お題:ハンドクリーム

「うそぉ!? ハンドクリームわすれたぁ……」


 突然、目の前で叫び出したのは、一応、俺の幼馴染の秦遥香はたのはるかだ。

 珍しく、栗色のツインテールを解いておさげにした彼女と家からこの飲食店まで歩いてきたわけだが、今の今まで気が付かなかったらしい。

 目の前で机に伏して「うぅ……さいあくぅ……久しぶりにこいつと一緒に遊べると思ったのにぃ……」となにやらぶつぶつ言っている。

 ……ハンドクリームぐらいでそこまでなるか??


「なるのっ!」


 突然、ガバッと起き上がり、そんな事を言ってくる。

 もしかして、声に出てたか?


「声に出さなくても、あんたが何を考えているかぐらいわかりますぅっ! 何年あんたと一緒にいると思ってんのよっ!! ……それに、あれは、あんたが初めてくれたプレゼントだし……」


 最後の方はよく聞き取れなかったが、恐らく俺の悪口に違いない。こいつはそういう奴だし。


「んー……遥香、ここでお前に選択肢をやろう。俺が今使っているハンドクリームを今日だけ使うか、新しいのを俺が買ってプレゼントするか、どっちがいい?」

「──!?」


 遥香の整えてあった前髪がぴょんっと跳ねて右へ左へ揺れ始める。

 そう。意外と知られていないが、こいつの髪はくせっ毛なのだ。

 そうこうしている間も遥香のくせっ毛は伸びたり丸まったり、右へ左へ揺れたりしている。

 只管に悩んでいる証拠だ。


 店員さんが届けてくれた料理を受け取って、悩んでいる遥香を後目に食べていると、こいつは意を決したように口を開いた。


「ね、ねぇ……り、両方ってのは、だめ……かな……?」


 ……あのさぁ、控えめに言って、お前の上目遣いは破壊力抜群なんだからさ……。

 まぁ、始めからそうするつもりだったし、良いんだけどさ。


「た、忠長君ならさ、始めから両方するつもりだったんじゃないかなって、思ったんだけど……」


 俺が黙っていると不安そうしながらも、核心を突いた言葉を放ってきた。

 俺は、両手をホールドアップして答える。


「……はぁ、降参するよ。確かに、そのつもりだった。ほら、使え」

「──っ!! えへへ、ありがとっ!」


 ──やっぱり、俺は、こいつが……こいつの事が──


 ☆★☆★☆


 耳をつんざく様な音──目覚まし時計の音が俺の意識を無理矢理覚醒させる。

 ……さっきの夢は……ああ、そうか。まだ、あの時の事を後悔してたんだな。

 あの時、ハンドクリームを買いに行った後、遥香は……。

 ダメだダメだ。もっとしっかりしないと。

 遥香に助けてもらった命、粗末になんて出来ない。

 ……さぁ、あいつの妹の為に、朝ご飯を作りに行こうか。


 忠長が自らの部屋を出た後、そこには栗色のおさげ髪で前髪がくせっ毛になっているが、聖女のような笑顔で佇んでいたという。

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