第四話 だって『無属性魔法Lv.MAX』ってチートスキルなんじゃ、そんな、こんなはずは


「はははっ! 無属性魔法だってよ! ひょろっちいガキが使えねえスキルで粋がってやがる!」


 迷宮都市の冒険者ギルドの受付に、ガラの悪い冒険者の声が響いた。

 仲間らしき男たちも追従して笑っている。

 ダンジョンに入るために冒険者登録していた男子高校生は戸惑っている。


「でもボクがもらったのはチートスキルで、無属性魔法はレベルMAXで」


「あらあらあらー、それはしゅごいでちゅねボクちゃん」

「おいおい、そんなからかったら泣いちゃうだろ!」

「無属性、ぷっ、イマドキ無属性魔法をMAXまで育てるヤツなんて、くっ、ぷぷっ」

「笑っちゃかわいそうじゃねえか、きっと田舎で引きこもってコツコツ育てて、ぎゃははは!」


「カイトくん、どうしますか? やりますか?」


「何をだよ。エリカが物騒になってる気がする。ちょっとステイしてなさい」


 男子高校生を冒険者ギルドに連れてきたのは、カイトとエリカだ。

 エリカはぷくっと頬を膨らませて「私、怒ってます!」アピールである。幼い仕草だが発言は不穏だ。


「少年。おっと、名前はもう聞いてたな。ショウ。どうする?」


「え? どうするって、何がですか?」


「俺は『異世界案内人』だ。依頼者が望むなら、一切の障害を排除して、安全で快適な異世界案内をすることもできる」


「い、いっさい……?」


「はい! 私たち、こう見えても強いんですよ?」


 腕をくっと曲げて力こぶを作るエリカ。ぷにぷにだ。エリカの才は魔法にしかない。

 カイトは黙ってショウを見つめて、判断を待った。

 ショウは無言で考え込む。


 ガラの悪い冒険者たちの声が、ゆっくりと。


「ボクは……自分で、やります」


「それでいいのか? 痛い目にあうかもしれないんだぞ?」


「力をもらったんです、ここで逃げたら元の世界と同じだと思って、だから自分でやろうと」


「わかった。ただし、死にそうな時は介入しよう。案内中に死なれるなんて、案内人の名折れだからな。それと」


「死なない限りは私が治します! だから心配しないでくださいね!」


「ええ……? ひょっとして『無属性魔法Lv.MAX』のボクよりこの二人の方がチート……?」


 せっかく心を決めたのにあっさり認められて、ショウはいまいち納得いかないようだ。

 真実に気付きかけている。


「てめえ! 聞いてんのかこの野郎!」」


「え? 聞いて? 何か言ってましたか?」


「はあああああ!? 生意気な新人に俺が稽古をつけてやる!!」


 あと、考え込むショウのためにエリカがかけた魔法〈静音〉は周囲を煽る結果になったようだ。エリカの才は魔法にしかない。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 冒険者ギルドの訓練所には人だかりができていた。

 ショウが案内されたこの異世界の冒険者は血の気が多いらしい。


「模擬戦は刃を潰した武器を使うこと。やりすぎは俺が止めるし、その場合は冒険者ランクの降格・資格の剥奪もありうるからな」


「っせーな、わかってんよギルマス。俺は新人冒険者クンの実力を見るために模擬戦してやるだけだって」


「はあ。新人、本当にいいんだな? 冒険者登録に実力を見る試験は必須だが、相手はこんなヤツじゃなくていいんだぞ?」


「はい。ボクが決めたことですから」


 土を踏みしめて足の震えをこらえ、ショウはまっすぐな瞳で言い切った。

 背後では、エリカがぐっと両手を握って応援している。

 カイトは静かに見守るだけだ。


「では、はじめ」


 見届け人を買って出たギルド職員があっさり言い放つ。

 ガラの悪い冒険者はニヤニヤと笑って大剣を構えた。


「ほれ、ご自慢の『無属性魔法』を撃ってこいよ、新人ちゃん」


 5mほどの距離を保ったまま、冒険者がショウを煽る。

 言われるがままに、ショウは右手を冒険者に向けた。


「使い方がわかる……ボクは特別になったんだ……いけ! 〈ショット〉!」


 授かった「チートスキル」は『無属性魔法Lv.MAX』で、衝撃を放つ〈ショット〉が使える。

 そう聞いていたショウは、疑うことなく魔法を放った。

 強力なはずのスキルを使って、攻撃のための魔法を。


 だが。


「レベルMAXでもかわせば意味ねえんだよ!」


 無色透明の〈ショット〉の魔法は、あっさりかわされた。


「……え?」


「次はこっちの番だな? ほれ、ちゃんと防げよ新人ちゃん? 〈ウィンドショット〉!」


「え? 待っ、〈ガード〉!」


 手をかざして防御用の無属性魔法〈ガード〉を発動する。

 ショウの目の前に、半透明の盾が生まれた。

 飛んできた水色っぽい球が盾に当たる。


「うっ! なんで」


 キンッと澄んだ音がして半透明の盾が砕け、水色の球はショウの腹に当たった。お腹を押さえてたたらを踏む。


「だって『無属性魔法Lv.MAX』ってチートスキルなんじゃ、そんな、こんなはずは」


「ははっ、ほんとに知らねえのか! 魔法は属性が乗った方が強いんだよ!」


「え?」


「『無属性魔法』なんて使えねえ魔法のレベル上げご苦労様でちたねー新人ちゃん!」


 模擬戦を行う二人の距離は、最初からほとんど変わっていない。ショウがわずかに下がっただけだ。

 絡んできた冒険者の表情も変わっていない。ニヤニヤと嘲笑を顔に貼り付けている。

 ただ、ショウの表情だけが変化していた。

 自分を信じて、いや、授かった「チートスキル」を信じていた顔から、疑いの表情へ。

 ちらっと後ろを振り返る。

 自分を異世界に連れてきた案内人を。

 

「疑うな、ショウ。ムダな能力なんてないんだ。不自由でも使いづらくても、使い方さえ覚えればその力はショウを助ける」


 案内人のカイトは「自分でやる」と宣言したショウの背中を押す。


「魔法だってそうです、ムダな魔法はありません! この世界の『無属性魔法』だって! ショウくん、〈ゴーレムメイク〉の魔法を!」


 もう一人の案内人、エリカはぶんぶん手を振ってアピールする。


「想像しろ、ショウ。自由に動くゴーレムを。日本でたくさん見てきただろ?」


 カイトは微笑みを浮かべて、ショウにアドバイスを送った。


「ははっ、お仲間は助けてくれねえみたいだぞ? よくわかんねえこと言って、ゴーレムなんて重くて鈍いだけで使えねえのになあ!」


「ゴーレム……日本……」


「ムダだって言ってんだろ! どれ、夢見る新人ちゃんには俺が引導を——」


「〈ゴーレムメイク〉!」


「——お?」


 近寄ろうとした冒険者が足を止めた。

 囃し立てていた周囲の冒険者も黙り込んだ。


 土の地面が盛り上がり、ショウが創り出した「ゴーレム」を見て、訓練所が静かになった。


「初めてにしては上出来なんじゃないか?」


「本来、この異世界の『無属性魔法』は、Lv.MAXになれば自由がきくんです! やりましたねショウくん!」


 冒険者たちが知っていたのは、一歩歩くのに数秒かかる、土や石を繋げただけの重くて鈍いシンプルな見た目のゴーレムだった。

 だが、ショウが創り出したゴーレムは違う。


 まるで簡易な装甲をまとっているかのように、見た目はゴテゴテしている。

 関節はむき出しで、ヒジやヒザ、肩、腰は球体が繋いでいた。

 まるで、プラモデルのように。


「行け、ゴーレム! 敵を排除しろ!」


 異世界人から見て異様な風体のゴーレムが動き出す。

 こちらでは考えられないほどスムーズな足取りで、すぐに冒険者の目の前に。


「な、なんだこりゃ!? くっ! まるで人間みてえな動きしやがって!」


 ゴーレムが拳を振る。

 初撃をかわしたあたり、ショウに絡んできた冒険者は実力もあったのだろう。

 だが。


「まだまだ! 〈ゴーレムメイク〉!」


 同じ形のゴーレムが、土からボコボコと創り出されていく。

 二体目、三体目、四体目。


「嘘だろこんなん知らねえぞ! なんだこれくそっ!」


 最初のゴーレムと戦っていた冒険者が悲鳴じみた声をあげる。



 ————蹂躙が、はじまった。


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