第17話 新しい一日の始まり


 温かい。一体いつの間に眠ってしまったのだろうか。

こんな気持ちで目が覚めるのは、いつ以来だろう。


 うっすらと目を開けると、そこにはかわいい寝顔の女の子。

昨日は遅くまで沢山話をした。


 私が中学生の時にどんな学校生活を送っていたのか。

家で両親とどう過ごしていたのか。


 葵ちゃんはずっと、親身になって聞いてくれた。

今まで話したことがない、誰にも話したことがない心の内を話した。

話した後に関係が崩れてもいいと思った。


 でも、そんな事は気にするだけ無駄だとすぐにわかった。

葵ちゃんはずっと私の手を握ってくれて、そっと抱きしめてくれた。

私よりも年下なのに、私の方が年下みたい感じてしまった。

きっと、私よりも考え方が大人なのかもしれない。


「ん……。ね、むい……」


 目覚ましが鳴る少し前、葵ちゃんも目が覚めたようだ。

私の腕に絡まりながら、もぞもぞしている。


「おはよ。起きたの?」

「ん。まだ、寝る。ここは居心地が良いのですよ。このやわらかい弾力が、何とも……」


 そう話すと葵ちゃんは私の胸に顔をうずめてくる。

そっと、葵ちゃんの頭を撫でながら、葵ちゃんを抱きしめた。


「昨日はありがとう。沢山話を聞いてくれて」

「ん……、そんなことないよ。もっとたくさんお話しして、沢山遊ぼうね。一緒に買い物も、ケーキバイキングも……」


 布団の中でもぞもぞしながら葵ちゃんと少しだけお話をする。

今まで生きてきた中で、一番心地よい時間が過ぎていく。

人と接することがずっと嫌いだった。

一人になるのが怖かった、だから人とかかわる事をやめた。


 そんな私の心に入ってきたのは葵ちゃんと卓也さん。

この兄妹と一緒に、私の生活が始まる。


 葵ちゃんのぬくもりを感じながら、目を閉じる。


「いい匂い……。魚の焼ける匂いだ」


 葵ちゃんの目がゆっくりと開いた。

私と目が合う、ぱっちりとしたかわいい目。

でも、前髪がはねていて、変な寝癖が付いている。


「卓也さん、朝ごはんでも作っているのかしら?」

「多分。昨日寝る前に朝ごはんは一人でよろしくって話しておいたから」

「私も手伝ってくる」


 布団からでて、部屋の扉を開け台所に向かう。


「あっ! 陽菜ちゃん――」


 急に大きな声を出した葵ちゃん。

どうしたんだろうか? 一緒に手伝いたいのかな?

でも、昨日は遅かったし、もう少しお布団にいてもいいんだよ?


「私一人で大丈夫。葵ちゃんはもう少しお布団にいてもいいんだよ」

「ちがっ、そうじゃなく――」


 私はそのまま部屋の扉を閉め、台所に向かった。


――トントントン


 包丁の音が聞こえる。

きっとお味噌汁でも作っているのかな?


「おはようございます」


 台所は明るく、日の光が差し込んでいた。

テーブルはきれいになっており、背を向けた卓也さんがお玉片手に振り返る。


 お玉片手に卓也さんは私のつま先から視線を上に移動させ、私と視線を交差させる。

すると、徐々に頬を赤くし、視線を外してしまった。

どうしたんだろう?


「お、はよ。昨日はよく眠れたか?」


 卓也さんは鍋に向かって朝の挨拶。

私の顔を見ながらではない。私は何か悪い事してしまったのだろうか?

きっとそうに違いない。私が気が付かないまま、何かしてしまったのだろう。


「あの、私なにか……」


 私は卓也さんにゆっくりと歩み寄る。


「よるな! 近くに、来ないでくれ……」


 足が止まった。

いったい私は何を期待していたんだろうか。

少しでも期待した私がばかだったのだ。


 昨日まで他人だった私を、簡単に受け入れてもらえるはずがない。

そう、私の考えが甘かったのだ。


「陽菜ちゃん! これって、遅かった! お兄! 見てないよね?」


 振り返ると葵ちゃんがパジャマのズボンを手に持っている。

私のパジャマをなぜ葵ちゃんが?


「え? え?」


 私は考える。

なんで、どうして? どうして葵ちゃんが私のパジャマを……。


「こっち! 先に着替えないと!」


 私の手を取り葵ちゃんが台所を出ていく。

振り返ると卓也さんが笑顔で私を見ていた。


「ごはん、そろそろできるから着替えたら来いよ」


 私も自然と頬が緩む。

まさか、どうして……。


 部屋に戻り、改めて自分の姿を確認する。

長めのパジャマでよかった。

下着はさすがに見られていないよね?


 しかし、さっきから葵ちゃんの目が私に突き刺さってくる。


「陽菜ちゃん、足長くていいね……。私なんて、私なんて……」

「そ、そんなことないよ。葵ちゃんだってこれから伸びるって」

「私の成長期は終わったんだよ、もう伸びない!」


 葵ちゃんを慰めながら部屋を出て、卓也さんの準備してくれた朝食をいただく。


「お兄、ちゃんとご飯できたね! おいしいよ!」

「だろ! 魚は焼くだけ! 簡単でうまい! ほら、陽菜も食べろよ!」


 朝からにぎやかな食卓。


「はい、いただきますね」


 少し焦げた焼き魚。

少し硬めの野菜が入ったお味噌汁。


「今日はしっかりとご飯も炊けたし、いい感じだな!」

「そうですね、朝ごはんありがとうございます。おいしいですよ」


 自然と笑顔になる。


「陽菜ちゃん今日は一緒にケーキバイキングに行こうよ! お兄は留守番ね!」

「なんでだよ、一緒に行くんだったら俺も行くよ」

「ダメ! ガールズトークするんだから! ね、陽菜ちゃん」


 葵ちゃんの笑顔も、卓也さんの少し困った顔も私にはとても新鮮。


「卓也さんごめんなさい。葵ちゃんと出かけてきますね」

「やったー。お兄に勝った!」

「ぐぬぬぬ。だったらしょうがない、昨日みたいにケンカするなよ」


 今日はきっと大丈夫。

昨日の私はもうここにはいない。


「はい。仲良く行ってきますね」

「お土産、お楽しみに!」


 私の一日が始まる。

両親と住んでいたマンション、冷めた部屋。

いま、ここには温かさがある。きっと、私は大丈夫。

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