鉄壁スカート女子高生

沢田和早

これでもう何も怖くない

「きゃあ!」

「やだ、今日の風、いつもより強くない?」


 登校する女子生徒たちの悲鳴や愚痴が聞こえてくる。

 駅から高校まではずっと上り坂。丘陵地なので一年中風が吹き上げる。冬はスカートの下にジャージやスパッツをはいたりするけど、梅雨明けのこの時期は蒸し暑いからほとんどの女子はパンツしかはいていないはずだ。


「ちょっとあんた、今、見たでしょ」

「み、見てねえよ。って言うかそんなもの見たくもないし」

「ふっ、本当は嬉しいくせに」


 カップルの仲睦まじい会話も毎朝のことだ。

 もちろんそんなのは少数でほとんどの女子はスカートを押さえて歩いている。無償で男子生徒を喜ばせてやるほど優しくはないのだ。


「スカートなんてどう考えたって欠陥衣服じゃない。簡単に下着が見えるんだもん」


 誰にともなくつぶやいてしまった。それはずっと持ち続けているあたしの最大の不満。

 そそかっしくて落ち着きのないあたしは、子供の頃から何でもない場所でつまずいたり転んだりした。そのたびにスカートがまくれてパンツが丸出しになる。男の子にからかわれる。悔しくて泣きたくなる。


「ねえ、お母さん、スカートなんかはきたくない」

「仕方ないでしょ。制服なんだから」


 親の方針で幼稚園から高校まで制服のある学校へ通わされた。登校する時は嫌でもスカートを着用しなくてはならない。そして一日一度は必ず転び、必ずスカートがまくれ、必ず誰かにパンツを見られてしまう。


「お星さま、助けてください」


 小学生のあたしは星空を見上げて毎日祈った。図書室で読んだ本に「流れ星が消える前に願いを三回言えばかなう」と書いてあったから。


「あっ、来たっ!」


 ある夜出現した流れ星は途轍もなく長く光り続けていた。大気圏に突入した人工衛星の破片じゃないかと思うほどだった。とにかくあたしは願いを三回言い、そしてそれはかなえられた。


「何これ、凄くない!」


 流れ星の威力はあたしの想像を超えていた。

 少しでも裾が持ち上がるとスカート全体が金属のように硬くなり、それ以上まくれなくなるのだ。スカートの種類に関係なくあたしが着用すれば全て同じ現象が起きた。

 しかもどんなに硬くなろうと自分の意思ならばさらにまくり上げることができた。そしてスカートの硬度はまくれる角度に比例することもわかった。少しまくれただけならペラペラの下敷きくらいの硬さだけど、まくり上げるにしたがって硬度は増していき、九十度ではほとんど鉄。全開の百八十度ではたぶんダイヤモンドぐらいの硬さになっている感じだ。


「これでもう何も怖くない」


 この特殊能力を手にした瞬間、あたしの学園生活はバラ色に輝き始めた。どんな強風の中でもあたしのスカートはまくれない。鉄棒で逆上がりをしてもパンツは見えない。もちろん豪快に尻もちをついたって大丈夫。あたしのスカートは鉄壁なのだ。

 こんな強風の中でも気にすることなく大股で歩いていける。裾を押さえる必要がないでの歩きスマホだって平気。今日も毎日一度は必ず見ている画像を表示させて歩く。


「きゃっ!」


 それでもそそっかしさは変わらない。何でもない歩道の上で足を滑らせてしまった。一日一度は必ず転ぶあたしの癖は高校生になった今でも健在だ。これが本日一回目の尻もちになる、はずだったのだが……


「あれ?」


 今日は違った。バランスを崩したあたしの体は空中で止まってしまった。誰かが背中を支えてくれたのだ。


「大丈夫?」


 男子の声。一気に高鳴る鼓動。声だけでわかる。同じクラスの彼だ。しっかりとつかまれている左腕から相手の温もりが伝わってくる。


「あ、はい、大丈夫です。ありが……」


 ――ガキン!


 お礼を言い終わる前に下の方から鈍い音が聞こえてきた。


「何、今の音」


 視線を下半身に移したあたしは息が止まりそうになった。背後から伸びた男子の手があたしのスカートの中に潜り込んでいた。


「いやあ!」


 急いで態勢を立て直したあたしは後ろを振りむいて男子を突き飛ばした。尻もちをついた彼は呆気に取られたような表情でこちらを見ている。真面目な人だと思っていたのに、まさかこんなハレンチなことをするなんて思ってもみなかった。


「あんた、サイテーね。助けるフリをして本当の目的は足を触ることだったんでしょう」

「違う。誤解だ。ボクだって驚いているくらいなんだ。それよりも君のスカート、おかしくないか。まるで金属みたいな音がしたけど」

「そ、それは……」


 返答に窮してしまった。スカートの秘密を知っているのはあたしの家族と幼馴染で親友のフワヨちゃんだけ。別にばれても構わないんだけど、なんとなく面倒なことになりそうな気がするのでこれまで誰にも話してはいない。もちろんこんな変態男子に教えるつもりはない。


「あんたには関係ないでしょう。あ~よかった、お礼を言う前にあんたの下心がわかって」


 あたしは男子を残して駆け出した。転ばないように注意しながら。でも学校へ着く前にまた転んでしまった。今度は誰も助けてくれなかった。

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