十月.負けるな魔検道

「センセー。これ、なんスか?」

 魔術準備室の壁に貼られている掲示物を眺めていた力也りきやが凛に聞いた。

「ん? ああ。もうすぐ魔検の試験があるから、それの告知ね」

 机に座って書き物をしていたりんが答えた。

「ああ。もうそんな季節か」

 その隣に座っていた晴人はるとは伸びをしながら気だるそうに喋る。

「魔検、ってなんスか?」

「正式名称は魔法技術検定。ま、漢検とかの魔術版だね。宮野木君も持ってるよね?」

「はい。二級を」

「おお~」

 力也が目を輝かせて感嘆の声をあげる。

「武石君は持ってないんだっけ」

「っス。俺の家、親が両方とも魔法使えないんで、魔術に関しては本当に疎いんスよね」

 力也はそう言うと、再び魔検の張り紙を眺め始めた。

 この魔術部に入って初めて魔法らしい魔法に触れるという力也は、生まれた時から魔法に触れてきた晴人達にとって当たり前の事にも逐一目を輝かせる。その姿は、魔法熟練者が忘れてしまいがちな魔法を楽しむ心を思い出させてくれる。

「じゃあ。武石君も魔検取ってみない?」

 その力也の楽しそうな姿に、凛が表情をほころばせたまま提案した。

「俺にも取れるんスかね?」

「もちろん! 武石君は筋もいいし、下の方なら十分とれると思う。まあ、上の方だとちゃんとお勉強しないといけないけど」

「なるほど。ええと。下は六級からあるんスね」

「簡単なのから取るのは結構だが」

 ほとんど黙って聞いていた晴人が口を挟んだ。

「下から順に取らないといけない物でもないし、少し勉強してでも四級くらいから始めた方がいいぞ」

「なんでっスか?」

「簡単すぎるからだ」

 魔検は将来的に魔法を使う者にとっては必修ともいえる物。親が魔術に理解がある家庭の場合、最下級は未就学のうちに受けさせる。晴人もそのクチだ。

 試験も簡単な実技のみ。大抵は積み木を魔法で所定の場所に動かすとか、カードを魔法でひっくり返すとか、感覚的な物。それで得られる六級の資格も、技術の証というよりは、精々『魔法が使える証明』程度の物。

「つまり、試験を受けるのはほぼ全て幼稚園、いて小学校の低学年だな。試験の待機室でそいつらと並ぶことになる」

「あー、なるほど」

 特に年齢制限のあるものでもないのだが、親に連れてこられたその年齢の子供達の中に混じるのは少々居心地が悪い。

 逆に、そこを越えればある程度その道に進もうという人ばかりになるので、年齢はかなりばらける。

「お前もかなり飲み込みがいいからな。四級辺りなら少し勉強すれば取れるだろう」

「分かったっス。ちょっと考えてみるっス」

 力也は晴人の説明にいつにない真面目な表情で深く頷くと、もう一度張り紙をよく眺めた。しばらく考え込んだ後「本屋に寄って帰るので先に失礼するっス」と、魔術準備室を後にした。


 後日。

「合格したっス!」

 放課後、良く通る声でそう言いながら戸を開けた力也が魔術準備室に入ってきた。

「あ、武石君。おめでと~。魔検の話でしょ?」

「そうっス」

 室内には凛と晴人。嬉しそうな力也の笑顔に、二人そろってほっと息をついた。魔法の勉強に付き合った日々が思い返される。

「で、結局何級を受けたんだっけか」

「証書持ってきたっス。じゃーん!」

 力也が鞄から取り出した仰々しい賞状にはこう書いてあった。


『六級に合格したことを証明します』


「……」

「えっ?」

 晴人は顔を手で覆い、凛はぽかんと口を開けた。

「いや~。やっぱり簡単な所から攻めようと思ったっス」

「あんなに勉強頑張ったのに」

「でも、試験官の先生は魔法始めて半年なのに上手い、って褒めてくれたっスよ」

 証書を持って喜びの舞を披露する力也。その姿を見ると、子供達に混ざって魔法を振るう姿も容易に想像できた。これもこれで彼らしいというものだろう。

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