第五話 厭夜

 田管は、灯りのついている屋敷へと運ばれた。むしろの上に、その体が横たえられる。

「お前ら……何をするつもりだ」

「お前、やっぱり女みてぇな顔してんなぁ……俺ら溜まってるしちょっと相手してくれねぇか」

 中にいる四人の男たちは、下卑た視線をこの美貌の将に向けている。その彼らの表情を見て、田管は全てを察した。

「長いこと隊商の護衛とかやってきたがよぉ、武陽の城内にもこれに勝てる美女はいやしねぇですぜ大将」

「ああ。その通りだ」

 四人の内の中央にいる、大将と呼ばれた男の目が俄かにぎらつく。

「初めに言っておくがな、俺はこの軍の副将を務めている。余計な真似をすればお前の首一つ簡単に飛ばせるということを忘れるなよ」

 言いながら、大将と呼ばれたその男は、履き物を脱ぎ、自らの矛を露出させた。それを見た田管は、全てを諦めた。

「さて、じゃあまずは口でしてもらおうか」

 熱を持った矛が、口腔内を侵犯してくる。田管は抵抗する素振りを一切見せず、ただただ忍従の姿勢を取ったのであった。


 それから、幾日も、田管は男たちに呼びつけられては、彼らの慰みものとして使われ続けた。最初は四人であった男たちも、次第に五人、六人と増えていき、その男の数だけ、自らの肉体に粘ついた欲望を浴びせられる。

 そのような日々を送って、十二日程が過ぎた頃であった。

「そうだ。今日こそやっちまうか」

 大将と呼ばれる男――呉同ごどうという名前らしい――が、陰気な笑いを浮かべながら言い放った。それにつられて、周りの男たちもにやりと笑い始める。

 呉同は油を右手の指に塗りつけると、その指を田管の後庭に侵入させた。

「なっ、何を……」

「おい、暴れるな」

 言いようもない妙な感触から逃れようと、田管は身を捩ったが、呉同の左腕にその動きを制された。自身の体の内側で、男の指が蛇のようにのたうち回る悍ましい感触に、美貌の将は甚だ嫌悪感を覚えたが、さりとて逃れることもできず、目を瞑って耐え忍ぶより他はない。

「よし、こんなもんでいいだろ」

 呉同は侵入させていた指を引き抜いた。指から解放された田管は、少しく安堵した。

「さて、それじゃあ……」

 その呉子明は、履き物を脱いで矛を取り出した。そして、先程の油を、それに塗りつけ始めた。さながら、刀剣の手入れの様のようである。

「よし、じゃあお前、俺に跨れ」

 寝台の上に仰向けになった呉子明は、田管に向けて言った。その矛は、天を仰ぎ見るように屹立きつりつしている。

 田管は、目の前の男が何を意図しているのか、分からなかった。いや、分からなかったというよりは、敢えて分かろうとしなかったという方が正しい。男の考えていることを理解などしたくなかったからだ。

「おめぇ分からねぇのか。こういうことだよ」

 呉同の配下の男の一人に耳打ちされると、田管の顔はさっと青ざめた。

 ――こんな非道が、許されようものか

 田管はすぐさま、この場から逃げ出したくなった。が、それはできない。今の自分は囚われの身に過ぎず、今ここで彼らに叛意を見せれば自分自身のみならず他にここに移送された幕僚十数名の首も危うくなる。

 こんなことになるなら、いっそ夷門関を枕に討ち死にでもしていた方がよかったのではないか……そう思ったが、今更嘆いたとて、詮方せんかたないことである。

 田管は、天を仰ぐ矛を握り、それを後庭に突き入れるようにして、腰を落とした。この時、田管は、その身に雷が落ちたかのような衝撃を受けた。一刻も早く逃げ出したかったが、それは叶わない。恍惚とした表情をしている呉同とは引き換えに、田管のそれは引きつっていて、嫌悪感がはっきりと表出しているが、その意を酌んでくれる者は誰もないのである。

 その夜は、田管にとってこれまで以上に屈辱的なものとなった。


 昼の間、田管は情報集めに終始した。とにかく、何時までもここに留まるつもりはなかった。田管自身、すでに呉子明のことは見限っていた。呉同の如き男に副将の地位を授けるような男である。このような者の率いる軍に、未来などあるものか。そう考えていたのである。

 その結果、興味深い情報を得ることができた。宋商は呉子明の他に二人の男に将軍の位を与えてそれぞれ中部地域と南部地域へ向かわせているのだが、その内で中部地方を平定せんとしている反乱軍の総大将は、張石ちょうせきという男であることが分かった。その男の素性も、はっきりと掴むことができた。彼は梁国の人間であり、先祖は代々梁の武官であったという。人望も厚く、軍の統率にも長けているという話だ。

「もしやすれば、梁国を復興してくれるやも知れぬ」

 田管はそう思った。普の支配を打ち破った後のことを、田管自身、考え始めている。普が破られれば、中原は往時のように、幾つかの国に分かれるであろう。その時に自分が身を寄せるべき国は、梁以外には有り得ない。そも、呉子明が如き男が梁王などとは片腹痛い。梁王にはもっと然るべき人間が立つべきである。取り敢えず、その張石なる男に会ってみたくなった。

 

 この頃、田管に想いを寄せる、一人の女人にょにんがいた。名を孟桃もうとうという者で、寿延の町娘である。彼女は田管の麗しい容貌に一目惚れし、度々彼の屋敷の近くに姿を現すようになっていた。

 最初は田管も、特段彼女を相手にしなかった。けれども、呉同一味の蛮行によって傷ついた心を潤そうと思って、あからさまに自らに懸想けそうしているこの女人と何かと会話を交わすようになっていたのである。

「それで……頼み事というのは」

 孟桃は、円らな瞳を田管の方に向けて問う。

「ああ、それなのだが……」

 田管はそっと耳打ちして、問いかけに答えた。耳に想い人の吐息を浴びた孟桃の頬が、朱色に染まり始める。

「引き受けてくれるか」

「はい……田管さまの為であれば……」

 孟桃は想い人を直視できなくなったようで、頬を朱に染めながら俯いた。

 

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