の小さな体躯が覆い被さっていた。二人の荒い息遣いと、腰の打ちつけられる音が、部屋に響いていた。

「その……婚姻のことなのですが……」

 やがて、二人の営みが終わった後、田管は重々しい口調で張舜に切り出した。

「ああ、分かってるよ」

 寝台の中で、二人は顔を向かい合わせている。張舜の円らな瞳が、真っ直ぐと田管を見つめているのに対して、田管の方は申し訳なさそうに視線を逸らしている。

「僕は反対しないよ。寧ろ、姉さんじゃなくて別の女と一緒になられる方が嫌だし。あいつはまぁ、面食いだしお調子者だけど、それでも悪い女じゃないと思う」

「公主さまのことを嫌っている訳ではないのですが……」

「あ、それ、公主さまとか呼ぶとへそ曲げると思うよ。少なくとも、二人きりの所ではあんまり畏まらない方がいいと思うな」

「ああ、そうでした」

 田管は張香の言葉を思い出した。

「だけどさ、姉さんを娶っても、僕のことは忘れてくれるなよ。僕がどれ程田管のことを愛しているか……」

 張舜の目が、途端に寂しげな色を発した。田管は、それを察せずにはいられなかった。

「それは、存じております」

「それだけ? 田管の方はどうなの?」

「私も、張舜さまのことを愛しております。これだけは、はっきりと言えることです」

 視線を逸らしていた田管は、この時、しっかりとその目を張舜へと向けた。自分の言葉に、嘘偽りはない。そのことを目で語っているようであった。

「田管、君と出会えて本当によかった。君がもし、僕らの所に来なかったら、僕は戦場に立ち続けられなかったかも知れない」

「張舜さま、私も張舜さまに出会えて光栄でした。私は張舜さまに出会えたことで、志というものを抱くことができたのです」

 二人は、互いに熱を帯びた視線を送り合った。そして、その唇が重ね合わせられたのであった。


 その後、田管は、張香を妻とすることを決めた。晴れて、この二人は夫婦めおととなったのである。だが……

「ちょっと、舜、少しは田管をこっちに寄越しなさいよ」

「あはは、妻だというのに滑稽だねぇ、田管が本当に愛しているのは姉さんじゃなくてこの僕なのさ」

 成梁の太子邸、つまり張舜の住まいの前で、張舜と張香は、あろうことか姉弟で口喧嘩を繰り広げていた。

 張香の夫となった田管であったが、相変わらず、張舜との蜜月は続いていた。いや、寧ろ、より一層、田管と張舜の結びつきは強くなったのかも知れない。田管は常に張舜と起き臥しを共にしていて、妻であるはずの張香は孤閨こけいを守る羽目になっていたのだ。勿論、武官の夫を持ったからには、戦による出征で夫が長い間家を空けることになるのは覚悟していたが、流石に弟に夫を奪われて一人寝をすることになるのは我慢ならなかった。

 梁国は男色の気風が強く、妻子がありながら男を愛する者は少なからずいる。古の梁の君主には、それが過ぎて男色に耽ったまま、子を残すことなく崩御した者さえ存在している。このままでは、田管もそのようになるのではないか……張香はそれを心配して、弟の所に自ら赴いて直訴に出たのである。

「あの……何でございましょうか」

 太子邸の戸を開けて登場したのは、騒動の元凶たる田管であった。

「田管、今すぐうちに戻って! そろそろお父様に孫の顔を見せてやらないと!」

「駄目だ田管、行っちゃ駄目! 今連れていかれたら子どもができるまで閉じ込められちゃうよ!」

 田管の奪い合いが、たちまちに始まってしまった。夫婦喧嘩は犬も食わないというが、今ここでは、姉弟の間で犬も食わない喧嘩が繰り広げられている。

「舜! 大体ねぇ、あんただって太子なんだから、そろそろ独り身生活も終わって嫁を貰う立場になるのよ! 田管にばかりかまけてたら祖先の祭祀が絶えるわ!」

 子孫には、祖先をまつる義務がある。かつて古の政治家が、「不孝に三有り、あと無きを大と為す」と言い残した。不孝には三種類あるが、家が絶えると祖先の祭祀を行う者がなくなるため、子孫を絶やすのは最大の不孝であるという意味である。尤も、戦乱の世においては子を残さぬまま死んでいく者も多く、戒めとしてはいささか形骸化している感は否めない。不可抗力で死んでしまう人間が、あまりにも多いのだ。

「うるさい! それはその時考えればいいことだろう!」

「先のことを考えずして太子が務まるか! あんただっていつまでも子どもじゃないのよ!」

 泡を飛ばし合う姉弟を見ながら、田管はただおろおろするばかりである。全ては自分が招いたことだ、と、頭を抱えてうずくまってしまった。

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