第二話 俺、夜になったら「夜のお店」を見てまわりたいッス!


「ところで、イセカイってけっきょくなんなんスか?」


「あ、そこからなんだ。ヨウコさん、これ話が通じてなかったみたいです……無料案内所としてはマズいんじゃ、けど説明したし了承されたし」


 ホスト・ケンジの声がに響く。

 カイトのボヤキは湿風に流れていった。


「ケンジさん、ここは――」


「ケンジでいいッスよ! 俺とカイトさんの仲じゃないッスか、タメ口でいきましょーよ!」


「いつ仲良くなったなにこれこわい。えーっと、とにかくケンジ。ここは、第4196z世界線 zsdc星、ストラ大陸セレナ神国にある港町近くの荒れ地だ」


「それ外国ッスか? 俺バカだからよくわかんな……くて……?」


 言葉の途中でケンジの動きが止まった。


 目の前は岩が転がる荒れ地で、遠くに海が見える。

 青い海には白い帆を張った船が何隻も浮かんでいた。


 さっきまで、新宿歌舞伎町の無料案内所にいたはずなのに。


「はああああああッ!? なんスか、なんスかこれ!」


 ケンジの動きが止まるのも、叫び出すのも当然だろう。


「どこスかこれ!? ショーナン? ハワイ? あっという間に移動するってすげえッス!」


「すごいで片付くのか……あれ、エリカは? どこだ?」


「きゃーーー! カイトくん、助けてくださいっ!」


 突然の悲鳴にバッと振り返るケンジ。

 カイトは「またか」とばかりに呆れた表情で視線を向ける。


 一緒に来たエリカは、透明でドロドロな粘液に捕まっていた。


 スライムである。


「ななななんスかあれ! だっ大丈夫スか!?」


 訳がわからない事態にケンジは動揺している。

 それでもエリカに近づいて、スライムを引き剥がそうとしている。素手で。いいヤツか。


「エリカの肌は無事だしケンジが素手で触っても痛くないと。生きてると食べないタイプのスライム、つまり服だけ溶かすスライムか。……エロゲかな?」


「なに呑気にしてんスかカイトさん! はやく助けないと!」


「きゃっ! ちょっ、そこはダメです、そんなとこ溶かされたら下着が、うううぅぅ……」


 エリカに絡みついたスライムがどんどん服を溶かしていく。

 ナチュラル系のワンピースはぼろぼろになっていつものごとく谷間や太ももが露出する。


「あー、はいはいいま助けますね。エリカだけ転移っと」


 カイトがボソリと言うと、エリカの姿が消えた。

 スライムがべちゃりと崩れ落ちる。


「もうカイトくん! 助けるのが遅いですぅ!」


「いやエリカは魔法使えるわけで。スライムぐらい瞬殺だろ」


「むぅー!」


 18歳のカイトが意図せず転移してから二年。

 カイトはその特異能力「転移体質」を魔法として使いこなしていた。

 かつてとは違って、モンスターに絡みつかれたエリカだけを逃がせるほどに。


「え? え? あの、俺まじでよくわかんないんスけど」


「とりあえず、街に行こうかケンジ。あーいや、俺もケンジも、先に着替えた方がいいかな。この世界じゃスーツも浮くだろうから」


「え? 着替えなんて持ってきてないスよ? それにスーツは俺の戦闘服で」


「あー、じゃあ生成りっぽい麻のスーツでどうだ? たしかエリカの『アイテムボックス』にあったような」


「きゃっ! 着替えてるのにこっち見るなんてえっちですカイトくん!」


「…………ならせめて物陰でやってくれませんかねえ。荒地だって土魔法でなんとかなるだろ魔法の天才」


 スライムに溶かされた服の破片をパージして、ワンピースに両手を突っ込んだエリカと目が合った。

 カイトはそっと顔をそらして首を振る。

 女性の裸に興味がない、わけではない。

 「気持ちが昂ぶると能力が暴発する」ため、カイトは常に平静である必要があるのだ。

 暴発すると、空間どころか世界さえ超えてしまうので。


 エリカが着替えを終えて、『アイテムボックス』から服を取り出す。

 空間魔法を使った「アイテムボックス」の中に、自分の服もカイトやお客さまの服も用意していたらしい。

 転移をコントロールできるようになったカイト同様に、エリカも成長している。そもそも捕まらなければ瞬殺なのに、というところは置いておく。エリカの才は魔法にしかない。


 カイトはエリカに渡された地味な服に、ケンジも麻の上下とシャツに着替えた。


「なんだかゴワゴワしまスね! これ、休日のセンパイの服みたいでかっこいいッス!」


「ふふ、似合ってますよケンジさん! カイトくんも! ちょっと前に里で流行った服とそっくりです!」


「なんだか褒められてない気がする。ダメだ異世界のファッションよくわからない。日本のファンションもよくわからないけど。案内所みたいに、こっちでも着る服が決まってたらなあ」


 カイトがスーツで働いているのは、ヨウコの趣味であったらしい。

 とにかく、着替えを終えて、カイトはケンジに向き直った。


「さて。んじゃ行こうか、ケンジ。イセカイとこの国、それとケンジが得た能力、あと条件についても説明しておこう」


「はあ。お願しまス。能力? 条件?」


 よくわかっていないケンジを連れて、カイトは眼下の港町に向けて歩き出した。

 鼻歌交じりでなんだかご機嫌なエリカも、二人のあとに続いて。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「すっげえ! これすっげえ! これがイセカイッスか! イセカイやべえッス!!」


 海に面した港町。

 石造りの街に近づいたあたりから、ケンジのテンションは上がりまくっていた。

 ケンジにとって「憧れの異世界」だったわけではない。

 それでも、ケンジは「非日常」に興奮したようだ。

 リア充が外国に行くとやたらテンションが高くなるアレである。


 街に向かう道中で、案内役であるカイトはケンジに異世界について説明した。

 一週間のお試しで還るかか残るか選べるという基本ルールも、期間中はカイトとエリカが案内することも。

 ケンジがちゃんと理解したかは不明である。


「まずは宿を確保しよう。エリカ、落ち着いたら(鑑定魔法〉を頼む」


「任せてくださいっ! でもカイトくん、この世界はレベルもスキルもステータス値もないから、なんとなくしかわかりませんよ?」


「それでもまあ、何もわからないよりはいいだろ」


「あっ! 俺、夜になったらを見てまわりたいッス!」



「わかってる。希望は『自分が必要とされて、夜のお仕事の理想を叶えられる世界』だったもんな」


「ふふ、楽しみだねカイトくん!」


「エリカ連れていっても大丈夫かなあ……」


 ぼやきながら、カイトは石造りの港町を歩く。


 を見てまわりたい。


 ケンジは、異世界の「夜」をチェックしたいらしい。

 決して自分が行きたいからではない。決して。

 そもそも見たいのはピンク産業ではない。


 だいたい、この異世界にそうした店が存在するのか、営業時間は「夜」なのかも不明である。

 そのあたりも案内するのはカイトだ。


「感情が昂ぶると転移が発動する。つまり夜の店でも興奮しちゃいけない。大丈夫、大丈夫だ。ヨウコさんの露出にもエリカのエロトラブルにも抑えられるようになってきたから。がんばれ俺」


 望まれたから案内するだけであって、カイトが行きたいわけではない。たぶん。

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