第7話!


「……どうしましょう……お手洗いは、魔石で流すものですものね……困りましたわね……」

「お手洗いだけじゃなくお風呂のシャワーやお弁当やお茶を温めるときもですよぅ、お嬢様」

「そ、そうですわね……。まあ、どうしましょう……」

「そ、そうね……ど、どうしよう……」


 なかなかに深刻な事態!

 魔石というものがこんなに生活に密着してるなんて……。


 ――『魔石や魔力の使い方は早めに……』


 ……さっきハクラはそんなような事言ってなかった?

 つまり、私も……魔法が使えるかもしれない、みたいな!


「ねぇ、エルファリーフ? その亡命者はこの国でどう生活しているの?」

「? この国に亡命して来た方々は一定期間寮に入り、魔石や魔力、その他この国で生活するのに必要な知識や技術などを学びながら職業訓練なども同時に行うそうですわ。そして国民番号が発行され、自立していく事が出来ると判断された方から寮を出て、自活しておられるそうです」

「つまり練習すれば使えるようになるのね!?」

「!! そうですわね!」


 なぁんだー! 冷や汗かいた〜!

 つまり亡命者と同じ(と思われる)私も、練習すれば魔石が……魔法が使えるかもしれないって事なのねーー!

 す、すごーい! 魔法だなんて!

 さすが異世界! これぞ異世界だわー!


「でもそれまではどうするんですかぁ? 主に今夜」

「!! ……そ、そうね……」

「……仕方がありませんわ……、ミモリ様が魔力を扱えるようになるまで、ナージャが代わりに魔石を起動させて差し上げて」

「へ!?」

「えっ」


 飛び上がるナージャ。

 ツインテールが逆立つほどの衝撃。

 私もエルファリーフが言った事に眉を思い切りしかめた。

 私が魔力を扱えるようになるまで……ナージャが私のトイレを流す役!?


「嫌よ!?」

「嫌ですぅ!!」


 声がかぶった。


「そんな事言わないでナージャ。お願い」

「い、嫌ですぅ! そ、それにナージャには他にお仕事が……!」


「おかえりなさいませ、エルファリーフお嬢様」


「ひぅ!」

「あら、レナ」


 計ったかのように掛けられた声。

 その声にまた跳ね上がったナージャ。

 エルファリーフの呼んだ名前は、確かメイド長の……。

 振り返るとリアルメイドな美人がキリリとした表情で立っていた。

 髪はサイドで編み込んであり、印象としては少しきつめの美人……という感じ。

 頭を下げて、一歩一歩近づいてくる彼女の威圧感にナージャも私も気圧される。


「こちらの方がナージャがご迷惑をかけたという異界の方でしょうか?」

「ウッ!」


 ……“ナージャが迷惑をかけた”、の部分がえらく強調されていた。


「ええ。こちらの方が異界からいらっしゃった方ですわ。……お姉様にもご説明しないといけませんわね」

「はい。お戻りになられて間もないところ申し訳ございませんが、すぐにユスフィーナ様のところへご挨拶をなさった方がよろしいかと」

「まあ……ですがミモリ様はお疲れだと思いますし……今日はもう休んでいただいた方がいいですわ。お姉様にはまずわたくしから説明に伺いますから……レナ、ミモリ様をお部屋にご案内して差し上げて」

「かしこまりました」

「え、えーと……そ、それじゃあナージャはすぐにお食事の準備をお手伝いに〜」


 がしっ!

 なんだかあからさまに逃げようとしていたナージャのツインテールが取っ捕まる。

 ……あ、あら? この冷たく見下ろす眼孔……この世界に来て割とすぐ見た事があるような……。


「どこへいくのです? ナージャ……」

「はわ、はわ……」

「貴女はお嬢様と一緒にユスフィーナ様へ申し上げなければならない事があるのではなくて……?」

「……は………………はひぃ……」

「そうですわね、ナージャ……わたくしとお姉様に謝りに行きましょう。大丈夫、わたくしも一緒にお許しいただけるようお話しするわ」

「……は、はひぃ……」


 ……ざまぁ……と、思わなくもないけれど…………や、やっぱり少し可哀想だなぁ……。

 エルファリーフの天使の声に泣く泣く頷いて、一緒に右の通路を進んでいくナージャ。

 その前にエルファリーフは「どうか今夜はごゆるりとお休みくださいませ」とお辞儀をしていった。

 うーん、やっぱり可愛いー。

 そして、残されたのは私とレナというメイド。

 ……な、なんか緊張するわね。


「お部屋へご案内します」

「は、はい、お願いします」


 あれを見た後なので、つい身構えてしまう。

 しかし、それ以上の言葉は特になく、威圧感もすっかり消え失せていた。

 ……あれはナージャに対して発動していたのね……。


「こちらがお部屋になります。ご入用のものがございましたら、何なりとお申し付けください」

「あ、ありがとうございます」

「とんでもございません。お嬢様より、お客様が不自由をお感じにならないようにと申し付けられておりますので、何卒ご遠慮なく」

「は、はあ……」


 とは言われたものの、通された部屋は広いし綺麗だし豪華だしベッドは乙女なら一度は夢見る天蓋付き。

 家具も一式、天井には廊下のものよりもお高かそうなシャンデリア……!

 細かな刺繍が施された絨毯、壁一面に飾られた絵画、細やかな細工の掘られた時計、部屋に溶け込むチェスト、窓の側には薔薇の飾られた花瓶とフルーツが盛られたお皿。

 部屋中央には上品な色のテーブルと、白を基調とした花柄の見るからにフワフワなソファー!

 絵画のある壁の端には扉があり、開いてみるとお風呂とトイレ……お風呂とトイレぇ!?

 ……私には一生無縁だと思っていた贅の極みを詰め込んだような部屋が目の前には広がっていた。


「……あ、あのう……ほ、本当にこんなお部屋をお借りしても……い、いいんですかね……?」

「? はい、もちろんでございますが……何かお気に召さないところが……」

「いやいや! ご、豪華すぎて……なんか気後れしてしまって!」

「……それでは、明日にでも部屋の内装をもっとシンプルなものに変更させていただきます。明日の夜には完了させていただきますので、今夜だけはご辛抱いただけませんか」

「そ、そういう意味じゃないんです! こ、これで大丈夫です、すいませんでした!?」

「? そ、そうでございますか……?」


 なんだかとんでもない事になりそうな予感がしたので、謹んでこの豪華なお部屋を使わせていただく事にした。

 は、はぁー……庶民の中でも底辺な方の私にはまるで夢の中だわ。

 ……実際起きたら夢、なんて事はないかなぁ……。

 そんな事を考えながら、着替えて早々に休む事にした。

 レナには「夕飯はどうなさいますか」と聞かれたけれど、ベッドに座った途端とにかく眠りたくなったのよね……。

 夕飯を断って、買ってもらったばかりのパジャマに袖を通し、横になるなりすぐに眠気が襲って来た、

 自分で思っていたより、体は疲れ果てていたのだろう。


 あーあ……やっぱり……今日買ったゲームやりたかったなぁ…………。




 ****




 人の声がする。

 目を開けると、メイドさんだ。

 右側に長い三つ編みの、少しきつめな美人なメイドさん。

 へぁ〜? なんだか珍しい夢ねぇ。

 今日は土曜なんだから、もっと寝ててもいいはず……あ、でも、昨日買ったゲームの続き…………続き?

 そもそも、昨日買ったゲーム、プレイしたかしら?

 なんだか変な事が起きてゲームできなかったんじゃなかったっけ?

 そうそう、なんか…………。


「ミモリ様、起きてくださいませ。ミモリ様。朝食に遅れてしまいます」

「やはり相当お疲れなのですね……レナメイド長、あとはわたしが」

「そう? ……分かりました、それではあとはお願いしますねマーファリー。それと、くれぐれもナージャを甘やかさないように……!」

「は、はい、分かっていますわ」

「う……」


 目を開ける。

 三人のメイド服の女の人と女の子。

 そのうち二人は見覚えが……ああ……全部思い出した……。

 そうよねぇ、夢じゃないわよねぇ……ふふふふふふ……。

 …………………………はぁ。


「……おはようございます……」

「! おはようございます。お目覚めになられましたか」

「良かった、お加減が悪いのではないかと心配いたしました」

「おはようございますぅ、ミモリ様〜」


 確かレナメイド長と、生意気腹黒猫かぶり娘であり私をこの世界に召喚してくれやがった諸悪の根源ナージャ。

 ……で、真ん中の美少女は誰かしら?

 灰色の髪を肩まで伸ばした、紫色の瞳の可愛らしいメイドさん。

 私の視線に気がついたメイドさんはにっこり微笑むと一歩前に出た。


「はじめまして、ミモリお嬢様。わたしはマーファリー・プーラと申します。本日よりミモリお嬢様のお世話係を勤めさせていただきます。どうぞ何なりとお申し付けくださいませ」

「ほぁい!?」


 おじょ……!? なんて!? 今なんて言ったの!?

 わ、私に対して、おおおおお嬢様ぁ!?

 しかも、私専属のお世話係ぃぃぃーーー!?


「ままままって!」

「はい」

「私にそこまでしてもらう義理はないわよ!?」


 あるとしたらナージャよ!!

 そのレナメイド長の横でぶっすーっとしてる猫かぶり小娘!

 諸悪の根源!

 エルファリーフに、そこまでの義務はないはず!

 いくらなんでもこれはやりすぎだわ!


「……うふふふ、お嬢様の仰っていた通り謙虚でお優しいんですね、ミモリお嬢様」

「ちがーーーう! 違うってばっ」

「ですが、わたしがミモリお嬢様のお世話係を申し使ったのはなにもエルファリーフお嬢様に申しつけられたからだけではございません。わたしがアバロンからの亡命者だからなんです」

「……え?」


 えーと、アバロンって言うのは……昨日の記憶を呼び起こす。

 あ、確かこの大陸の隣の大陸で、私の世界みたいに魔法とか魔力の文化がない場所……。

 んで、そこから亡命して来た人は最初魔法や魔力が使えない……。

 この可愛いメイドさん、そのアバロンからの亡命者!


「ここ、バルニアン大陸で生まれ育った方のほとんどは日常的に、実にごく自然に魔力の使い方を覚えます。その為、具体的にどうやって魔力を使っているのか、と言う事を説明したり実際の使い方を教えたりするのがあまり得意ではないのです。ですが、わたしのようにアバロンから亡命してきた者はまずそこから覚えなくてはなりません」

「え、ええ……」

「ですから、わたしがミモリお嬢様に付きっ切りでお教えするように、とご指示をいただきました。ミモリお嬢様が魔石や魔力を使えるようになるのを、全力でお手伝いいたします! 魔石や魔力は使えないと死活問題ですから」

「……そ、そう言う事だったのね……」


 お世話係ってそういう意味…………な、なーんだ〜。

 良かったような、ちょっと残念なような……い、いやいや。


「分かったわ、宜しくね。えーと……」


 確か……


「マーファリー・プーラです。マーファリーとお呼びください、ミモリお嬢様」

「わ、私の事もみすずでいいわよ!?」

「? ……ミスズ様……???」

「? え、ええ、水守って名字だから」

「え」

「え!?」

「!?」


 三人の驚いた顔。

 その時、私はようやく「あれ?」と思った。

 そして、突然青い顔をしたレナメイド長に「もしや今まで私共が呼んでいたミモリ様というお名前は……名字!?」と確認されて「え、そうですけど」と頷く。

 え、何かまずい事だった?


「これは、失礼いたしました! ナージャ、すぐにお嬢様たちにお知らせしてきなさい!」

「は、はいぃ!」

「え? え? 私何か悪い事した!?」

「い、いえ……。ただ、この国では名字で呼ぶ事は仕事上のみの関係が多いのです。親睦を深めたい場合は名前をお呼びする事が一般的ですので……」

「あ、そ、そうなんだ……」

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