第十一話 手紙は確実に渡しておく。自分で選んだこの異世界で、がんばれよ、ショウ


「さて、じゃあ俺たちも行くか」


「はい! 準備はおーけーですぅ!」


 この異世界に残ることを選択したショウと別れて、異世界案内人のカイトとエリカが言葉を交わす。


 ショウはダンジョン50階層——ダンジョンボスが待つ、の扉の先に消えた。


 ショウを見送った二人の姿も消える。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「ふんっ、しょせんはゴーレム、木偶デクか。使えんヤツめ」


 空間に浮かぶ映像を眺めながら、ブツブツと呟く男がいた。

 上下左右、男の周囲にはぐるりと、無数の映像が流れている。

 モニターはなく、ただ二次元となった映像だけが浮かんでいる。

 カイトが見たら、近未来か科学が進んだ世界のモニタールームみたいだな、などと言うことだろう。


 大小様々な映像の中で、男が注視しているのは、目の前の一画面だ。


 そこには、試練のダンジョン50階層の「ボスの間」で、ショウたちが漆黒の全身甲冑ダンジョンボスを倒したところが映っていた。


「わかる者などいるはずもあるまいが、あの地を確保されるのは面倒だ。かくなるうえは——」


 男が映像に指を伸ばす。

 なにやらブツブツ呟く。

 膨大な、漆黒の全身甲冑ダンジョンボスやチートスキルを身につけたショウとは桁違いの魔力が渦巻く。


 を生み出して、人知れずショウたちを排除しようとしたところで。


 己のほかに誰もいないはずの空間から、声がした。


「近未来か科学が進んだ世界のモニタールームみたいだな」


「もうカイトくん、いまそれどころじゃないです! 〈マナドレイン〉!」


 暢気な声と、男が聞いたこともない魔法を唱える声が。

 男が練った魔力が抜ける。


「バカな、なんだその魔法は! そもそもいかなる存在であれここに来られるはずが、空間を切り離しているのだぞ!」


「『空間を切り離した』程度で侵入を阻めるんなら、俺はこんなに苦労しなくてすんだんだよなあ」


「切り離した? 『試練のダンジョン』50階層に、魔力の残滓がありましたよ?」


「なくてもたどり着けたけどな」


「くっ、ふざけたヤツらめ。よかろう、我が直々に滅殺してくれる! 踏破気分で浮かれておる阿呆どももな!」


「滅殺、滅殺ね。なあさん、正規の方法でダンジョンを踏破したんなら、マスターは認めるものじゃないのか?」


「ふん、そのような規則ルールはとうの昔に超越しておる! 我はすでに神となったのだ!」


「神、ですか?」


「聞き返すなエリカ、かわいそうだろ。百歩譲っても神じゃなくて邪神だしな」


「ああああああああ! 塵も残さず消滅せよ! 〈デリート〉!」


 敵意を見せられてものんびり話す二人に、激昂した男が魔法を放った。


 白い衝撃波がカイトとエリカに飛んでいき——


 消えた。

 何事もなく、二人が何かをした様子もなく、あっさりと。


「なっ、いま何をしたのだ!? くそっ、〈デリート〉! 〈デリート〉!」


「何度放ったところで、魔法は俺たちには届かないぞ、邪神。からな」


 ショウを案内していた時と、カイトの声音が違う。

 そういえば着ている服も、「剣と魔法のファンタジー世界風」から、異世界案内所にいた時のスーツ姿に戻っている。


「やっぱり、ここは各地のダンジョン最下層に繋がってます! ダンジョンからモンスターがあふれ出す暴走状態スタンピードを世界中に起こす気だったみたいです」


「世界を滅ぼすにはずいぶん迂遠な手段だな。ダンジョンマスターだけに、ダンジョンから離れられなかったのか?」


「そこまで知っているとは、我をダンジョンに閉じ込めたヤツの眷属だな! よかろう、貴様らを倒して我はさらなる高みへ——」


「切り離したはずの空間に俺たちが現れた時点で、実力差を感じてくれればラクだったのになあ」


「ダメですよ、カイトくん! それじゃ私たちのお仕事は終わりません。ほらほら!」


「はあ、じゃあやりますか。この異世界で暮らすって決めた、ショウの未来のために」


 三白眼で睨みつけ、カイトが男に指を突きつける。

 連続で放たれる魔法は、カイトとエリカに効いている様子はない。届いている様子さえない。

 魔法を無視して、両手を広げた。


 男——ダンジョンマスターにしてカイトいわく邪神——に問う。



「さあ、選択の時だ。異世界に隔離されるか、この異世界から消滅するか。心して選べ、邪神」



「は? 貴様は馬鹿か? 我がそのような選択をするはずが、そもそも選択肢になっていないではないか!」


「もっともですぅ」


「おいエリカ、そっちの味方になってどうする。これけっこう恥ずかしいんだぞ」


 邪神の発言に頷くエリカを見て気が緩んだのか、カイトはあっさり両手を下ろした。

 あいかわらず邪神の魔法は二人に届かない。


「ふん、ならば、先に世界から滅ぼしてくれるわ! 予定より早いが問題あるまい、さあ、ダンジョンから溢れ出すモンスターどもがヒトを蹂躙する様を特等席で見てるがよい!」


「えっと、カイトくん? これは」


「攻撃が効かないけど、自分に攻撃は届かないと思ってるんだろ。能力の差を見極められない新神しんじんが陥りやすいから気をつけろって、ヨウコさんのに注意されたなあ」


「むっ? 我の指示が届かない、だと? なんだこれは、何がどうなって」


「だから『次元が違う』んだって。もう説明する気もないけど」


「カイトくんが標的ターゲットに冷たいですぅ」


「それが仕事だからな」


「そうか、貴様らの仕業だな!」


 ようやく、男が焦りの色を顔に浮かべる。

 人間臭い反応は、まだ神成りして日が浅いのだろう。

 言葉を聞くことなく、カイトがふたたび男に指を突きつけた。


「滅べ、邪神よ。〈次元消滅ディスインテグレート〉」


 ぼそっと呟く。

 男が使った魔法のように白い衝撃波があるわけではない。

 ただ。


 男——ダンジョンマスターにしてカイトいわく邪神——が消えた。

 抵抗さえ許されずに、最期の言葉さえなく、消滅した。


「残滓は見当たりません! さすがですカイトくん!」


「まあ、せっかくショウを案内してきたんだ、『邪神が消えて滅ばなかった異世界』で、楽しく過ごしてもらわないとな。異世界案内人として」


 エリカに称賛されても、カイトは表情を変えなかった。

 空間に残された、ひときわ大きな映像に目を向ける。


 ちょうど、ショウと三人の女性が「試練のダンジョン」から出ていくところが映っていた。


「手紙は確実に渡しておく。自分で選んだこの異世界で、がんばれよ、ショウ」


「ショウくんはきっと大丈夫です! 仲間だってできたんですから!」



 二人の言葉が交わされて。



 ダンジョンから切り離された、『本当のダンジョン最下層』から、異世界案内人の姿が消えた。


 この異世界からも。


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